58.戦後処理
ミノタウロスの変異種を倒して一日が過ぎた。
昨日は盛大な焼肉パーティーをした反動と、戦いの緊張で精神を摩耗したため今日は一日をぼーっと過ごしていた。
幸い、倒したミノタウロスの素材や肉を一部の業者に卸したことで、今日はみんなそちらの方に集まっていて、ほぼ開店休業な状態だ。
「それにしてもミノタウロスのお肉……おいしかったな。できればまたたくさん食べたいけど……」
また食べたいというのは、またミノタウロスが町を襲うというのと同義なわけで。
あんな戦いをしないと食べられないぐらいなら、別のお肉を食べた方がマシである。
一応、少しだけ残している分は、ツバキさんが収納魔法で管理してくれている。
なので、しばらくは堪能できるわけだし、もう戦うのはコリゴリだ。
自分が戦うわけではないのだが、知り合いが命を懸けて戦うのを見るのは心臓に悪いしね……。
「シゲルはおるかの……と思ったが、なんじゃ、だらしない」
「いやぁ、長い期間準備してずっといつミノタウロスが来るかと緊張してましたからね。今日ぐらいは許してくださいよ」
「まあよかろう。今回は儂にも実入りがあったからのう」
「素材のことですか?」
「いや、経験値じゃ」
経験値……ってあのレベルを上げるための?
「今回、ミノタウロス……それも、変異種という最上級クラスを仕留めたわけじゃからの。とんでもない量の経験値が入り、魔力などが強化されたわけじゃ。おかげで研究が捗るのじゃよ」
「なるほど……確かにトドメを刺したのはツバキさんですしね」
「うむ、儂は鑑定スキルや収納魔法ぐらいしか使えんから、あのようなものを倒せるなぞ奇跡に近いものじゃ。まさか収納魔法を攻撃に転用するとはのう……」
確かに、収納魔法といえば物を出し入れするだけの便利魔法だとばかり僕も思っていた。
まさか鳥人族の人と連携することで、空から武器を降らせる爆撃兵器になるなんて……。
でもそれも、浮遊草があったからで……今回、今までの積み重ねがなければ歯が立たない相手だっただろう。
「そういえば、あやつがシゲルに礼を言いたいと言っておってな、連れてきておるぞ」
「ど、どうも……」
「ヴァルドさん! 今回はあなたがいなかったらダメでした、こちらこそ改めてお礼を言わせてください」
ツバキさんの後ろから出てきたのは、鳥人族のヴァルドさん。ツバキさんと並び、今回の戦いのMVPと言えるだろう。
彼はタイガさんの伝手で戦いに参加してくれたのだ。
「い、いえ……私としましては、憧れのタイガさんから声をかけて頂けたのがとても嬉しくてですね……」
えっ?
「ああ、こやつはタイガのファンでの。参戦を決めたのもタイガがいるからじゃと」
「最初はミノタウロスが怖くて断ろうかと思ったのですが、タイガさんの依頼とあらば命を懸けるしかない! と思いまして……戦いのあと、タイガさんからも凄く褒めて頂けて一緒に食事をして……幸せな一日でした」
「は、はあ……」
そういえばタイガさんがフランクに接してくれてるから忘れてたけど、タイガさんは冒険者ランクも高くてすごい人なんだよなあ……そりゃあファンがいてもおかしくないか。
……この人は憧れというか崇拝してるという感じだけど。
「それに私も戦いに参加してるとみなされて、経験値を大量に頂きまして……パーティーメンバーから『どうやってそんなに経験値を!?』とまで言われましたね」
「得るものがあってよかったです。あそこまで危険な相手にしては、報酬が少なかったかなと思いまして……」
「とんでもない。直接戦闘に参加するわけではありませんでしたし、むしろ頂き過ぎではと思ってましたから」
「それならいいのですが……そうだ、よかったらパーティーメンバーの人たちとミノタウロスの肉と、僕の作った野菜を食べてください。ツバキさん、お願いできますか?」
「うむ、よかろう」
ツバキさんは収納していたミノタウロスの肉を取り出し、僕は畑から野菜を収穫してくる。
「もしや、この野菜は昨日食べた……」
「はい、僕が作っています。よろしければご贔屓に」
「ありがとうございます、それでは次に寄らせて頂いた際には購入させていただきます」
「こちらこそありがとうございます、それでは痛む前に皆さんとお楽しみください」
「分かりました、それでは!」
ヴァルドさんは店を出ると羽を羽ばたかせ、仲間の元へと飛んで行った。
「……なんか、濃い人でしたね」
「まあタイガを崇拝し過ぎている感はあるが……実力は確かじゃぞ。……それにしてもお主は抜け目がないのう、また客を増やしおった」
「道具屋ですから」
「ははは、確かにのう」
……その後、この道具屋にタイガさんがよく訪れるというのもあり、ヴァルドさんとヴァルドさんのパーティーもうちの常連になるのだった。
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「うーん……? ミズキおねえちゃん、これ……」
「そうですわね、やっぱりこれは……」
「どう? アイリス、ミズキ、何か分かった?」
僕は昨日ミノタウロスから回収した種を、アイリスとミズキに見せていた。
前回のアーマーウルフでも似たようなことがあったから、恐らくは……と思うんだけど。
「はい、おそらくこれは聖樹の種です。わたくしがアーマーウルフに捕らわれて魔力を吸われていたのと同様のことが、この種にも行われていたと思いますわ」
「なるほど、それじゃしばらくはこの種に魔力を優先的に注いでみてもいい?」
「はい、もし聖樹なら聖樹が3本になるので、どんなことが起こるか楽しみですし……」
「ぼくもー! すごいたのしみー!」
確かに。
これが聖樹の種なら聖樹が3本になり、融合することで今まで以上の力を発揮するかもしれない。
もちろん、聖樹の種ではない可能性もあるから期待し過ぎるのはよくないんだけど。
「それにしても、もし聖樹が3本になったらどんなことが起こるんだろうね。アイリスとツバキだと、2人のスキルが融合した感じになったけど……」
「それはわたくしとアイリスの相性がよかったのもあるかもしれませんわ。水属性と土属性は相性がいいというのもありますし」
「ええと……確か、水は火に強く、火は風に強く、風は土に強く、土は水に強い……だったっけ」
「そうですわ。土が水に強いのは大地が水を吸収するからというのがありますが……水は大地という受け皿がないと溜まりませんし、なくてはならない存在でもあるのです」
共存関係ってやつなのかな。大地も水がないと潤わないし、お互い必要な存在なんだろう。
「もし今回の種が別の属性であれば……火は相性としては最悪ですわね……」
「水が火を消してしまうし、火が大地に生える植物を燃やしてしまうから?」
「ええ……ですが、どのような属性がきても受け入れますわ。シゲル様のためですもの」
「ぼくもー! どんなこがくるのかたのしみー!」
アイリスはもうこの種が聖樹の種だと信じて疑わない。
万が一別の種だったらがっかりさせてしまうから、どうか聖樹の種でありますように。
そう思いながら、僕は種を地面に埋め、魔力を注ぐ日々を過ごすのだった。
**********
――そして一週間後。
植えた種はすくすくと育ち、ミズキが現れた時と同じぐらいに成長した。
「もうすぐかなー? わくわくー」
アイリスが期待のまなざしを木に向けていると、突然木が光りはじめる。
どうやら、この種も聖樹の種だったようだ。
「ふーっ……助かったぜ……! まさかミノタウロスに食われるなんてな……あんたが助けてくれたのか?」
姿を現したのは、全身に炎を纏う小さな男の子の精霊だ。
炎を纏っているということは……。
「そうだけど……君は、火の精霊の子……?」
「ん? そうだけど……なんで俺に驚かねーんだ?」
「それはわたくしたちがいるからですわ」
ミズキが火の精霊の子の後ろから声をかける。
「ん……? 俺と同じような波長を感じるけど……」
「わたくしはミズキ、水の精霊の子です。そしてこちらは土の精霊の子の……」
「アイリスだよー!」
「あー、なるほどな……同じ精霊の子がいたってことか……って、ちょっと待てよ!?」
火の精霊の子は慌てて辺りを見回す。
そして、自分の聖樹と、すぐ隣にある二つの聖樹が融合した大きな聖樹をじっと見つめた。
「信じられねえ……こんな大きい聖樹があるなんて……」
「ふふん、それはもうシゲル様のお力の成せる業ですわ」
「パパ、すごいんだよー!」
「パパ……? もしかしてあんた、土の精霊なのか!?」
あ、なんかすごい勘違いされてる。
僕は土の精霊様の加護は持っているものの、普通の人間であることを伝える。
……本当なら異世界から来たというのも言っておいた方がいいとは思うのだが、一気に情報を出してしまうと混乱させかねないしね。
「なるほど、その『成長促進』で俺を育ててくれたんだな……ありがとう。……で、でさ……よければ俺もあんたのこと、兄貴って呼びたいんだけどさ……いいかな?」
「いいけど、なんで兄貴……?」
「そりゃあもちろん俺を助けてくれた頼りがいのある人だからさ! それに俺はきょうだいとかいないから、そういうのに憧れててさ……」
「分かった、それならそう呼んでくれて大丈夫だよ。ところで君の名前は……」
「あ、俺はまだ名前はないんだ。どうも、アイリスやミズキは兄貴に名付けてもらったみたいだし、俺にも名前をくれないかな?」
「ああ、それじゃあ明日までに考えておくよ」
「やったー! 明日が楽しみだよ!」
……すごい感情表現が豊かな子だな……。
でも、僕としても弟ができたみたいで嬉しかったりする。
弟にはいい名前をつけてあげなきゃ!
こうして、変異種のミノタウロスの騒動は次第に沈静化し、フリーデンにはいつもの日常が戻ってきた。
他の国にはしばらく遅れてミノタウロスの噂が伝わり、ミノタウロスを倒せるほどの武具やアイテムがあるという尾ひれまで付いてしまったため、更にフリーデンへの移住者が後を絶たなくなる。
僕としては町が活性化してありがたいのだけど、他の国の国力が下がらないか心配でもある……。
商業ギルドのギルドマスターに相談して、他国への高ランクの種の輸出とかも考えていかないといけないかもしれないかな……と思うのだった。




