57.ミノタウロス変異種
「シゲル! 町から半日のところまでミノタウロスが接近しているそうだ!」
「……来ましたか」
僕たちが迎撃準備を始めてから1週間。
ついに変異種のミノタウロスが姿を現したようだ。
店を出ると町中に警鐘が鳴り響いている。
住民は安全な所に避難するようにと衛兵たちが指示をしているようだ。
「ルピナスとトレニアは孤児院のみんなを連れて避難してて。リリーとガーベラさんは今回は一緒に来てください」
「お兄ちゃん……気をつけてね……?」
「……生きて帰るの、約束……」
「うん、充分な準備はしてるから大丈夫。帰ったらみんなで黄金の実のジュースを飲もうね」
「……うん!」
ルピナスとトレニアは町の人たちと一緒に避難場所へと駆け出して行った。
リリーとガーベラさんは弓矢と必要なアイテムを持ち、ツバキさんと共に先に城壁の上へと行ってもらう。
僕は……アイリスから魔力をもらってこなきゃ。
「ごめんアイリス、また魔力を分けてもらえる?」
「うんっ!」
前回同様、僕はアイリスに聖樹に貯まった魔力を分けてもらう。……口付けで。
……これ、他に受け渡し方法がなかったんだろうか?
「ずずず、ずるいですわ!」
ほら、それを見てたミズキから不満が出ちゃう。
「し、シゲル様! わ、わたくしも……!」
「これ、魔力の供給なんだけど……」
「……!」
涙目になったミズキが僕の方をじっと見て、無言で訴える。
「……うん、それじゃあミズキからももらおうかな……?」
「……はい!」
完全に娘みたいなアイリスに比べて、同年齢ぐらいのミズキとだとすごく恥ずかしいんだけど……。
しかも、僕の頭をそっと手で抱き寄せてからするものだから、余計に恥ずかしくなり、顔が真っ赤になる。
……あ、あれ? アイリスとは違う感じの魔力が流れこんできているような……?
「なんだろう、いつもと違う感じがするんだけど……」
「おそらく、わたくしの水の魔力のせいだと思われますわ。きっと今なら植物を育てる雨も使えると思いますの」
「そうなの!?」
ミズキに教えてもらいながら、試しに狭い範囲に雨を降らせてみる。
すると、『成長促進』のようにその範囲の植物だけが急成長した。
「これならもっとミノタウロスと戦いやすくなるかも……ありがとう、ミズキ」
「こちらこそですわ。 シゲル様の唇の感触……まだ残っておりますの……」
うわー! 言わないで! 僕まで恥ずかしくなっちゃうから!?
「そ、それじゃ僕はそろそろ行かないと……」
「はい、お気を付けて……」
「パパ、ぜったいにもどってきてね?」
『大丈夫だ、いざとなったら我が出る』
「アースドラゴンさん……」
心配する二人の後ろから、アースドラゴンさんが声をかける。
この人ならミノタウロスぐらいなら瞬殺なんだろうけど、町の人たちの目もあるし、できるだけ僕たちだけで解決したい。
「できるだけアースドラゴンさんの手をお借りしないようにはがんばるつもりです」
『うむ……シゲルに与えた我の加護が消失したら出るようにしよう』
「分かりました。そうならないように準備をしてきましたから……それでは」
僕はみんなの待つ、城壁へと駆け出して行った。
**********
「おお、来たかシゲルよ」
「はい、状況はどんな感じでしょうか?」
「うむ、ミノタウロスはまだ遠くじゃから安心せい。全員ここに待機しておる」
今回協力してくれるのはタイガさん、ウルさん、イベリスさん、フォウさんのパーティー。
それからリリー、ガーベラさん……そしてツバキさんだ。
「念のため人払いはしておるから、安心してスキルを使うがよい」
「あ、ありがとうございます……そこまで頭が回ってませんでした」
今回はアイリスとミズキのおかげで植物を育てる雨を降らせることができるようになったので、少しだけ戦術の幅が広がっている。
だけど、このスキルを誰かに見られたら困るので、人払いしてくれているのはありがたい。
「それでは皆集まっているので、作戦を説明します――」
**********
「……よし、準備はこれで完璧なはず……」
僕たちはミノタウロスが来るまでに城壁の外へと、Bランクの拘束蔦の種を幅広く撒いておく。
これにミノタウロスが近づいたら雨を降らせ、Cランクの拘束蔦としてミノタウロスを拘束する。
ミノタウロスは斧を持っているイメージだから、接近戦を得意とするはず。
俊敏なイベリスさんとフォウさんで罠まで誘いこむ作戦だ。
あとは火のブレスの射程がどこまであるか……一応、対策は練ってはいるんだけど心配だ。
「……来たぞ、総員配置につけ!」
タイガさんの一声で思考が現実に戻される。
森の木をなぎ倒しながら、10メートルはありそうな巨体が姿を現す。
手には大きな斧を持ち、それを一振りするだけで木々が簡単に刈り取られて行く。
「イベリスさん、フォウさん、危険だと思いますが……よろしくお願いします。僕は城壁から支援します」
「シゲルさん、あとからご褒美たーっくさんくださいね、フォウ、行こっ!」
「う、うん……!」
ご褒美って……何か嫌な予感がするけど、それだけ危険な相手なんだから報酬はちゃんと払わないとね……嫌な予感がするけど!
二人には鬼神草と幸運の実を使ってもらい、脚力と幸運を強化してもらっている。
あれだけの巨体が相手なんだから、まずは回避に徹してもらい、隙を伺おう。
『グォォォォッ!』
僕が城壁の上に到着すると、既に二人とミノタウロスの交戦が始まっていた。
ミノタウロスは二人を認識すると斧を大きく振り上げ、そのまま振り下ろす。
とてつもない質量の斧が地面に叩きつけられると、地震かと思うぐらいの轟音で地面が激しく揺れる。
イベリスさんとフォウさんはそれを左右に分かれて回避すると、拘束蔦の方へと一旦引いて行く。
すると、ミノタウロスは大きく息を吸い込むような素振りを見せる。
「二人とも、危ない!」
次の瞬間、ミノタウロスはフォウさんに向かって火のブレスを吐きだした。
かなり距離が離れているはずなのに、そのブレスは一直線にフォウさんへと向かう。
「――ッ!」
フォウさんは火に向かってある袋を投げ入れた。
すると、火の勢いは一気に弱まり、消えてなくなる。
「よかった……冷却草で火のブレスは相殺できるみたいだ……」
そう、投げ入れたのは冷却草。
火魔法で実験はしていたが、実際にミノタウロスのブレスも相殺できて一安心だ。
これでブレスは怖くない……はず。
ミノタウロスはブレスが相殺されたのを確認すると、地面に突き刺さった斧を勢いよく引き抜き、ブレスが効かないと判断して、フォウさんに向かって斧での攻撃を開始する。
「……今だ!」
僕はミノタウロスが拘束蔦の種の範囲内に入ったのを確認すると、雨を降らせてミノタウロスの拘束を目論む。
僕の思惑通り、ミノタウロスは拘束蔦に巻きつかれてその場に拘束される。
しかし……。
『ガァァァッ!』
ブチブチブチ、と拘束蔦が切れる音がする。
雨でCランクに落ちるとはいえ、アーマーウルフでさえ拘束した拘束蔦をこうも簡単に……!?
拘束を解いたミノタウロスは、再び斧を二人に向かって振り下ろす。
「今よフォウ!」
「……い、いきます!」
二人は斧を回避すると、液体の入ったビンを斧に向かって投げ、それぞれ別方向へと逃げていく。
今度はイベリスさんの方に火のブレスが来るが、イベリスさんは慌てずに冷却草で相殺する。
「ツバキさん、そろそろ準備をしておいてください」
「うむ……まさか儂が戦闘に加わることになるとはのう……まったく、お主は無茶ぶりをする」
「すみません、どうしてもツバキさんにしかできないことですので……」
「分かっておる。それに、あやつにこの町を破壊されたくないのは儂も同じじゃ。……では行ってくるぞ」
ツバキさんを見送ると、僕は再びミノタウロスの動向を注視する。
ミノタウロスは地面に突き刺さった斧を抜こうとしているが……。
『グォォッ!?』
勢いよく引き抜こうとした反動で、斧は空の彼方へと消えて行った。
……そう、さっき斧に投げたのは浮遊草を液体にしたものを詰めたビン。
斧が極端に軽くなったのに気づいてないミノタウロスは、元の重さだった時のように力を入れて斧を引き抜いた結果……斧がすっぽ抜けてしまったのだ。
これでミノタウロスのリーチはかなり短くなるはず。
『ガァァッ!』
斧を失ったミノタウロスは、素手で二人に殴りかかろうとする。
「させない!」
僕は再び雨を降らせて、ミノタウロスを拘束する。
すぐに千切られるのは百も承知だが……。
「フォウは右をお願い!」
「う、うんっ!」
イベリスさんとフォウさんが両足に向かってビンを投げる。
これは浮遊草ではなく……。
『ギャァァッ!?』
一瞬にしてミノタウロスの両足が、拘束蔦ごと凍り付く。
そして、引き千切ろうとしていた勢いのせいでバランスを崩し、その場に倒れ込む。
更にフォウさんたちは両手にも冷却草を液体にしたビンを投げ、更にミノタウロスの下に拘束蔦の種を投げ入れる。
僕はそれを確認すると再び雨を降らせ、ミノタウロスの身体を雁字搦めにする。
ここまで固定できれば……!
『グガァァァァァッ!?』
突然、空から巨大な鎌のようなものが降り注ぎ、ミノタウロスの身体を切り刻む。
それはミノタウロスの身体を貫通し、両断した。
次第にミノタウロスの動きは弱々しくなっていき……絶命した。
「……まったく、無茶な作戦をやらせよる」
「ツバキさん、ありがとうございます」
そう、さっきの空からの攻撃はツバキさんの収納魔法を使ったもの。
以前、ウルさんのポーション入れを作ってもらった人に鎌の型を作ってもらい、それに水を流し込んで冷却草で凍らせ、硬化ポーションと堅固ポーションで強度を上げたものだ。
普通の鉄で作るには素材が足りなかったため、氷の刃にしたのだが……無事にミノタウロスに通用してよかった……。
ちなみにツバキさんには浮遊草を食べてもらった上で鳥人族の人に上空まで運んでもらい、そこから鎌を収納魔法で取り出し、落下速度をプラスして攻撃してもらった。
「まさか浮遊草にこんな使い方があるとはのう……いやはや、シゲルには驚かされるのう。更に武器を氷で造りだすとは……」
「収納魔法の中では氷が溶けないというのが分かったからですね。ダメだったら家のような質量のあるものを落とす予定でしたが……」
「なるほど、確かにそんなものが空から降ってくればひとたまりもないじゃろうな」
「とにかく、無事にミノタウロスを倒せてよかったです。それじゃ、みんなの所に行きましょう」
**********
「うわーん! 怖かったですよシゲルさーん!」
僕たちが到着すると、イベリスさんがこちらに向かって駆け寄ってくる。
確かにあんなプレッシャーの強いモンスター相手に立ちまわったんだ、精神的な疲労も相当なものだろう。
僕はイベリスさんを抱き止めると、頭を優しく撫でる。
「ふぇ!? ……い、いつもはスルーされるのに……」
「今回は大役でしたし、気の済むまでどうぞ」
「はわわわわ……も、もう一生頭を洗いません……」
「いやそれは洗ってくださいよ!?」
アイドルと握手をしたファンじゃあるまいし……極端すぎる……。
「あ、フォウさんはAランクのまたたび酒ですか?」
「……ま、まだAランクのがあるんですか!? ぜ、ぜひお願いしましゅ……」
……こっちはこっちで興奮し過ぎて呂律が回ってない……。
ある意味個性的な二人だなあ。
と、そんなことをやっていると……。
「シゲル、やはり予想通りのようだ」
「タイガさん、やっぱり今回も……?」
ミノタウロスの解体をしていたタイガさんから、種が手渡される。
ミノタウロスが変異種となり、火を吹けるようになったのもおそらく……。
「その種はシゲルが管理して欲しい。それと、ミノタウロスの素材や肉はどうする?」
「そうですね……今回作戦に参加してくれた人に均等に分配しましょう」
「自分たちは今回は待機していただけだが……」
「いえ、他の依頼を断ってくれてまで参加してくれたんですし、タイガさんたちがいることで安心感もあったと思いますし……それに、この量は使いきれないでしょうし……」
大きすぎるミノタウロス。いったい何百人分のお肉が取れるんだろうか……。
腐らせるのはもったいないし、前回のアーマーウルフのようにみんなで食べきってしまうのがいいだろう。
「分かった、余ったものは町に運ぶ……のも面倒だから、ここに皆を集めた方が早いか」
「そうですね、切り分けてもらって各自で食べてもらうのがよさそうです」
「ミノタウロスの肉は美味いと評判だし、すぐになくなるだろう」
そんなにおいしいんだ……。それならモンスターが匂いで寄ってくるかもしれないし、早めに処理するのがよさそうだ。
その後、僕はアイリスとミズキに魔力を返しに行ったり、ルピナスやトレニア、孤児院の子たちをミノタウロスの肉祭りに誘ったり……。
いろいろと大変な一日だったけど、無事にフリーデンを守れたことに安堵したのだった。




