56.準備
「うーん……そううまくはいかないかぁ……」
僕は目の前の神秘の実に、取得したばかりの『成長逆行』を使ったのだが……。
神秘の実に変化はなく、『成長促進』も試したがそちらも全く効果がない。
もし、ステータスを上げる神秘の実が量産できれば、変異種のミノタウロスに対抗できるステータスを持てると思ったのだが。
「これは植物ではないのか、それとも別の何かが原因なのか……」
「……シゲルよ、何をしておる?」
背後から声をかけられ、振り返るとそこにはツバキさんがいた。
……あまりに集中し過ぎていたのか、ドアが開いたことにすら気づいていなかったようだ。
「ええと……神秘の実の種を収穫できないものかと思って、『成長逆行』を使ってみてたのですが……」
「なんじゃそのスキルは。お主、また何かやりおったな?」
「あ、そういえば説明してませんでしたね……実は……」
僕は先日の土の精霊様との一件をかいつまんで話す。
ツバキさんはやれやれといった表情で僕を見る。
「なるほどのう、それで黄金の実を量産できたから、今度は神秘の実と」
「ええ、近々ここに変異種のミノタウロスが来るようで、それに対抗するために神秘の実を量産できたらと考えてまして……でも、どうやらダメなようです」
僕は『成長促進』も『成長逆行』も神秘の実には効果がないことを説明する。
すると、ツバキさんが神秘の実に『鑑定』を使う。
「ふむ……今一度詳細をと思って鑑定をしてみたのじゃが……どうやら、神秘の実にはランクがないようじゃの」
「ランクがない……? それはどういう……」
「普通、鑑定できる植物などにはランクが付いている。しかし、これにはランクが付いておらん……ということは、特異なアイテムということじゃの。神秘の実というものは、一部の人間には知られておるのに、実物を見た者は今までおらなんだ。つまり、それだけ特殊なものということじゃのう」
確かに、これだけ強い効果を持つなら、今まで見つけた誰かが育てただとかそういう記録もあるはずなのだが。
それがないというのは情報が隠蔽されているか、それとも……。
「そういえば、フォウさんが神秘の実を使った時も、一口齧るだけで消えてしまいましたね。……だとしたら、種を取り出すという事自体が不可能だったのかもしれません」
強いアイテムには何かしら制約があるのかもしれない。
ちょっと悔しいけど、これはもうダンジョンの第一階層を何周もして稼ぐしかないか。
「ふむ……それはさておき、変異種のミノタウロスがここに来ると言っておったのう?」
「ええ、そのために対抗策を考えていたのですが……神秘の実がダメなら、今の手持ちで何とかするしかないでしょうね」
一応、タイガさんやイベリスさん、ウルさんにフォウさん……知り合いの冒険者で口が堅い人たちに幸運の実を渡し、ダンジョンのレアドロップを集めてもらっている。
その中に量産して使えるものがあるといいんだけど。
「この町がなくなるのは儂としても止めたい。できることがあれば協力するぞ」
「ありがとうございます、何か思いついたらまたお願いします。……あ、まずは協力のお礼として黄金の実の種と黄金の実をお渡ししておきます」
「ほう……くふふ、シゲルよお主も悪よのう」
「いえいえツバキさんほどでは……って、何をやらせるんですか、何を」
「冗談じゃよ冗談。軽口でも叩いておかねば気が滅入ってしまうじゃろう?」
確かに。
いつミノタウロスが襲ってくるのかと考えこんでいたら、不安になってしまう。
そういった気持ちを解してくれたのかな。
「ありがとうございます、ちょっとだけ気が楽になりました」
「うむ、儂もできるだけのことはしよう。タイガたちのように協力してくれる者たちもおる。……お主一人で抱えこまんようにの」
ツバキさんはそう言うと錬金工房へと戻って行った。
こういう時、年配の助言者がいてくれるのは本当にありがたいな。
……見た目は完全に年下なんだけど。
それを言うと怒られるので心にとどめておこう。
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「いらっしゃいませー」
「……あら、シゲルさん、こちらの飲み物は……?」
「それはですね……黄金の実の果汁と他の果物の果汁を混ぜたジュースです」
「黄金の実!? 最近町でちらほら見かけるあのお高い……あら、でもこのジュースのお値段はそれほどでも……?」
僕たちは裏ではミノタウロスの対策をする一方、表ではちゃんとお店を営業している。
急に休みが増えたりすると、常連さんに違和感を感じさせて心配させてしまうかもしれないからね。
ちなみにこの新商品は、アイリスとミズキに頼んで育ててもらったFランクの黄金の実と、BからCランクの果物を混ぜて作ったミックスジュースだ。
もちろん、作成するにあたって味は妥協していない。
なお、黄金の実がFランクなのは、ゴールデンスライムがドロップするDランクや、竜の泉で育てた高ランクの黄金の実だと他の果物と混ぜた時に主張が強すぎるから。
それと、Fランクだから値段もお手頃にできるというのもある。
「ええ、このジュースに使っている黄金の実は市場で出回っているDランクではなく、とある伝手から手に入れたFランクのものです。なので、お手頃なお値段とさせていただいてます」
お手頃といっても、他の黄金の実の価値を下げないためにも、普通のジュースの3倍ぐらいの値段になってしまっているけど……。
「それと販売開始記念として、ほんの少しだけですが、試飲も行っています。よろしければどうぞ」
「あら、それじゃ頂こうかしら」
「はいっ、どーぞ!」
「あらあら、ルピナスちゃんはいつも元気でかわいいわね。ありがとう」
「えへへぇ……」
お客さんは小さなコップを受け取り、ミックスジュースをゆっくりと味わうように飲む。
「……本当にこれ、Fランクなの!? 信じられないわ……」
「ランクは低いですが、味の方は妥協していませんので」
「それじゃ、今日は贅沢しようかしら……ビン入りのを2つ頂けるかしら?」
「ありがとうございます!」
その後も試飲をした人の購入率は100パーセントで、滑り出しは好調のようだ。
かなり多く買っていく人もいて、試飲よりも先に売り切れてしまうほどに。
商品がなくなった後に試飲をした人は、予約してくれる人も多く、しばらくは生産量が追いつかないかも。
「……今日はすごかったわねえ……」
「ええ、噂が人を呼んで、しかも予約待ちまでできてしまうぐらいに……これもみんなが協力してくれたおかげですね」
「えへへー、たーっくさんジュースを飲めてあたしは凄く得しました!」
「……店員の特権」
それも、ルピナスやトレニア、それにタイガさんたち冒険者の人たちにも協力してもらい、試行錯誤を重ねたからだと思う。
おかげさまで、こうやって時期主力商品となるものが完成した。
……だからこそ。
変異種のミノタウロスの侵攻を絶対に阻止しようと、改めて心に誓うのだった。




