47.実験
「それじゃミズキ、アイリスと協力して雨を降らせてくれる?」
「分かりましたわ、それじゃアイリス?」
「うんっ!」
アイリスがミズキにぴったりとくっつき、魔力を渡す。
ミズキはその状態で雨を降らすと、地面から芽が出て、すぐに実を付けた。
今回実験しているのは魔力草。
『成長促進』で育てると全ての魔力を吸われてしまう魔力草を、ミズキの恵みの雨で育てるとどうなるか。
実験には魔力を測定するためにリリーも同行している。
「それにしても、先日の植物の急成長騒ぎがまさかミズキちゃんの雨だなんて……やっぱりすごい力を持っているんですね」
「そうだね、だからこそ正しいことに使わなきゃ」
「わたくし、もう先日のような失敗をしてシゲル様にご迷惑はおかけしませんので……」
「失敗を次に活かせるのはいいことだよ。それができない人って、意外とたくさんいるからね」
人間は失敗するもの。
だからいかにその失敗を次に活かすか。昔、そうおじいちゃんに言われたっけ。
「それに、使わなきゃ気づかなかったんだし、気づいたからこそ人の役に立てる使い方もあるんだしね」
「今やっている実験がそうなんですの?」
「うん。それじゃ……リリー、ミズキとアイリスの魔力を『鑑定』してもらえる?」
「分かりました……そうですね、それほど減ってないようです」
魔力草を育てたのに魔力は全て持って行かれていない。
つまり……。
「これで簡単に魔力草を量産できるようになったかな」
「確かに、今まではトレニアちゃんの協力が必要でしたもんね」
「それに、トレニアに魔力草を使ってもらう必要があったから、量産はできても一回あたりの収穫量はとても少なかったし」
しかし、ミズキの雨は違う。
広範囲に成長促進のような効果を与えられるし、何より魔力消費が段違いに少なくて済む。
その代わり、ランクが確実に落ちてしまうため、量産できるのは一番下のFランクだけになってしまうのだが。
それでも、レアアイテムである魔力草を量産できるのはダンジョン攻略をやり方を変えてしまうだろう。
「それじゃ、どんどん作っていこう!」
「ええ、分かりましたわ。ですが、その代わり……」
「そうだね、ご褒美は何がいいかな?」
「ぎゅーっと、抱きしめてくださいませ。わたくし、その瞬間がとても至福の一時ですの」
「パパ、ぼくも、ぼくもーっ!」
「それぐらいならいつでもしてあげるよ。追加で市場でお菓子とか食べ物も買ってきてあげようかな」
「おかし……」
お菓子、の言葉にアイリスが反応する。
土の精霊様に創ってもらった身体は大人だけど、精神はやっぱりこども。
それは、ミズキもそうだったようで。
「あ、あの……わたくし、あのサクサクしたものが……」
「クッキーだね。アイリスはいつものチョコレートがいいかな?」
「うんっ!」
この世界でもお菓子は大人気なようで、僕のいた世界と同じものをよく見かける。
というのも、過去の転移者が伝えたからだそうだ。
植物も、トマトやブドウ、桃など、馴染み深いものが多いのも、そういう種を創ることができるスキルを持った転移者が広めたからだとか。
でも、そんな転移者たちも魔王の討伐に駆り出され、今でも生き残っている人はほとんどいない。
……そう考えると、僕がこうやって生き残っているのは、周りのみんなのおかげなんだな。
「シゲル様?」
「あ、ごめん、ちょっと考え事をしてた。それじゃ、魔力草を大量に育てちゃおう」
「分かりましたわ!」
その後、Fランクとはいえ大量の魔力草と種を収穫することができた。
この魔力草を販売することもできるけど、今回は……。
**********
「シゲルさん、お話があると聞きましたが……」
「ええ、ギルドマスター。……今回はこれです」
僕は種を包んだ袋を机の上に広げると、ギルドマスターは一瞬身体が固まり、すぐにこちらを見る。
どうやらこれが何か分かるようだ。
「こ、これは……」
「はい、魔力草の種です」
「こんなに大量にいったいどこで……いえ、詮索はなしですね」
「助かります」
先日、ミズキの雨で迷惑をかけたので、いつもお世話になっているお礼と称して野菜などは贈ってはいたものの、やはりそれだけでは足りないだろうと思い、魔力草の種を持ってきたのだ。
これを商品として流通させれば、冒険者にとっても利益となるしね。
「ただ、これらは全てFランクとなりますが……」
「いえ、充分ですシゲルさん。これが市場に出回れば冒険者の方たちも重宝するでしょう」
「そうなれば幸いです」
「しかし、よろしいのですか? これだけあればシゲルさんが独占して利益を稼ぐこともできるでしょうに……」
「いえ、それには理由があります」
僕は魔力草の特性をギルドマスターに説明した。
魔力草を『成長促進』で育てると、魔力を全て持って行かれること。
収穫できるのは葉が1枚のみで、種も2つまでしか収穫できないこと。
「確かに……それだと他のものを育てた方がお店の評判にもつながってくるでしょうね」
「実際、僕のお店では様々な商品を置いていますし、それらが欠品になってしまうのは避けたいんです」
「なるほど、確かに悩ましい特性ですね……」
「そこで、『成長促進』を使わず育てたり、まだ魔力の少ない、最近スキル鑑定を受けた人に育ててもらったりするといいのかなと思いまして」
ツバキさんの『鑑定』のおかげで、この国の『成長促進』スキル持ちの人の数はかなりのものになった。
その人たちは冒険に出ることもない人も多く、レベルが上がって魔力が成長する機会もそれほどないことから、魔力草を育てれば魔力に対しての収入がぐんと上がるはずだ。
「なるほど、それで『成長促進』持ちの方の収入が増えるだけでなく、魔力草を必要とする冒険者の方にも行き渡るようになると」
「相場は今に比べれば下がるとは思いますが、買いやすくなるという点はいいかなと思いまして」
「分かりました、それではその人たちに掛け合ってみましょう」
「ありがとうございます、それではよろしくお願いします」
こうして、しばらくの後、道具屋に魔力草が出回るようになった。
そのおかげで冒険者たちの踏破記録が更新され、次第に冒険者の懐が暖かくなる。
そしてその冒険者たちがより多くの道具や良い装備を買い、いい循環ができていった。
そして僕はというと……。
**********
「ほれ、できたぞ」
「ありがとうございます、ツバキさん」
「しかし、まさかFランクの魔力草がDランクのマジックポーションになるとはのう」
Fランクの魔力草を、竜の泉の水とミズキの水をブレンドしたものでポーションを作ると、Dランク……魔力が30%回復するマジックポーションとなったのだった。
これをツバキさんに頼んで量産してもらい、100しかない僕の魔力を補うようにしたのだ。
「これで野菜や薬草など色々育てられるだけでなく、聖樹ももっと育てられるようになりますね」
「なるほど、それが目的じゃったか」
「ええ、聖樹が育てばアイリスやミズキももっと強力な能力が使えるようになるかもしれませんし……そうなったらより一層高品質の道具を提供できそうですしね。ということで、ちょっと使ってきます」
僕はそう言うと、ツバキさんの錬金工房を後にした。
――しかし。
「づ、ヅバギざん……」
「ど、どうしたシゲル!?」
「な、なんだかマジックポーションを何本か飲んだら気持ち悪くなりまして……」
「……もしや、魔力酔いか?」
「魔力……酔い……?」
ツバキさんの話を聞くと、魔力の少ない人間が多量の魔力を浴びると、お酒に酔うような感じの症状が出るという。
これを魔力酔いと言うらしく、僕の症状と一致する。
「で、でも……トレニアの魔力譲渡ではそんなことはなかったんですけど……」
「もしかすると、魔力草由来での魔力補充の副作用かもしれぬのう。今までこのように大量に魔力草由来での魔力の回復をする者はおらんかったじゃろうし……」
「なるほど……」
……さすがに、そんなにうまいことはいかないようだ。
でも、限界が分かればそこまでは使えるんだし、トレニアにも使ってもらい魔力譲渡をしてもらうことで生産力は一気に増えた。……さすがにトレニアには限界まで使ってもらうのは忍びないので数本のみだが。
……その後、魔力草が出回る町があると他国で噂になり、フリーデンにはより多くの冒険者や、彼ら相手に商売をする人たちが集まってくるようになった。
そのおかげでフリーデンは一層発展し、他国が羨むほどの活気のある自由都市へと成長していくのだった。




