46.異常現象?
「いらっしゃいませー……ってギルドマスター?」
道具屋のドアの鈴を鳴らして入ってきたのは、商人ギルドのギルドマスターだった。
手には書類のようなものと羽根ペンを持っていて、何かの調査を行っているように見える。
「お久しぶりです、シゲルさん。実は調査を行っていまして……」
「調査……ですか。ギルドマスター自ら行われているということは、それほどまでに重要な案件ですか?」
「いえ、調査範囲が広すぎてですね……ギルド総動員で行っているんです」
なるほど、人手不足なんだ。
しかしギルドマスター自らまで出なければならないほど、商人ギルドは小さいギルドではなかったような……。
「なにせ、フリーデン全体で起こっていますからね……」
「全体!?」
ああ、それは確かに……全域ともなると総動員しないと追いつかないだろうし……。
「いったい何が起きたんです?」
「ええ、フリーデン全体の植物が一気に成長したんです。まるで『成長促進』を使われたみたいに……」
「一気に、ですか……しかし、それだけの規模になると魔力がいくらあっても足りないように思えますが」
薬草一つ育てるのに魔力を90も使うんだ、フリーデン全体の植物にそんなことをするなんて、並大抵の魔力じゃ足りないはず。
どうやらそれはギルドマスターも思っているようだった。
「幸い、今のところ被害は出ていない……というか、むしろ喜んでいる人ばかりなのでそこまで重大ではないのですが……」
「確かに、『成長促進』が使えない人からすれば、収穫が早まるわけですしね」
「そういうことです。ちなみにシゲルさんは植物の急成長でお困りはありませんか?」
「いえ、僕が畑を使うのは商品を作る時だけですので……それに、今の今までその現象に気付かないぐらいでしたので、大丈夫ですよ」
「分かりました、ご協力ありがとうございます。それでは次のお宅へお邪魔してきます」
ギルドマスターはそう言うと、書類に記入してから次の家へと向かって行った。
「それにしても不思議ねえ、一晩で急にそんなことになるなんて」
「そうですねガーベラさん、植物を成長させるだけなんて愉快犯だとしても何がしたいのか……むしろ魔力がもったいないというか……」
「それに、愉快犯だとしても喜んでいる人の方が多そうだし……何がしたいのかしら?」
「うーん……あっ、いらっしゃいませー」
ガーベラさんと雑談をしているといつの間にか開店時間が来ていたらしく、お店にお客さんが入ってくる。
「まあ、分からないことをいつまでも考えるより、目の前のことをがんばらないとね」
「そうですね、今日も一日がんばりましょう」
植物の急成長は気になるが、まずは目の前のことを取り組まなきゃね。
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「……今のお客さんで最後かな。みんな、お疲れ様」
「お疲れ様です、お兄ちゃ……店長」
「……ルピナス、お客さんもういない、お兄ちゃんでも大丈夫」
「うーん、でも片付けまでは……あっそうだ、店長、植物の件なんですけど……」
ルピナスが孤児院での植物の急成長の件を話してくれる。
植えていた野菜などが成長して、『成長促進』を持つ子が「ちょっと収入が増えた」と喜んでいたこと、朝から果物が採れてみんなで食べたこと。
……ギルドマスターの言う通り、本当に喜んでいる人ばかりだなあ。
「……それで、昨日起きた不思議なことと関連があるんじゃないかなって、みんな言ってるんです」
「不思議なこと?」
「はい、雲がないのに雨が降りましたよね?」
「……あっ」
血の気がスッと引いて行くのを感じた。
だって、その雨を降らせたのは……水の精霊の子であるミズキだから。
でも、ミズキは水属性だし、土属性の『成長促進』の効果がある雨なんて降らせられるだろうか?
「どうしたんですか?」
「いや、そのことにまったく気づいてなかったなって。ありがとうルピナス」
「えへへー、どういたしまして!」
……ちょっと後で確認しに行かなきゃ。
僕はみんなと協力しながら、手際よく片付けを終えていくのだった。
**********
「……ということがあって、ミズキの雨をここだけに降らせてくれないかな?」
僕はお店の片付けを終え、ミズキの所へ数個の種を持って向かい、その種を地面に植えてミズキにお願いする。
「分かりました、それでは……」
ミズキは僕の指定した場所にだけ雨を降らせると、今植えたばかりの種からぴょこんと芽が出てきた。
ごめんなさいギルドマスターと職員の人……。
「…………す、すみません……犯人はわたくしでした……」
「だ、大丈夫、今回はみんな喜んでるし、気にしなくていいよ」
目を潤ませて今にも泣きだしそうなミズキを抱きしめ、頭を撫でてあげる。
「それにしても、ミズキの雨に植物の成長効果があるなんて……恵みの雨とは言うけど、実際にここまで効果があるものなんだね」
「おそらく、聖樹が融合して一つになったことで、アイリスの力の一部がわたくしにも備わったのかもしれません」
「力も一部が融合した……ということ?」
「推測ではあるのですが……なにせ今まで聖樹が融合したというのは経験したことがありませんし……」
確かに、そもそも単体の聖樹ですら詳しい資料がないぐらいだし。
「それじゃ、今後いろいろ試してみよう? 自分の力を把握しておくのは大事だし」
「そうですね、シゲル様にも協力して頂く必要があると思いますが……よろしくお願いします」
「パパー、ぼくも、ぼくもいろいろやりたいー!」
「そうだね、アイリスの力にも変化があるかもしれないし……この丘で試せることはいろいろやってみようね」
「うん! それと……ぼくにも! ぼくにもぎゅー!」
アイリスが両手を広げてこちらを見る。
ああそっか、ミズキだけ抱きしめてあげるのは不公平だもんね。
僕はミズキから離れると、アイリスに向かって両手を広げる。
すると、アイリスがダッシュで僕の腕の中に飛び込んでくる。
「えへへー、パパだーいすき!」
僕はアイリスをしっかり受け止めると、抱きしめ返す。
「……そういえば、聖樹は成長したけど、アイリスやミズキの外見は成長したりしないの?」
「そうですね、わたくしたちの成長は聖樹とはまた別のようですわ。わたくしがこの姿に成長するまで、かなり時間がかかりましたし……」
「そうなんだ。それならアイリスもゆっくり育っていくかな?」
かなり時間がかかるのなら、僕がアイリスが大人になったのを見られるのは相当先かもしれない。
パパと呼ばれて慕われてるので、アイリスの成長を見守ってあげたいけど、いつまで一緒にいられるのかな……。
『シゲル……シゲルよ……』
などと考えていたら、アースドラゴンさんの声が響く。
いったい何だろう?
『悪いが話を聞かせてもらっていた。それで、頼みがあるのだが……』
「僕にできることでよければ……」
『うむ、では精霊様をお連れして泉まで来て欲しい』
「分かりました、それじゃアイリス、ミズキ、行こう」
『……それで、ミズキ様の雨が植物を成長させると聞いてだな……』
「……なるほど、爆裂草を大量に育てて欲しいと」
『う、うむ……実験のついでで構わぬのだが……』
「わたくしは大丈夫ですわ。わたくしもアースドラゴンさんにシゲル様のいろいろなことをお聞きしておりますし……」
えっちょっと待って、何それ僕知らないんだけど。
いったいどんなことを吹き込まれたんだ……?
「それでは、この泉に限定して……」
ミズキが雨を降らせると、爆裂草の芽が出る。
しかし、『成長促進』のように、一気に収穫とはいかないようだ。
「ミズキおねーちゃん、ぼくもやるー!」
アイリスがミズキにぴったりくっつくと、ミズキは再び雨を降らせる。
すると、さっきよりも成長速度が速くなり、一気に実がつくまで成長した。
「なるほど、アイリスが魔力をミズキに渡したのかな? それで土属性の魔力が混じり合って……」
「おそらくそうですわね。わたくしたちが協力すればすぐに実をつけられるようですわ」
それにしても広範囲の種を一気に成長させることができるなんて……。
あれ? でもこれって僕の『成長促進』は……下位互換……?
「それではこちらをどうぞ」
『それではありがたく頂きます……むっ』
「どうかしたんですか、アースドラゴンさん?」
『いや、普段より爆発が抑えめでな……』
「……なるほど、ちょっとリリーを呼んできます」
その後、リリーに『鑑定』をお願いすると、泉では確定でBランクに育つはずが、Cランクの爆裂草になっていた。
どうやら、広範囲で育てられる代わりに、ランクはどうしても落ちてしまうようだ。
逆に、僕が先日手に入れた同時育成はランクを落とさず育てることができるので、完全に下位互換ではないようだ。
何とか威厳は保てた……かな?
『しかしいくらでも食べられるのはありがたい……ミズキ様、今後もお願いしてもよろしいでしょうか?』
「ええ、わたくしも技を磨いてシゲル様のお役に立ちたいですし、大丈夫ですわ。それと、わたくしと話す時は畏まらなくて大丈夫ですわ」
『分かりました、それでは徐々に慣れさせていただきましょう』
「それではシゲル様、わたくしはしばらく自分の力をコントロールできるように修練をすることにしますわ」
「うん、もし力が必要になったらその時は協力して欲しい」
「分かりましたわ! シゲル様のお役に立てるよう、精一杯がんばりますわ!」
こうして、町を騒がせた植物急成長の原因は分かったが……。
「これはギルドマスターには報告できないよなあ……」
なにせ聖樹が関係しているのだ、下手に報告してしまうとアイリスやミズキ、アースドラゴンさんまで巻き込んでしまうことになる。
「……まあ、みんなが喜んでいるのなら、そのままでもいいのかな……?」
とりあえず今度、迷惑をかけたギルドマスターや職員の人のために、うちで作ったジュースや野菜を商人ギルドに差し入れしようと決めたのだった。




