42.温泉の効能
「シゲル、先日は温泉をありがとう。あれで気分転換ができたのか、おかげで好調だ」
「どういたしまして。ちなみにさっきウルさんとイベリスさんからも同じことを言われましたね」
「そうなのか……やはり普段の休息の仕方が悪いのだろうか。あの温泉のおかげで身体が軽くなった気がする」
またしてもダンジョンの踏破記録を更新して上機嫌のタイガさん。
どうも温泉のおかげと勘違いしているようだけど、アーマーウルフを倒したことで経験値を得られたからだと僕は思う。
「新しい階層に行けたおかげで、装備の更新もできた。これでいい循環ができればいいのだが」
「装備ってやっぱり宝箱から出てくるものなんです?」
「そうだな。少し長くなるが仕組みを知りたいか?」
タイガさんの言葉に頷く。
知っておいた方が新商品の開発につながるかもしれないしね。
「ダンジョンには宝箱が存在する。常に同じ場所にある固定宝箱と、ランダムで出現するランダム宝箱の二種類があるのだ」
「固定宝箱から出るアイテムは常に固定されているんです?」
「その通りだ。だからそれの入手を計画に入れて攻略に臨む者も多い」
確かにアイテムを持ち込める量は有限だし、道中で得たものを使い捨てすれば温存もできる。
「そして、ランダム宝箱は中身もランダムだ。階層が深いほど良いものが入っているが……中にはミミックというモンスターが擬態している宝箱もあり、注意が必要だ。『鑑定』を使えれば判別できるのだが、『鑑定』を使える冒険者はあまりいなくてな」
「なるほど、リスクもリターンも大きいわけですね」
宝箱だと思ってモンスターに奇襲されたら、そこから壊滅につながることもあるだろう。
……さすがに即死魔法を使ってくるのはいないと思いたいけど。
「他にも、モンスターを倒した時に宝箱を落とすこともある。これはドロップ宝箱と呼ばれるが、中身はほぼ固定だ」
「ほぼ、ですか?」
「ああ、極稀に珍しいアイテムが出ることがある。例えばスライムが落とす宝箱はFランクの薬草が入っているのだが……Cランクのものが入っていることもある」
レアドロップみたいなものなのかな。
しかしFランクとCランクか……かなりの差があるなあ。
「その極稀に落とすアイテムを求めて、低層でモンスターを狩り続ける冒険者もいるほどだ」
「なるほど、珍しいアイテムを手に入れて生計を立ててるわけですね。低層なら危険度も低いでしょうし」
「そしてそれを買うのは他の冒険者で、売る方はお金を得られて強い装備を買えるし、買った方は戦力が増強できてより深く潜れるようになる。お互いに益があるわけだな」
Win-Winの関係なんだな……僕も種をもらったおかげで利益が出るし、タイガさんたちはランクの高いアイテムが手に入るし……。
「なるほど、ありがとうございました」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。シゲルのおかげでどんどん先へと進めている。新しい種も期待しておいて欲しい」
「ありがたいですが、無茶だけはしないでくださいね」
「ああ、順風満帆な時こそ足元を掬われやすい。そこは常に気にかけている。……ところで、また温泉に入りたいのだが……」
「分かりました、また夕方ぐらいに準備できるようにミズキに声をかけておきます」
「ではそれまでは得た資金で腹を満たしてくるよ」
さて、タイガさんとウルさんとイベリスさんと……各パーティーの人たちのために温泉の準備を始めないと。
それにしても好評で嬉しい限りだ。
「確かにミズキちゃんの温泉、癒されますしね」
「ええ、わたしも肩こりが治ったり、確かに身体が軽くなったりしたかも」
実はリリーとガーベラさん、ルピナスとトレニアは毎日温泉に入るほど、大の温泉好きになっていた。
ルピナスとトレニアは「孤児院の皆にも入って欲しい!」と言うまで気に入ったようだ。
それにしても本当に温泉のような効能があるんだなあ……お風呂ってすご……あれ?
ふと思い出す。
ミズキが出した水でポーションを作るとランクが上がったということに。
そんなミズキが創りだしたお湯なら、もしかして人間にも何かしらの効果がある……?
……今度、ツバキさんに詳細を『鑑定』してもらおう。
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「そういえばシゲルくん、もう聞いた? 王都で民衆の反乱が起きたって」
「は、反乱ですか!? それまた物騒な……」
でも、あの王都ならしょうがない所もある。
『成長促進』のスキル持ちを城に集めて、奴隷のように働かせてたし。
他にも余罪はいろいろありそうだし。
「アーマーウルフのせいで大きな損害を受けたから更に異界の人を召喚したり、あまりにも魔王が倒せないものだから魔王を呪い殺そうと呪術に頼ったり……」
「な、なんだかなりふり構っていませんね……」
「それらのためにお金が必要だからと税を更に重くしちゃってね、耐えきれなくなっちゃったみたい」
うわあ。負のスパイラル過ぎる……。
それほどまでに魔王を倒したという箔が欲しかったんだろうな……。
そのせいで反乱を起こされたんだからバカみたいだ。
「兵士や騎士たちも反乱に参加して、最終的には王族や関係者は全員処刑、召喚士も捕らえられたみたい。ホント、わたしたちは早くこっちに来て正解だったみたいね」
「そうですね、巻き込まれてたら大変だったでしょうし……」
召喚された人たちのせいで税が重くなったり、強制労働させられたりしたので、もしかしたらその矛先が僕にも向いていたかもしれない。
そう考えると、早めの脱出ができたのはツバキさんのおかげだし、またお礼をしなきゃ。
「ところでシゲルくん、シゲルくんが欲しがってたもの、なんとか作れそうよ」
「本当ですか!? これが成功すれば冒険者の人たちの危険が減りますね」
「まさか臭いでミミックを判別しようだなんて……その発想はなかったわ」
そう、僕が考えていたのはミミックの判別方法。
ミミックも生物ならあまりにも臭いにおいには耐えきれないのではないか、という仮定で道具を作った。
……と言っても、腐ったものや刺激臭のするものを密閉した容器に入れるだけなんだけど。
外に臭いが漏れないように、木工ギルドの人に頼んで特注で作ってもらった。
「いろいろ試せるように中身は何種類か作ってみたわ。これをタイガくんに渡せばいいのね?」
「はい、僕がいる時なら自分で対応しますけど、いない時にはお願いします」
これで後は実際に使ってみてもらって、効果を確かめたいところだ。
もしうまくいったなら商品化してもいいかもしれない。
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その後、タイガさんたちの実践により、ミミックを確実に判別できると太鼓判をもらった。
ただ、繰り返し使うために回収をする時に、どうしても自分たちにも臭いで精神的なダメージがあるというリスクはあるらしい。
ポーションの味が苦手だから味付きポーションを使っているイベリスさんたちのような、鼻が利く獣人には使いづらいかもしれない。
まだまだ改良の余地はありそうだけど、とりあえずはうまくいったことに胸を撫でおろすのだった。
そして、ツバキさんの『鑑定』により、温泉には人間に対してもいわゆる能力向上の効果があることが判明した。
持続時間はだいたい3日間ほどで、これを活用すればダンジョン攻略が楽になるとのことだ。
……と同時に、「水の精霊様の子の力で温泉とか、怒られるぞ……」と呆れられた。
ただ、ツバキさんも実際に入ってみると身体中が軽くなり、まるで若返ったようだとのこと。
その時のツバキさんは、畏れ多いという感情と、定期的に入りたいという感情でとても複雑な表情をしていたのが印象に残ったのだった……。




