41.新規事業?
「シゲル様、お疲れ様ですわ」
「ミズキもお疲れ様、ツバキさんの所でのお手伝いは慣れた?」
「はい! ただ、なかなかわたくしに慣れて頂けなくて……」
「はは……そのうち慣れてくれるよ」
ツバキさんが慣れないのは当然だろう、ミズキは水の精霊様の子だから。
この前のアーマーウルフの一件で、「精霊の呪い」なるものがあると知ったから、もし機嫌を損ねたら……と気後れしているのかもしれない。
アイリスの時もだけど、慣れてくれるのには時間がかかったしね。
ミズキはアイリスよりも年上だから、もっと時間がかかるかもしれない。
「とりあえず、かき氷でも食べて一休みしよう」
「かき氷……?」
「うん、最近よく売れてる氷のデザートだよ。味は桃とかイチゴとか色々あるけど何がいい?」
「ええと……それではイチゴをお願いしますわ」
「分かった、ちょっと待っててね」
僕がかき氷を作り始めると、ミズキは僕の一挙手一投足とじっと見つめている。
……ああ、確かにこんなに見られたら緊張するし、ツバキさんが慣れないのも分かる気がする。
「はい、それじゃあどうぞ」
「ありがとうございますシゲル様。……んっ、ひんやりしてておいしいですわ……」
よほど気に入ったのだろうか、スプーンで氷を口に運ぶ動きが止まらない。
「~っ!?」
と思っていると、ミズキが頭を押さえて動きが止まる。
ああ、頭がキーンとなったんだな……。
「大丈夫? 急いで食べると頭がキーンってなるから気をつけた方がいいと言っておいた方がよかったね」
「い、いえ……ついつい欲張り過ぎたわたくしが悪いのですわ……それにしても、こんなにおいしいものがあるなんて……シゲル様は物知りですわ」
「ありがとう。……そういえば、ミズキは水を生み出せるけど、氷やお湯も出せたりするの?」
水の精霊だから、水回り全般が使えるのか少し気になった。
それとも、今後成長したら使えるようになるのか、それとも水だけなのか。
何にせよ、他のものが出せれば応用が利きそうだ。
「そうですね、氷はまだ無理ですけど……お湯なら出せますわ」
「なるほど、それじゃ温泉とかもできそうだね」
「温泉……シゲル様と裸のお付き合い……わ、わたくしやりますわ!」
……なんだか今、不穏な単語が聞こえてきたけど……。
「あの、ミズキ? 温泉は男女別でいいと思うんだけど……」
「わたくしはシゲル様になら全てを見られても問題ありませんわ。みなさんはどうでしょうか?」
ミズキが他の子たちの方を見る。
ちょっと、他の子まで巻き込まないで!?
「あたしは問題ないよー」
「……わたしも、お兄ちゃんになら見られてもいいです」
「わ、私はちょっと恥ずかしいですけど……シゲルさんならいいです」
「シゲルくんは息子みたいなものだし、わたしも問題ないわ。……シゲルくんは若いし、わたしみたいなおばさんの身体には興味ないと思うけど……」
あれー?
ルピナスもトレニアもリリーもガーベラさんも……なんでほぼ全員乗り気なの?
「決まりですわね! では早速作りましょう!」
「ちょっと待って、作るにしても土地とか作り方とか色々決めないといけないんだけど……」
「土地ですか……丘の上に作れば見晴らしがいいと思いますが……」
「確かにそうなんだけど、そこまで資材を持って行くのがちょっと大変かなって」
……本当はツバキさんの収納魔法があるからそうでもないんだけど……。
ここは黙っておこ……。
「ツバキさんの収納魔法を使えば解決しませんか?」
ちょっとリリー!?
「なるほど、ツバキ様は収納魔法を使えるのですね! わたくし、早速交渉に行ってきますわ!」
ああ……ミズキの頼み事ならツバキさんは断れないだろうし覚悟しておくかなあ……。
混浴なんてしたことないし、僕の理性は大丈夫だろうか……。
その後、結局ツバキさんが全面的に協力してくれることになり、丘の上に登ってすぐの所に10人ぐらいが入れる温泉を作ることになった。
資材や人件費までツバキさんが出してくれることになったのは、おそらくミズキが原因だよね……?
あとからお詫びとして素材をたくさん無償提供することにしよう。
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「よし、これで完成かな」
木で浴槽を作り、周りにいい感じの岩を置いてとりあえず形にする。
男女別の脱衣所も近くに建てて、これで準備は完了かな。
排水に関しては悩んだんだけど、ミズキがお湯を出すだけでなく回収もできるようなので、排水機構は付けないことにした。どうせ僕たちぐらいしか使わないだろうし。
雨の日にお風呂の中に水が溜まるのを防ぐために、屋根はあとから付けようかな。
「では早速お湯を……」
「ちょっと待ってミズキ。お風呂は夕方から夜ぐらいに入るものだから、まだ早いよ。お風呂は一日の疲れを癒すものだしね」
「分かりました……わたくしとしては早くシゲル様と裸のお付き合いをしたかったのですが……」
ほっ、なんとか説得に応じてくれた。
夜の方が暗くて見えづらいので僕としても助かるしね。
でも、少し残念そうだし……そうだ。
「それにタオルとか風呂桶とかも必要だし、買い出しに行かなきゃ。ミズキも付いてきてくれる?」
「もちろんですわ!」
ミズキの表情がぱぁっと明るくなる。
よかったよかった、女の子が悲しんでる顔は見たくないしね。
「お兄ちゃん、あたしたちも行きたいんだけど……」
「……同行……」
ルピナスとトレニアが同行を申し出る。
できればミズキにデート気分を味合わせてあげたかったけど、たくさん手伝ってくれた二人にも欲しいものを買ってあげたいとは思う。
「もちろん大丈夫ですわ、お二人に好きな物を食べさせてあげます」
「やったーっ! ミズキお姉ちゃん大好き!」
「……同意……」
なるほど、どうやらミズキは二人にお姉ちゃん扱いされるのが嬉しいんだな。
確かに精霊の子だから他人との関わりはほぼなかっただろうし、きょうだいもいないだろうし、姉のように慕われるのが幸福なのだろう。
「それじゃ、準備ができたらお出かけしよう。でも、夕食が食べられるぐらいには抑えようね」
「はーい!」
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「ふわぁ……きもちいいー……」
「……極楽……」
夕方、日が沈みゆくのを観賞しながら、僕たちはゆっくりと温泉に浸かる。
とりあえず全員分のタオルを用意して、裸でというのはなんとか回避できたので一安心だ。
……ミズキはちょっと不満そうだったけど。
「本当、身体だけでなく心も休まる感じね」
「そうですね、ゆっくりと過ぎる時間と、風が心地よく感じられます……」
……ん? 身体が休まる……。
「そうだ、薬草を入れてみるのもいいかも……」
元いた世界にあった温泉は色々な効能があるとされていた。
それなら実際に身体が治る薬草を入れてみるのも面白いかも。薬湯っていうのもあるしね。
他にも効能がありそうな植物を調べてみたいな。
「ふふ、シゲルくんはこんな時でも色々考えているのね」
「シゲル様、身体もですけど、頭もちゃんと休めてくださいね」
「そーだよパパー。ゆっくりしよ、ね?」
そんな事を考えていたらミズキとアイリスに叱られてしまった。
「ごめんごめん、新しいものができると楽しくなっていろいろ考えちゃって」
「シゲルさん、本当に商売に向いている性格ですね。考えるのが楽しいって」
「ほんと、シゲルくんには天職かもしれないわね」
などと、みんなと楽しく会話をしながら、日が完全に沈むまでワイワイと楽しんだのだった。
後日、他の人にも意見を聞いてみようと思い、タイガさんのパーティー、ウルさんのパーティー、イベリスさんのパーティーにそれぞれ入浴してもらった。
そこで実際に薬草を入れてみると、身体の細かい擦り傷なども癒える温泉となるのを確認できた。
更に、日々ダンジョンに潜ったり、難度の高い依頼を受けて精神を擦り減らしたりしている冒険者には心の安らぎになると言われ、道具屋の近くで開業してもいいのではないかという提案まで出てくることになる。
……あれ? うち、何屋だったっけ……?




