40.グレードアップ
「……で、今回は水の精霊様の子を誑しこんだと」
「それはちょっと人聞きが悪いのですが、それは置いといて……」
「まあ儂も突っ込む気力はもうないからそれでいいかのう」
まさか聖樹の種がアーマーウルフの胃から出てきて、更にそれに水の精霊様の子が宿ってたなんて、ツッコミだしたらキリがないからね……。
流石はツバキさん、話が早い。ということにしておこう。
「この子が創りだした水を使って、ポーションを錬成して欲しいんです」
「ふむ、竜の泉の水ではBランクの薬草からAランクのポーションが作れたから、それ以外も試してみたいという事じゃな」
「それがシゲル様の願いとお聞きしました。いくらでも創りだせる、とまではいきませんが、わたくしの魔力の続く限り水を生み出しましょう」
「……ん?」
ツバキさんが大きな狐耳をぴくんと動かす。
どうやら気になったことがあったのだろう。
「……様、じゃと?」
「はい、わたくしの命の恩人ですので。そしてツバキ様はシゲル様がお世話になっている御方。わたくしに何なりとお申し付けくださいませ」
「え? ちょっ……え?」
ツバキさんが思わぬ言葉にあわてふためく。普段の威厳はどこへやら。
どうやらツバキ様と呼ばれて混乱しているようだ。
「い、いえ、儂のことは呼び捨てで……」
「そうはいきません。わたくしはまだ未熟な身、どうかご指導くださいませ」
「し、シゲル……どうにかせんか……」
ツバキさんが泣きそうな目でこちらを見てくる。
精霊というのはそれぞれの属性を操る、この世界において神にも等しい存在。
そんな崇拝する存在が自分のことを様呼びするんだ。情緒も不安定になるだろう。
……ちなみに僕は恩人だからと、敬語を使わないで欲しいと釘を刺されている。
「……慣れてください」
まあ、この子がそうしたいと言っているんだ。僕に止めることはできない。
だから、そう言うしかなかった。
「……ということで、この3種類の方法で試して欲しいんです」
「う、うむ……ようやく落ち着いてきた。なんとか作ってみよう」
しばらくして、落ち着きを取り戻したツバキさんに、以下の3つのポーションの作製を依頼することにした。
・Bランクの薬草+竜の泉の水
・Bランクの薬草+水の精霊の子が生み出した水
・Bランクの薬草+竜の泉の水と水の精霊の子が生み出した水を混ぜた水
水の精霊の子が生み出した水がどんな変化をもたらすのか。
もし、Aランク以上の効果を持つことになるなら、万が一の時のためにそれを作り出しておきたい。
今後も、アーマーウルフみたいなことがないとは限らないから。
「それではツバキ様、不束者ですが、よろしくお願い致します」
「ということでツバキさん、あとはよろしくお願いします」
「う、うむ……ところでシゲル、水の精霊様の子は名は無いのか?」
「一度聖樹を依り代とするまで成長していたのなら名前を持っていると思ってたんですけど、どうもまだのようでして……現在絶賛考え中です」
「心待ちにしております、シゲル様」
……こんな反応だから、下手な名前は付けられないなあとちょっとプレッシャーを感じている。
でも、できることなら早く付けてあげたい。名前がないと不便だもんね。
……そうだ!
「それじゃあ……ミズキ、というのはどうかな?」
土の精霊の子のアイリスは花から名前を取ったんだし、この子も花から……ということで、ハナミズキが頭の中に浮かんだ。文字の中に「ミズ」もあるからね。
そこから「ハナ」を取ってミズキ、という形だ。
「……分かりました、わたくしは今日からミズキと名乗らせて頂きます。それではシゲル様、ツバキ様、今後ともミズキをよろしくお願いいたします」
どうやら気に入ってくれたみたいで一安心だ。
あとからリリーやガーベラさんたちにも紹介してあげよう。……できれば水の精霊様の子というのを除いて。
**********
「ありがとうございましたー」
ツバキさんにポーションの作製を依頼した後は道具屋の仕事に戻り、今日も一日が無事に終わった。
最近はBランクの薬草の種を多めに他の道具屋にも提供し始めたので、お客さんの数も落ち着いてきた。
……それ以外の硬化ポーションなどの補助ポーションは相変わらずうちぐらいにしか置いてないから、それらの需要が減ることはないんだけど。
それでも価格が高めなので、購入するパーティーは割と限られているのが救いかもしれない。
「お疲れ様です、シゲルさん。最近暑くなりましたね、はいどうぞ」
「ありがとうリリー、もう夏が近いのかな」
僕はリリーからタオルを受け取ると、汗を拭う。
この世界にも四季があるようで、過ごしやすい春は過ぎ、うだるような暑さの夏がやってくる。
しかもこの世界にはクーラーや冷蔵庫がないため、冷たいものを飲むことなどできはしなかった。
そう、この冷却草が手に入るまでは。
Bランクの冷却草だとなんと水が氷になるまで冷やすことができてしまうのだ。
そこで僕が企んだのは……。
「……? 何をされてるんですか、シゲルさん?」
「いや、ちょっと準備をね」
僕は特注で作ってもらった器具を準備すると、大きめの容器に水を満たす。
そしてそれをBランクの冷却草で冷やし、氷の塊にする。
「よし、ピッタリだな」
「???」
不思議そうに器具を見つめるルピナスとトレニア。
僕は容器の下に受け皿を置き、容器に氷を入れると、取っ手を回し始めた。
すると、段々と受け皿に削られた氷が貯まっていく。
そして、ある程度貯まったら果物で作ったジュースをその上からかけて……。
「よし、できあがり。ルピナス、トレニア、食べてみて」
僕は二人にスプーンを渡すと、氷を掬って食べてみるように促すと、二人は初めての食べ物をおそるおそる口に運ぶ。
「……! なにこれ! つめたーい!」
「……すごい……口の中がヒンヤリ……」
二人は目を輝かせながら僕の方を見る。
「これはね、かき氷っていう食べ物なんだ。細かく削った氷に好きな味をつけて楽しむものだよ」
僕が二人に説明をしていると、別の方向から視線を感じた。
……そうだよね、リリーとガーベラさんにも作ってあげないと。
「冷たくておいしいです……!」
「こんなおいしい食べ物……貴族でも食べられないんじゃないかしら……」
確かにこの周りは比較的暖かいし、氷を見る事自体も珍しいかもしれない。
そんな貴重な氷を使った食べ物は、確かに貴族でもお目にかかれないかも。
……氷魔法があれば作れそうな気もするけど、氷を食べるという発想がないのかも?
「シゲル、おるかの? ……ん? なんじゃ、賑やかじゃのう」
「あ、今かき氷の試作品を食べてるんです、ツバキさんもいかがですか?」
「ふむ、それではそれを食べながら、成果を話すとするかのう」
……ツバキさんによると、ミズキの作りだした水で作ったポーションは、竜の泉の水で作ったポーションよりも、ほんの少しだけ効果が高いことが分かったらしい。
そして、二つの水を混ぜ合わせたものは……。
「……大きい声では言えんが、死後1日経っていないなら生き返る、という鑑定結果が出た」
「生き……!?」
「……まったく、何てものを作らせるんじゃ、お主は」
「すみません……しかし、もしこれが他の人にバレたら……」
人を生き返らせることができる。
それはとても凄いことだと思う。
例えば、モンスターに奪われてしまった尊い命が戻ってくるのだから。
しかし、それ以外の使い方をされてしまうという恐れもある。
例えば、尋問のために死ぬほど……いや、実際死んでしまうような拷問を繰り返し、精神を破壊することも可能だろう。
それに、生き返るという事は、死の恐怖という人間最大の恐怖を何回も味わってしまう事にもなる。
これは果たしてその人にとって本当に幸せなのだろうか?
「……とりあえず収納魔法で外部に漏れないようにしておくぞ?」
「はい。まさかこんなものまでできてしまうなんて……」
「上を目指すのは普通じゃろう。しかし、お主の場合は上の天井が無さ過ぎるわい……あ、かき氷をもう一杯頼みたいのじゃが……」
「分かりました、実験とミズキに付き合って頂いたお礼です、2杯目はツバキさんの好きな桃の味にしますよ」
「ほう……」
ツバキさんの尻尾がぶんぶんと揺れる。
……本人は気づいてないのかもしれないけど、凄く喜んでるのがバレバレですよ。
そして、後日このかき氷を常連さんに向けて売り出したのだが、それが大好評。
毎日氷の作成が追いつかないぐらいに売れ、一気に看板商品にのし上がっていった。
……あれ? うちって道具屋……だよ、ね……?
そんなこんなで平和な時間が過ぎていくのだった。




