39.謎の種2
「あ、芽が出てる」
アーマーウルフの胃から出てきたという種を育て始めてしばらくして、ようやく芽が出てきた。
前回の謎の種は聖樹だったんだけど、今回はどんな植物が育つんだろう。
聖樹の時よりは早く育ってるから、これも聖樹ということはないと思うんだけど……。
「パパ、なにしてるの?」
「アイリス、これはアーマーウルフの胃から出てきた種を育ててるんだ。ここまで育つのに結構かかっちゃってね」
「ふーん……どんなのがそだつかたのしみだね、パパ」
アイリスも楽しみそうに芽吹いたばかりの芽を見つめている。
僕はそんなアイリスの頭を撫で、そうだねと返す。
「そうだ! ぼくがまたパパにまりょくあげれば、はやくそだつかも!」
「え、い、いや……僕はゆっくり育てるのがいいかなと思うんだけど……」
「そうなの?」
アイリスに魔力をもらうということは、またアイリスと口付けをしなければならないということ。
僕とアイリスは親子のようなものだけど、ちょっと僕には刺激が強すぎる。
それに、聖樹の成長にも魔力は必要なんだし。よし、そういうことにしておこう。
僕は魔力を渡したがるアイリスをなだめながら、残った魔力を聖樹に注ぐのだった。
**********
『ふはははは! うまい! うまいぞ!』
「アーちゃんはよく食べるなあ……ね、トレニア」
「……うん。でも、約束は守ってね」
『我は約束は守る。好きに育てて持ち帰るがいいぞ』
相変わらず、爆裂草を食べては体内で爆発させるのを楽しむアースドラゴンさん。
……なんか今アーちゃんとか聞こえたのはスルーしておこう。
アーマーウルフの一件で、一度ドラゴンの泉に避難してきたルピナスとトレニア。
最初はドラゴンを怖がっていた二人だけど、僕が戦いに行っている間に意気投合。
今では爆裂草をアースドラゴンさんに提供する代わりに、野菜を育てて持ち帰るまでになっているようだ。
ここには僕かアイリスがいないと入れないため、お店が終わった後に二人を連れてきている。
「でも、ランクは同じだけど、お兄ちゃんみたいな美味しさにはならないんです……」
「……秘伝の製法?」
「いや、僕は何もしてないはずなんだけど……そんなに違うものなの?」
僕の言葉に二人は同時に頷く。
うーん、僕は特別なことはしてないはずなんだけど。
『確かにシゲルの育てる爆裂草と、ルピナスが育てる爆裂草は少し味が違う気がするな。まあどちらもうまいので我には関係ないが』
「ほらお兄ちゃん、アーちゃんまでそう言ってるんだから、やっぱり違うんじゃないかなって思うんです」
『スキルは同じものでも効果が多少違うことがあるから、それの影響かもしれんな。シゲルの『成長促進』のレベルはいくつだ?』
「い、1ですけど……」
「「『1!?』」」
3人が同時に驚く。
それもそうか、この世界に来てからまだ1もレベルが上がってないのだから。
「あたしはレベル3なのに……」
「……やっぱり、秘伝の製法?」
「と言われても、本当に変わったことは何もしてないんだけどなあ……」
あるとすればもう1つのスキル『土の精霊の加護』の影響なんだろうけど、『鑑定』結果を見るに、美味しさに変化を与えるような効果はなかったはず。
「……それならきっと、お兄ちゃんの愛情?」
「なるほど、あたしももっとお兄ちゃんみたいに魔力だけでなくて愛情も注がないと!」
……なんだか2人で勝手に解決した感じになったけど、とりあえずそういうことにしておこう。
「そういえば、以前アースドラゴンさんから頂いた加護、使いませんでしたね。どうやれば返還できますか?」
『ふむ、面倒なのでそのまま持っておけばよいぞ。いつ使う時が来るか分からんからな』
「基本的に採取以外では町の外には出ませんが……そうですね、ありがたく使わせて頂きます」
こんな世界なんだ、ガーベラさんの時のように、採取の時にアーマーウルフ並みに強いモンスターが出てくる可能性は否定できない。
そんな時のために保険として持っておくのは大事だろう。
『……では代わりにシゲルにも爆裂草をだな……食べ比べをしてみるのだ』
「分かりました、それでは少し育てて帰りますね」
その後、体内で爆発をさせながら『やはり味が違うな』というアースドラゴンさんを見たあと、僕は聖樹と謎の種に残った魔力を注ぎに行くのだった。
**********
「木になってる……」
「すごいすごーい!」
更にしばらくして、芽吹いた種が僕の背丈ぐらいの木に成長していた。
あ、あれ……? 『成長促進』を使ったのは昨日で、その時はまだ膝までぐらいの大きさだったんだけど、僕が来ないうちにそんなに成長する……?
そんなことを考えていると、突然目の前の木が光り出す。
「……んんっ……こ、ここは……?」
そして、目の前に透き通った水のような色をした髪の、裸の女の子が突然現れた。
僕は咄嗟に目を逸らし、大事な部分は見ないようにする。
「……そうですわ……わたくし、あのアーマーウルフに食べられて……貴方が助けてくださったのですか? ……あの、どうしてこちらを見てくださらないのです……?」
「その……服、服がないから!」
「服……? きゃ、きゃぁぁぁぁっ!? す、すぐに作りますから!」
すぐに作る? それってどういう……。
「お、お待たせしました。お恥ずかしい所をお見せして、申し訳ございません。もう大丈夫ですので……」
「わー、おねえちゃんかわいい!」
僕は視線を戻すと、彼女は薄い水色をしたワンピースのような服を着ていた。
これを一瞬で造りだすなんて、彼女はいったい……?
「申し遅れました、わたくしは水の精霊の子です。森の奥深くに芽生えた小さな聖樹を依り代としていたのですが、聖樹がアーマーウルフに食べられてしまい、アーマーウルフの体内で魔力を吸い取られていたのです」
「それで種になっていたと……?」
「……そこまで退化していましたか……。そうです、もう少しで吸収されていたであろう所を、貴方が助け出してくださったのですね」
「そして、僕が『成長促進』で魔力を分けたから成長し……今の姿になったということですか?」
あのアーマーウルフ、後から聞いた話だと普通のアーマーウルフよりも数段以上強い個体だったらしい。
それの原因が聖樹を取り込んでいたからだなんて……。
「その通りです。わたくしは貴方に助けられた身。これからは貴方に誠心誠意お仕えしましょう」
「えーっと……でも、僕はただの道具屋ですし、自由にしてくださって構いませんよ」
「それだとわたくしの気が収まりません! どうかお傍に置いてください」
「パパー、おねえちゃんこまってるよー? ぼく、おねえちゃんとあそびたいなー」
「この子は……わたくしと同じような感じが……」
「ええと……その子は土の精霊の子です。すぐ隣にある聖樹が依り代でして……」
僕はアイリスに一瞬だけ隠蔽の解除をお願いすると、水の精霊の子はそれを見て目を見開く。
「ここまで大きな聖樹があるなんて……」
「僕が少しずつ魔力を注いで育てています。最初は種だったんですけど……」
「パパのまりょく、すっごくおいしいの! ぼく、パパのまりょくだいすき!」
「ええ、それは分かります。包み込んでくれるような暖かさで……わたくしも大好きですわ」
「ねーパパ、いいでしょー? ぼく、おねえちゃんといっしょにいたい!」
「そうだね……それじゃ、あなたがよければここでアイリスと一緒に暮らして欲しいんですけど……」
「もちろんです! まだ精霊の加護を授けられる力はありませんが……できる限りのことはさせて頂きます」
こうして、丘の上に2つ目の聖樹が植えられることとなった。
しかし大きくなったら栄養の取り合いにならないかとか、お互いの成長の邪魔にならないかとか少し心配だったんだけど、どうやら聖樹同士は混じり合い、1つの大きな聖樹になることができるらしい。
その場合、1つの聖樹が2人の精霊の依り代になることができ、精霊はより大きな力を発揮できるようになるとか。
そして、4つの属性が揃うと何かが起こるらしいけど……それはどんなことなのかまだ分からないとのことだ。
……なんだか話が大きくなってきたけど、僕は引き続き道具屋としてのんびりと生活をしていこうと思ったのだった。




