38.討伐報酬
「シゲル、いるか? ……なんだか疲れているようだが……」
「あ、タイガさん……いえ、ちょっとたくさんの人が来ましてね……」
アーマーウルフの一件で使われたBランクのポーション、戦闘で使われた硬化ポーションに、発火草や爆裂草を使った攻撃アイテム。
それらの詳細を知りたい人、商品を欲しがる人、Bランクの薬草の種を欲しがる人などがワッと一気に押し寄せてきててんやわんやだったのだ。もう夕方なのに。
「そ、そうか……大変だったんだな」
「しばらくお店を休みたいぐらいですよハハハ……」
ギルドマスターが種は仕入れていると発言してくれたことで、入荷には時間がかかるとだけ伝えればよかったので、これでも割と楽な方だったんだろうな。ギルドマスターには感謝しないと。
もしこれが自分で用意していたのだと知られてたら、今以上の騒ぎになっていただろうし。
「そういえばタイガさんはどうしてここに?」
「アーマーウルフの討伐の報酬を届けにきたんだ」
「報酬……? 僕が頂いてもいいのですか? ほとんどタイガさんとウルさんとイベリスさんの功績だと思いますが……」
実際、初手の拘束蔦を除けば僕はアイテムを渡していただけなのに。
「ああ、シゲルのアイテムなくしては倒せなかった相手だろうからな」
「それならありがたく頂いておきます」
「よし、それではこれだな」
タイガさんはカウンターの上に袋をドサッと置く。
中を見てみると、そこには大量のお肉が入っていた。
「タイガさん、これは……」
「ああ、アーマーウルフの肉だ。先程解体が終わってな」
「なるほど、だからタイガさんたちの姿が見えなかったんですね」
あれだけの大きな狼だ、解体もさぞ大変なことだっただろう。
いったい何人がかりで解体したのやら。
「それと、これはシゲルにもらっておいて欲しい」
「これは……種、ですか?」
タイガさんが差し出したのは、小さな種。
これもアーマーウルフの関係の報酬なんだろうか。
「これはアーマーウルフの胃から取り出したものでな……なぜか元の形でそのまま残っていたのだ」
「ウルフって肉食ですよね? なぜ胃から種が……?」
「確かにそこは謎だ。ツバキの姐さんが『鑑定』をしてみても、詳細が分からなくてな……とりあえず、シゲルの所に持ってこようと思ったんだ」
「『鑑定』で詳細が分からない……?」
そんな種、どこかで聞いたような……。
「よければシゲルが育ててみて欲しい。それと、討伐報酬の金貨は後日、冒険者ギルドで受け取れるらしいから、訪ねてみてくれ」
「分かりました、何から何までありがとうございます。お肉の方は今日の夕食にさせて頂きます」
「ああ、自分も仲間たちと食べることにするよ。ではまた後日ゆっくり話そう、後がつかえてるのでな……」
「後?」
「シゲルさーんっ!」
この声は。
「イベリスさん!?」
「今回のアーマーウルフの戦いのシゲルさん、すっごくかっこよかったです!」
「いや、僕はほとんど何もしてないけど。それに、最初の攻撃を避けたのも、イベリスさんに抱き抱えてもらったからで……」
「ああ……その時の感触……それを思い出しただけで私はもう……」
イベリスさんは顔を赤らめながら体をくねくねさせる。他の人に聞かれたら誤解されるのでやめてくれませんかね!?
「そういえばイベリスさんも戦闘の時は顔つきが変わりますね、普段はちょっと緩めですけど……」
「えっ、もしかして惚れ直しちゃいましたか? えへへ、嬉しいですね……」
惚れ直すって言うけど、そもそも惚れてはいないんですけど? と言おうとしたけどなんか複雑なことになりそうだからここはスルーを決めた。
「そういえば、イベリスさんはどうしてここへ?」
「それはもちろんシゲルさんの顔を見たいからで……というのもありますが、祝勝会を開くのでシゲルさんのニンジンが欲しかったんです」
ああ、なるほど。
確かにこういうおめでたい時は自分の好物でお祝いしたいよね。
「それじゃあ少々お待ちください。トレニア、手伝ってもらえる?」
「……了解」
トレニアがこちらに向かって敬礼をする。……誰に習ったんだろう。
「……ということで、こちらがBランクのニンジンです」
「ふわぁ……」
ニンジンを用意して戻り、イベリスさんに渡すとそれだけで涎がだらだらと垂らしそうな勢いだ。
「……ハッ、ダメダメ、これはみんなで食べるものだから、つまみ食いしちゃダメ……あっ、シゲルさんありがとうございました! これ、代金ですっ!」
イベリスさんは代金を僕に渡すと、大急ぎでみんなの所へと駆けていった。
……ああでもしないと、食べたいという欲望を抑えられないんだろうな……。
その後、ウルさんたちもここに来て、お肉の付け合わせの野菜を購入してくれた。
それからはお店の片付けをして、僕もみんなと一緒にアーマーウルフのお肉に舌鼓を打つのだった。
ちなみに謎の種は聖樹と同じ丘の上に植えてみた。
もしこれが聖樹の種と同じような代物だったら……。
とりあえず、毎日少しずつ魔力を注いでみようと思うのだった。
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「ギルドマスター、先日はありがとうございます。あの状況で僕が喋ってたら色々とボロが出そうでしたから……」
「いえいえ、私の方こそ、内密にしておいて欲しいと頼まれていたBランクの種の出所を話してしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、僕が話していたら動揺で自分で作れるとか言いだしそうでしたし……」
「ほう、ご自分でBランクの種を……」
「あっ」
ほら、こうやってボロを出しちゃう! 自分のバカ!
「い、今のは聞かなかったことに……」
「ええ、フリーデンを救った英雄の仰ることです。私は何も聞いていません」
「え、英雄って……」
「シゲルさんの道具なくしては犠牲者なしでのアーマーウルフの討伐は成りませんでした。これを英雄と言わずしてなんと言うのでしょうか」
ギルドマスターは真剣な眼差しでこちらを見る。お世辞とかではなく、本気で言ってくれているのだろう。
「で、でも何だかむず痒いですね」
「ふふ、シゲルさんがそう仰るのでしたら今まで通り接させて頂きます」
「そうして頂けると助かります」
「それと、シゲルさんのおかげで助かった者たちからのお礼を預かっております。後日お店の方に届けさせて頂きますね」
「お礼、ですか……、分かりました、ありがたく頂戴します」
僕のために皆が捻出してくれたんだ、ありがたく頂いておこう。
「それではシゲルさん、アーマーウルフ関係でしばらく忙しくなると思いますが、お体にお気をつけて」
「ありがとうございます。ギルドマスターもどうかご自愛ください」
後日、大量の金貨が僕のお店に持ち込まれることになり、あまりの多さにみんな驚いていた。
これは町の人に還元しようと思い、損傷した門の修復に寄付したり、商店街のお店で普段買わないような高いものを買ってみたり……。
他にも、冒険者ギルドに採取依頼を出してみたり、色々な使い方をさせてもらったのだった。
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その後、フリーデンでのアーマーウルフの一件は瞬く間にあらゆる国で噂となった。
そして、アーマーウルフに大規模な損害を出された王都の話と比較されることになり、王都の評判は地に落ち、フリーデンの評判はうなぎ登りとなる。
結果、王都からフリーデンの移住者が今まで以上に増え、次第に王都は落ちぶれていくのだが、それはもう少し先のことになるのだった。




