36.襲来
「ありがとうございましたー」
「今ので最後のお客さんかな?」
「……そうみたい、あとはお片付け……」
今日も道具は完売。平和に一日が終わる。
……はずだった。
「た、大変だー! アーマーウルフが町の外に! 急いで避難するんだ!」
「!」
突然響き渡る、避難指示の声。
どうやら、恐れていたことが現実になったらしい。
「すみません、現状は?」
「今のところ門で冒険者や兵士が食い止めているらしいが、敵が強すぎていつ門が破られるか……あんたたちも早く安全なところに!」
「ありがとうございます。すぐに皆に伝えます」
もし、門が破られたら……被害は甚大なものになるだろう。
その前に、何としてでも撃退しないと……。
「リリー、ガーベラさん。ルピナスとトレニアを連れて聖樹の所へ避難をお願いできますか?」
「シゲルくん……分かったわ、あそこなら安全なはずね」
「僕もあの場所に用がありますので……」
そう、アースドラゴンさんとの約束がある。
でも、その前にツバキさんたちに……。
「シゲル、おるかの?」
「ツバキさん、ちょうどいい所に! できれば、先行して向かってもらって負傷者の救護と、タイガさん、ウルさん、イベリスさんにも連絡をして欲しいのですが……」
「うむ、そのつもりじゃ。お主も道具をまとめて来るのか?」
「いえ、アースドラゴンさんと約束がありまして……ガーベラさんたちにそこに避難してもらってから向かいます」
「約束、とな。……期待はしておいてもよさそうじゃの。それでは先に向かっておるぞ」
ツバキさんはそう言い残すと門の方へと駆けて行った。
僕も早く援護に向かわないと……。
**********
「うわぁ……こんな所があったなんて……」
「……すごい、空気が澄んでる……」
ドラゴンの泉に初めて来る二人は興味津々に辺りを見回している。
何もないように見える丘の上に、聖樹とドラゴンの泉があるのだ、無理もないだろう。
「アースドラゴンさん、いますか?」
『うむ、どうやらヤツが襲ってきたようだな?』
「はい、それでここに来たのですが……」
僕が泉に向かって呼びかけると、アースドラゴンさんが姿を現す。
それを見てルピナスとトレニアは腰を抜かしそうになったが、僕が味方だと言うことを告げると、ガーベラさんの後ろに隠れながらもアースドラゴンさんの方を見る。
『……それではシゲルよ、一時的に我の加護を受けるがいい』
「加護……? うわっ!?」
僕の身体が光に包まれる。これは……スキルのレベルが上がった時の……?
『これで、シゲルが受けた攻撃を一度だけ我が肩代わりすることができる。……無事に戻ってこい』
「ありがとうございます! それでは皆をよろしくお願いします」
『よかろう。だが……』
「報酬はいつもの3倍にします、それでは!」
『……よろしい』
僕はそう告げると、急いでツバキさんの所へと向かった。
「パパ、まって」
泉から出たところで、僕はアイリスに呼び止められる。
アイリスのこちらを見る目は真剣そのものだった。
「アイリス、僕に用事?」
「うん。あのね、ここにすわって?」
僕はアイリスに促されると、アイリスの近くに腰掛ける。
すると、アイリスは僕の顔をそっと抱き寄せ、口付けをする。
「んんっ!?」
僕が驚いていると、僕の中に何かが流れ込んでくるのを感じた。
これは……。
「……あのね、せいじゅのまりょくをパパにあげたの」
「聖樹の……魔力を……?」
「うん……ママが、パパはたくさんまりょくがひつようだから、っていってたの」
もしかして、これからアーマーウルフと戦うために……?
それを見越して土の精霊様はアイリスにこのことを……。
「……パパ、ぜったいぶじにもどってきて。じゃないと、ぼく……ぼく……」
泣き出しそうな顔になるアイリスを、僕はぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫、絶対戻ってきて……聖樹に魔力を返すから」
「……うん、やくそく……」
僕は小指をアイリスの小指と絡ませる。
この世界では使われない約束ごとの仕草だけど……僕にできることはこれぐらいだ。
「それじゃアイリス、行ってくるね」
「うん……」
僕はアイリスに手を振ると、再びツバキさんの元へと駆け出した。
**********
「ツバキさん、状況は!?」
「うむ……シゲルの作りだめしていたBランクのポーションで負傷者を治して回っておるが……いかんせん、分が悪い」
「それほどまでに強いんですか……タイガさん、ウルさん、イベリスさんは……」
「タイガとウルは他の冒険者たちと共にアーマーウルフを食い止めておる。イベリスは脚を活かして負傷者の救護にあたっておるぞ」
周りを見ると、負傷して門の中へと避難してきた冒険者や兵士たちが地面に横たわっている。
みんな、辛そうにうめき声をあげているのを見て、僕もポーションを持ちだそうとすると……。
「シゲルさん、私に頼みがあると聞きました! あなたのイベリスです!」
「イベリスさん! よかった、どうしてもイベリスさんにしかお願いできないことがありまして……」
「はい、何でも仰ってください! あのアーマーウルフを撃退できるなら私、何でもしますから!」
……普段だったら「私をお嫁さんにというお願いですか!?」と言い出しそうなイベリスさんだが、事態が事態だ。
今の顔つきは普段よく知っているイベリスさんとは大違いの、冒険者としての顔つきだ。
そんなイベリスさんを見て、普段とのギャップに心が動かされそうになる。
「それでは耳を貸してください。作戦を伝えます」
「分かりました…………ええっ!?」
「……イベリスさんにしかできないことです。どうか、お願いします」
「分かりました。でも、シゲルさん……無茶だけはしないでくださいね。あなたにもしもの事があったら、悲しむ人がたくさんいますから」
「それは今戦ってくれてる人たちもだよ。誰一人欠けることなく、アーマーウルフを……」
「……そうですね! 分かりました、それでは行きましょう!」
僕はイベリスさんを伴って、門の外へと出る準備を始めた。
**********
『ガァァァァッ!』
一歩門の外へと出ると、アーマーウルフの咆哮が響き渡っていた。
空気がビリビリと震え、凄まじい威圧感に圧倒される。
周りを見ると、負傷して武器を持てなくなった人、その場に倒れ込んで動かない人など、惨憺たる光景が広がっていた。
……早くなんとかしないと!
「……シゲル!? アーマーウルフは弱い者から狙ってくる! お前がここにいては……」
「そうです、アーマーウルフは真っ先にあなたを狙ってきます!」
「タイガさん、ウルさん。僕に作戦があります、だから……!」
僕は袋の中から種を取り出して周りに蒔くと、『成長促進』をそれらに使う。
「……分かった、だが決して無理はするな。アーマーウルフをこちらに誘導すればいいのだな?」
「はい! ……それとお二人にこれを渡しておきます!」
「……! なるほど、任せておけ!」
タイガさんはアーマーウルフに向かうと、あえて防戦をしてアーマーウルフの視線をこちらに向ける。
すると、タイガさんを無視してアーマーウルフは僕に向かって突進してくる。
そうだ、それでいい。
「シゲルさんっ!」
アーマーウルフが僕の仕掛けた罠に嵌る瞬間、イベリスさんが横から飛び出して僕を抱いて緊急離脱する。
イベリスさんには鬼神草を使ってもらい、脚力と腕力を強化。そして僕自身は浮遊草を飲んで身体を軽くしているからこそできる芸当だ。
スピードが付き過ぎて急に方向転換ができないアーマーウルフは、そのまま罠――拘束蔦の蒔かれた場所へと足を踏み入れる。
『グァァァッ!?』
瞬間、一斉に拘束蔦がアーマーウルフに襲い掛かり、地面へとアーマーウルフの身体を絡めとる。
「今ですタイガさん、ウルさん! アーマーウルフの脚を!」
「応ッ!」
さっき2人に渡したアイテムは硬化ポーションだ。
アーマーウルフの動きが封じられたこの時こそ、機動力を奪うチャンス。
「はぁぁぁぁっ!」
2人の攻撃はアーマーウルフの前脚を捉え、ミシミシという鈍い音が辺りに響き渡る。
「グギャァァァッ!?」
恐らく脚の骨が折れたのだろう。アーマーウルフの呻き声が辺りに木霊する。
「まだまだ! イベリスさん!」
「はい、お任せを!」
イベリスさんはその脚力を活かして宙へ飛び、アーマーウルフの背中にとある液体の入ったポーションを複数個投げつける。
「タイガさん、アーマーウルフの背中に攻撃してすぐに離脱を!」
「分かった!」
タイガさんはハルバードを豪快にアーマーウルフの背中に叩きつける。
普段なら鋼鉄の毛に阻まれる所だが、あいにく今は硬化ポーションを使っている。
バキバキと硬いものが折れる音が響き、そしてその衝撃でアーマーウルフの身体が発火する。
そう、イベリスさんが投げた液体は発火草を液体状にしたもの。
これをかけて強い衝撃を与えることで、アーマーウルフの身体を燃やすのが目的だ。
「ガァァァァッ!?」
拘束蔦も一緒に燃えてしまうが、決定打を与えるならこれしかない。
蔦から解放されたとしても、もう前脚が両方とも使えないアーマーウルフの動きは怖くないだろう。
それに、もう一度拘束蔦をアーマーウルフの下にばら撒けば再び拘束できる。
「ガァ……ァァァァ……」
炎は燃え盛り、アーマーウルフの鋼鉄の毛は悉く燃え尽きていく。
次第に声も弱くなり、身体が動かなくなっていく。
「ウルさん、これをアーマーウルフの口の中に。これでトドメです」
「……はい!」
僕はとある液体が入ったビンをウルさんに渡すと、ウルさんはそれをアーマーウルフの口の中へと投げ入れる。
それと同時にアーマーウルフの口の中で爆発が起き、アーマーウルフはその場へと倒れ込み、動かなくなった。
「勝った……?」
「や、やったのか……?」
周りの冒険者たちがアーマーウルフの絶命を確認すると、歓喜の声をあげる。
でも、まだまだ終わっていない。
「タイガさん、門の中にいるツバキさんを呼んできてください。負傷者の治療を!」
「分かった、一刻を争うからな。すぐに戻る!」
「……ふぅ……な、なんとかなった……」
僕は緊張の糸が切れて、その場にへたりこんだ。
あんな殺気を向けられたのも、戦闘するのも初めてだから、漏らすかと思ったよ……。
「凄いです! 凄いですシゲルさんっ!」
「ええ、確かに……ですが、みんながあなたを見てますね……」
「……ははは、目立ちたくなかったんだけどね……しょうがないか……」
今回、アーマーウルフを倒せたのは数々の道具のおかげ。
そしてその道具を作ったのは僕で、道具屋をしている。
……いろいろ追及されそうだし、忙しくなりそうだよなぁ……。
「シゲル、よくやった! ……と喜びたい所じゃが、まずは治療が優先じゃな」
「はい、僕も手伝いますので、全員助けましょう」
それにこのBランクのポーションを作ったのも……。
これを収納魔法から出しているのはツバキさんだけど、Bランクのポーションの出所を探られるかもしれない。
でも、今はそんなことを考えている余裕はない。
まずは負傷者を助けるのが先だから。
**********
その後、負傷者の救助に成功し、僕たちは門の中へと入っていった。
しかし……。
「……こやつだけ、どうしてもポーションが効かぬでな……」
そこに横たわっていたのは、腕と足の片方が噛み千切られていた門番だ。
「こいつ、門を守るのは自分の役目だからって、逃げずに立ち向かってさ……」
「ああ、こいつがいなかったら門は破られてたかもしれない。助けてやりたい、助けてやりたいが……」
周りから彼にかけられる多くの声。
この傷だともう長くは……。
「……ツバキさん、あれを出してください」
「……よいのか? あれを使うということは……」
「目の前の負傷者を助けられるかもしれない道具を使わずして、何が道具屋ですか」
「……そうじゃな。すまぬ、余計なことを言った」
ツバキさんは収納魔法からポーションを取り出し、門番の人へとそれをかけた。
すると……。
「う、腕と足が……!?」
「なっ……こ、これはまるで……秘薬……!?」
門番の人の失くなった腕と足が元通りになり、外傷も全て治療される。
そして、ゆっくりと閉じていた瞼が開いていく。
「……こ、ここ、は……?」
そして言葉を発した瞬間、辺り一面が歓喜の声に包まれた。
……これにて一件落着。
と言いたいところだけど、これだけ大量のBランクのポーションで負傷者を助け、更にはAランクのポーションで門番の人の手足も元通りにしてしまったんだ。
これから色々ありそうだけど……とりあえず犠牲者は0で済んだという情報に、僕は胸をなでおろすのだった。




