35.準備
アーマーウルフの話を聞いてからというもの、僕は普段の道具を作りながらもBランクのポーションの量産をしていた。
既に100個以上あるのにそれ以上必要なのかとツバキさんに聞かれたが、アーマーウルフの話をすると納得したような顔で依頼を引き受けてくれたので、おそらくツバキさんにも思う所があったのだろう。
更に、万が一のためにAランクのポーションも少量ながら作っておく。
フリーデンにも強固な門や堀があるから大丈夫だとは思うけど、準備しておくに越したことはない。
「しかし回復だけでいいのかのう? 攻撃できるような道具も作っておくべきではないか?」
「確かに……でも、魔力草や魔力回復用のポーションもありますし、魔法で攻撃する分には充分かと思ってます」
「ふむ。しかし、いつでも魔法使いがおるとは限らんぞ? 誰でも使える道具があれば便利じゃとは思うがのう」
「確かに。それなら爆裂草か発火草あたりを使えばいいかもしれませんね」
例えば、発火草を液体にしてビンに詰め込み、敵に投擲して当たれば発火するような仕組み……要するに火炎瓶みたいなものがあればいいのかな。
しかし発火草の取り扱いは難しそうだし、実験に失敗して火事になりそうで怖い。
他には爆裂草でも同じことはできそうだけど……なぜ食べたら爆発するかの仕組みさえ分かれば、投げつけたら爆発する手榴弾みたいなことができるかも。
それをツバキさんに伝えてみると「お主は儂の店を壊す気か?」と言いつつも、研究をする約束をしてくれた。
やはりアーマーウルフのことが心配なのだろう。
「ま、何もないのが一番じゃが……備えをしておけば他のことにも使いまわせるしのう」
「そうですね、それに攻撃アイテムが増えれば冒険が楽になるかもしれませんし……」
もしアーマーウルフに使わなくても、研究を進める事でダンジョン攻略に使う人が出てくるかもしれない。
ただ、誰でも使えるというのは悪い人も使うかもしれないということ。
魔法が使えない人でも火を攻撃手段として扱える道具があるなら、それを使って放火するかもしれないし、暗殺に使うかもしれない。
便利と危険は紙一重、使う人の心がけ次第でよくも悪くもなるんだよね……。
実際、爆裂草は過去に食事に混ぜることで暗殺の道具として使われていたらしい。
しかし、『鑑定』のスキルで見破れるため、今ではリスクが高すぎてそういう使い方はされないとも聞く。
そういう意味では『鑑定』のスキルって凄く強いと思う。他の人のスキルも『鑑定』できるんだし、かなり万能感がある。
そんなことを考えながら、僕は研究のための発火草と爆裂草を『成長促進』で作り出していくのだった。
**********
「シゲル、少しいいか?」
「ええ、大丈夫ですよタイガさん。何かありましたか?」
「うむ、シゲルの作った魔力草や体力と魔力を同時に回復するポーションのおかげで、ダンジョンの更に奥に進めてな……」
「おめでとうございます! そして、ここに来られたということは……」
「……勘がいいな、これだ」
タイガさんは複数の袋を僕に手渡す。
中を見ると、今までに見た事のない種が入っていた。
「リリー! これの『鑑定』をお願いできる?」
「分かりました! 見た事のない色の種ですね……」
リリーがドキドキしているのが表情から分かる。
『鑑定』を使えるから、未知のものに対しての好奇心が大きいのだろう。
「ええと……『浮遊草』……? どうやら、食べると身体が軽くなって浮かんでいるような感覚を味わえるそうです」
「水の中に入ると浮力が働いて軽くなるから、そんな感じの効果なのかな……?」
軽くなる効果だけを取り出して、物にかけると軽くなるポーションを作れば運搬で役に立ちそうかな……?
「それとこちらは……『冷却草』……発火草とは逆に、刺激を与えると周りを冷やす効果があるみたいです」
「……クーラー……?」
「くー……?」
刺激を与えると周りを冷やすなら、暑い夏に最適な道具じゃないか!
正直、この世界にきて僕って機械の恩恵を受け過ぎてたなと痛感した。
冷蔵庫がないから長期間の保存はできないし、エアコンがないから暑さも寒さも耐えるしかない。
電子レンジもないから食べ物などを暖められないし、お風呂も薪を燃やして沸かすしかない。
そんな不便なもののうち、暑さを和らげる道具が手に入るなんて……実に素晴らしい。
「タイガさん、早速これを試してみたいのですが、いいですか?」
「う、うむ……そんなにいいものなのか……?」
「効力がどれぐらい持続するか分かりませんが、僕の思っている通りなら……」
そう、まずは試さないことにはどうにもならない。
持続時間が短いなら部屋を冷やすよりは飲み物を冷やす方に向いているかもしれないし。
僕は畑に向かうとすぐに『成長促進』で冷却草を育て、葉を収穫して戻ってくる。
そして机の上に葉を置くと、コンコンと叩いて葉を刺激してみる。
「うわぁ……ひんやりしてきましたね、シゲルさん」
「ふむ……確かにこれは凄いな……」
すると、すぐに周りの空気が冷え、部屋の温度が徐々に下がってくる。
ガーベラさんやルピナス、トレニアも集まってきて目を輝かせている。
しかし、その効果はすぐに収まり、また徐々に温度が上がっていく。
なるほど、少しの間しか効果が出ないんだ。
「それなら……と」
僕は複数個のコップに水を注ぎ、その周りに冷却草の葉を敷き詰めて、刺激を与えると同時に大きい蓋で周りを囲った。
そして効果が切れるまで待ち、その後蓋を外してコップを触ってみると……。
「うわっ、冷たい……」
まるで冷蔵庫でキンキンに冷やされたような水だ。
僕はそれをみんなに渡し、飲んでもらった。
「な、なんだこれは……ここまで冷えるものなのか……!?」
「冷たくておいしい……! トレニア、これ孤児院のみんなにも飲んでもらいたいよね?」
「……うん。……あの、お兄ちゃ……じゃくて店長、この種、分けてもらえませんか……?」
「もちろん。僕も多めに作るし、よければルピナスも育ててみる?」
「やったぁ! ありがとうお兄ちゃん!」
「……ルピナス、店長、店長」
ルピナスは僕に大喜びで抱きついてくる。
そしてルピナスの僕の呼び方をたしなめるトレニア。トレニアも言いかけてたんだけど。
別に今は営業時間じゃないから気にしないんだけどね。
その後、ルピナスの『成長促進』、トレニアの『魔力譲渡』をフル活用し、冷却草を大量に育てることになる。
ルピナスが育てた分、そしてここで育てている果物を持ち帰ってもらい、孤児院でみんなに冷たいジュースを振舞ってもらうことにした。
そして僕は、冷却草のランクを上げることで持続時間などの変化を調べることに……。
「シゲル、よければ自分も冷却草を買いたいのだが……」
「分かりましたタイガさん、タイガさんのおかげで手に入ったのでサービスしておきますよ」
「ありがたい……」
どうやらタイガさんも冷たい飲み物が気に入った様子。
……こうやってみんなを笑顔にできるのも、道具屋のいい所かな。
しばらくアーマーウルフのことで悩んでいたから、いい清涼剤にもなったと思う。
……しばらくして、ランクの高い冷却草は氷を作り出せるほど周りを冷やせることが判明。
それで作ったかき氷が大人気となるのだが、それはまだちょっと先の話。




