33.イベリスのお礼
「シゲルさん、お礼に来ましたっ!」
開店と同時にイベリスさんが突っ込んでくる。そう、文字通り突っ込んでくる。
僕はそれをいなすと、イベリスさんは後ろに控えるガーベラさんにキャッチされる。
「あらあら、やんちゃはダ・メ・よ?」
「ひゃ……ひゃい……」
イベリスさんはガーベラさんの腕の中でガタガタ震えている。
……ガーベラさん、怒った所は見た事ないけど、リリー曰く怒らせると鬼神のように怖いそうだしなあ。
イベリスさんは本能でそれを感じ取っているのだろう。
「で、でもでも……お礼に来たというのは本当で……」
イベリスさんがチラリと店の外を見る。
そこには10人を超える、イベリスさんと同じ兎の獣人の女の子たちが控えていた。
「イベリスが言うにはあの子が店長で……」
「やだ、かわいい……あたし、我慢できないかも……」
「またあのにんじん……ほしいな……」
上気させた顔で身体をくねらせながら、僕の方を見てこそこそ話をしている。
あ、ヤバいやつだこれ。
しかし、よくよく見ると手にはそれぞれ小さな袋を持っていて、おそらくそれがお礼なのだろうと言うのは何となくわかった。
「イベリスさん、他のお客さんの迷惑になるので、客足が落ち着くまで少し待っていただけます?」
「あ、は、はい……」
その後、ある程度の商品が売れた後、イベリスさんたちの元へと向かう。
「ごめん、イベリスさん。なかなか落ち着かなくて」
「す、すみませんでした、突然押しかけちゃって……ようやくみんなのお礼が揃ったから居ても立っても居られなくなって……」
イベリスさんがそう言うと、後ろに控えていた兎の獣人の子たちは、手に持っていた袋を僕に差し出した。
「……シゲルさんに必要かなって思って、みんなそれぞれダンジョンに行って種を入手してきたんです。ある程度深い所まで潜ったので、珍しいものがあればいいんですけど……」
「いいの? 僕はにんじんを提供しただけなんだけど、命を懸けてまで手に入れてたものを……」
「いいんです! 私たちにはあの人参が天にも昇るような心地だったので……それで、その……もしよければまた……」
「大丈夫ですよ、でも、次は現金でのお支払いでも……流石に人参で命がけで種を取ってきてもらうなんて……」
あまり無理をして大怪我をしても困るし、お金なら色々なことに使えるしね。
「わ、わかりました! 実はあの人参が忘れられなくて、身体が疼いちゃうんです……」
イベリスさんがそう言うと、周りの子たちはみんなうんうんと頷く。
身体が疼くとかなにそれ怖い。禁断症状か何か?
「分かりました、それならまた明日イベリスさんが来てください」
「あ、ありがとうございます! 楽しみにしておきますね。……あ、これ以上いるとみんながシゲルさんを襲っちゃいそうなのでそろそろお暇しますね」
「う、うん……気をつけて……」
イベリスさんが指揮すると、兎の獣人の子たちはそれぞれのパーティーの元へと戻って行ったようだ。
……人参のせいで襲われるかもって……この世界、怖い。
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「……ということでリリー、さっきの種を『鑑定』してもらえる?」
お店の商品があらかた売れ、客足が少なくなった頃に僕はイベリスさんたちが持ってきた種の鑑定をリリーに依頼する。
「分かりました! そういえばその場で鑑定しなくても大丈夫だったんですか?」
「うん。その場で鑑定して普通の種だったら、持ってきた子ががっかりしちゃうでしょ? だからあえてみんながいた時には鑑定しなかったんだ」
善意で持ってきてくれてるのでその時点で僕は嬉しいものなんだけど、向こうとしてはレアな種である方が僕が嬉しいと思っている可能性がある。
その場合、その場で鑑定して普通の種だったら……だから、あえて本人は知らない方が幸せかもしれないのだ。
「なるほど……やっぱりシゲルさんは優しいですね。それじゃ、鑑定していきますね」
「……これ、『拘束蔦の種』って結果が出てますね」
「拘束蔦? 初めて聞くけどなんだろう……?」
「あ、それはね……」
僕たちが鑑定をしている間にどうやらお店の方が片付いたらしく、ガーベラさんがこちらに来ていた。
「知っているんですか?」
「ええ、それは罠に使われるものでね。その蔦の上を獲物が通ると、巻き付いて拘束しちゃうの。だから『拘束蔦』って呼ばれてるのよ」
「なるほど……でも、実際に戦闘で使うにはなかなか難しそうですね」
「あら、畑の周りに植えておけばドロボウが引っかかってくれたりするわよ?」
そうか、セキュリティ強化にも持ってこいなのか。それなら使いようはあるかも……。
「結構レアな種なんですか?」
「そうね、あまり出回らないかも。引っかかっちゃうとそれで蔦が生命力を使い果たしちゃうから、種を採取するのが難しいの」
「なるほど……そらなら大事に育てて種を収穫しておいた方がよさそうですね」
「あっ……シゲルさん、こっちは『発火草』というものらしいです」
僕がガーベラさんと会話をしている間もリリーは鑑定を続けてくれていたらしく、新しい種類の草が鑑定されたことを告げてくれる。
「発火……なんだか物騒だけど……」
「実際物騒よ? 強い刺激を与えると燃え始めるの。ランクが高くなるほど火力が上がって、時には森や山を焼き尽くすこともあるらしいし……」
「えぇ……」
食べると爆発する爆裂草もだけど、刺激で燃え出す草とか……この世界物騒すぎない? 大丈夫?
「まあそれだけの火力を出すにはCランク以上が必要なんだけど……ちなみに、寒い地域では発火草を火種にする場所もあるぐらい重宝されることもあるのよ」
「なるほど、生活に使える側面もあるんですね」
ライターやマッチがないこの世界だと、火を起こすのには苦労するだろう。
火の魔法があるじゃないかとは思うけど、魔法を使えるのは限られた人だけだろうし、一般の人でも使える火種はありがたいかも。
「それにしても色々な種類の草があって面白いですね」
「そうね、どうしてそういう特性を持ったのかを考えるのも面白い所ね。発火草は周りを焼くことで新しい生命を芽吹かせる土地を作り出す役割を持っている、なんて言われてたりするし……」
ちょっと突飛な考えだけど、それも面白いかも。
「そういえば、発火草も種の収穫が難しかったりするんです?」
「そうね、種を収穫するために発火草を持ち帰ろうとして、帰り道の戦闘で刺激を与えちゃって他の荷物ごと燃え始めた……なんて話もあるみたいだし」
「それは……怖いですね」
取扱注意とは分かっていても、避けられない戦闘もあるだろうし、そういう話を聞いて持ち帰るのを避ける冒険者もいるだろうし……。
そう考えたら発火草の種が手に入ったのはありがたい。
その後全ての種の鑑定が終わり、新規の種は『拘束蔦』と『発火草』の2つになった。
ランク違いのものがあるのも嬉しい結果だった。
僕の『成長促進』だと、ランクはそのまま、もしくは上げることができるんだけど、『下げる』ことができないから低ランクの種があるのはとてもありがたい。
ルピナスに頼めばランクを下げることもできるんだけど、孤児院のためにできるだけ単価が高いものを育てさせてあげたいというのが僕の思いだ。
……そういえば、爆裂草を食べてもなんともないアースドラゴンさんなら、発火草を食べても美味しいとか言いだすんだろうか。
そんなことを考えながら、僕はイベリスさんたちが持ってきてくれた種を整理するのだった。




