32.聖樹の成長
「パパー!」
「アイリス、いい子にしてた?」
「うんっ!」
今日も道具屋での一日が終わり、聖樹に魔力を注ぎにきた。
先日のBランクの種の配布により、僕のお店も落ち着き、少しずつのんびりとできるようになってきたのはありがたい。
その分、アイリスに会いにくる時間が遅くなり、寂しい思いをさせているんだけど……。
「あのねあのね、ママがパパにあえるっていってたの!」
「土の精霊様が? そっか、それじゃ早く魔力を注がないとね」
僕は聖樹に手を触れると、『成長促進』で僕の魔力を注ぐ。
……ちょっと前は種だったのに、もう僕の身長を超えて、一軒家よりも大きくなっているのを見ると、改めて『成長促進』の凄さを実感する。
普通、これぐらい大きくなるのには何年……十数年かかるかもしれないのに。
そんなことを考えながら魔力を注ぎ終えると、急に辺りが暗くなり、全身が透明に近い緑色をした女性――土の精霊様が姿を現す。
「ママー!」
アイリスが土の精霊様に駆け寄ると、土の精霊様はアイリスを愛おしそうに抱き上げ、こちらを見る。
『お久しぶりです、シゲル。私に願いがあるとアイリスから聞いていたのですが……』
「は、はい! 実はこの聖樹についてなのですが……」
僕は聖樹の方を見る。
そして、聖樹のことについて調べたことを土の精霊様に話す。
聖樹は存在する国を豊かにする力があると信じられていること、そして、その力を求めて人と人が争った過去があること。
『……確かに、聖樹がある国はその加護によって豊かになります。例えば、聖樹が取り込んだ魔力を増幅して放出し、国に魔力が満ちることで、普段以上の力を発揮できるなど……ですね』
「僕の持っているスキルである『精霊の加護』みたいなものを国民全員が得られる、といった所でしょうか?」
『シゲルの加護に比べれば遥かに劣りますが、それでも充分過ぎる効果にはなります』
……なるほど、それは争いの火種になるわけだ。
聖樹さえあれば、より一層力を得ることができるわけだし。
「……そして、聖樹が育った時、その姿を見て聖樹だと判別できるものなのでしょうか?」
『そうですね、その姿は人の間で伝承されていますし、見る者がそのことを知っていれば気づく可能性は高いでしょう。そして高ランクの『鑑定』を使えば、聖樹であると確定されてしまうことは明白です』
「それでは……土の女神様の『隠蔽』で聖樹の姿を隠すことはできるでしょうか?」
『はい、それは問題なく。……しかし、そのような願いでよろしかったのでしょうか? シゲルが望むなら、更なるスキルをお渡しすることも……』
「いえ、僕は今のままでも大丈夫です。普通に生活はできていますし、これ以上を望むよりも、平穏な日常を守ることができればそれでいいんです」
新しい力が欲しくないと言えば嘘になるが、それ以上に聖樹が争いの種にならない方が重要だ。
国同士の戦争になれば、僕だけでなく多くの人が命の危険に晒され、悲しむことになる。
『……そうですか。シゲル、私が力を授けたのがあなたでよかったと思います』
「ぼくもパパはやさしいからすき!」
「ありがとうアイリス。それに、土の精霊様もいつも見守って頂き、感謝しています。あなたの加護がなければ、今頃僕はこの世界にはいなかったでしょう」
この『成長促進』のスキルがあったからこそリリーと出会い、そこから道具屋を通じて多くの人とつながることができたのだ。
土の精霊様には感謝してもしきれない。
『それでは、私の力を以って、この聖樹の存在を隠蔽します。……ただ、勇者や魔王、ドラゴンなど、途方もない力を持つ者、シゲルのように他の精霊の加護を持った者に対しては隠蔽しきれない可能性もありますが……』
「それでも充分過ぎるぐらいです。心無い者の目に留まり、利用されることがなければ、この聖樹ものびのびと育つことができるでしょうし」
『……ふふ、やはりシゲルは優しいですね。私も精霊という存在でなければ、あなたを……いえ、今のは聞かなかったことにしておいてください』
土の精霊様は聖樹に手をかざすと、呪文を唱え始めた。
徐々にその魔力は強くなり、聖樹全体が光に包まれ、そして光が収まるとその姿を消した。
『これで大丈夫でしょう。この空間は今元の場所から切り離されているので、今の光も他の者は認識できていませんので安心してください』
「空間を切り離し……あのドラゴンの泉みたいなものなのかな」
『シゲル、我を呼んだか?』
「えっ!?」
僕がそんなことを呟いていると、急に後ろからドラゴンが僕に声をかける。
そっか、さっき『勇者や魔王、ドラゴンなど』って言ってたもんね……。
『お久しぶりです、土の精霊様』
『アースドラゴンですか、もしやあなたもシゲルを?』
『はい、『土の精霊の加護』を持っていたので我が泉にて出逢いました。今では毎日爆裂草を提供して頂いております』
『あなたもお好きですね……』
あ、精霊様がちょっと呆れたような顔をしている。
そんな顔をされるぐらい変わった趣味なんだな……。
『……あなたがついているなら大丈夫でしょう。私はこの世界に顕現できる時間は短いので、シゲルの事は頼みましたよ』
『はっ、この命に代えても! ……爆裂草のためにも』
アースドラゴンさん、後半ぼそっと言っても聞こえてますよ?
……というか、泉に棲んでたのに『アース』ドラゴンなんだ。
確かに育てた植物のランクがBになるのは土属性っぽいけど!
『……聞こえていますよ』
『いやはや、お恥ずかしい……』
アースドラゴンが頭をポリポリ掻くような仕草を見せる。
……上下関係があるように見えて、結構フランクな関係なんだなあ……。
『コホン。それでは改めてシゲルと……この聖樹のことも頼みます』
『分かりました、我が泉もこの聖樹に隣接していますし、いつでも駆けつけます』
『よろしい。それではシゲル、また聖樹が成長した時に再び逢いましょう』
「分かりました、またアイリスと一緒に逢えることを願っています」
「ママ、またね!」
アイリスが手を振ると、土の精霊様の姿は徐々に空気に溶け込んでいった。
そして、その姿が消えると同時に、僕の身体が光り出す。
「これは……スキルレベルが上がった時の……?」
もしかして、『土の精霊の加護』のレベルが上がったのだろうか。
もしそうならアイリスにスキルの隠蔽を解除してもらって、ツバキさんに『鑑定』してもらわないと。
僕が急いでツバキさんの所に行こうとすると、アースドラゴンに引き留められる。
『シゲルよ、ここまで来たついでに爆裂草をだな……』
「……デスヨネー」
まあそういうオチだろうと思ってはいたけど!
その後、爆裂草をいくつか育て、アイリスを連れてツバキさんの錬金工房へ向かうのだった。
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「……ということで『鑑定』をお願いしたいのですが」
「おばあちゃんおねがいー!」
「う、うむ……ふむ、『土の精霊の加護』のレベルが上がっておるのう……効果は『魔力回復量増加』か……」
あれ? まったく驚いてない。意外と普通な効果なのかな。
僕としてはかなり有用な気がするんだけど。
「意外と普通な効果でした?」
「いや、もう驚くのに飽きた。鑑定の度に驚いてたらやっておれんわ……ちなみに今までの半分の時間で魔力が回復するぞ」
つまり回復量が2倍になったってことか……今までの2倍のものを育てられると。
「聖樹に注げる魔力も増えるね、アイリス」
「やったー! パパだいすき!」
聖樹の存在は隠蔽されたものの、その恩恵はこの国に行き届く。
その効力を求めて争うのはダメだけど、知らないうちに豊かになるのならどんどん聖樹を育てていきたい。
それに聖樹はアイリスの依り代。この子のためにもね。
「……さて、これで更に忙しくなるかのう」
「そうですね、今まで以上に植物を育てられるので、研究用のものも育てる量が増やせますし」
「まあ儂としては研究材料がどんどん出てくるのは悪いことではないが……不思議なことにお主は金を取らんしのう……というか、むしろレシピを儂に登録させるから逆に増えるというか……」
「研究に対する正当な報酬だとは思いますが……」
「まったくお主という者は……」
ツバキさんは少し呆れたような表情をする。
この世界と前の世界の常識は違うようだし、当然と言えば当然かもしれない。
「ま、そんなんじゃから周りに人が集まるのじゃろう。ただ、その力を狙う輩もおるかもしれんから気をつけるのじゃぞ」
「そうですね、肝に銘じておきます」
今はまだ僕のスキルを隠せてはいるけど、いつかそれが多くの人に知れ渡ってしまったら……。
そうならないよう、今まで以上に気をつけようと心に誓ったのだった。




