31.悩み2
「それではこちらのCランクのポーションをもらおう」
「私はこっちのDランクのポーションを……」
今日はなぜか朝からやたらとお客さんが多く、僕もリリーもガーベラさんもルピナスもトレニアも接客に大忙しだ。
そして、昼になる前に全ての商品が売り切れてしまう。
僕は店の看板を大急ぎで『商品売り切れのため閉店』にし、店内へと戻った。
「はー……はー……み、みんな、お疲れ様……」
「い、一気に人が増えましたね……?」
「そうね、今まではもっとまばらに人が来ていたと思うんだけど……」
僕たちが息切れをしている中、ガーベラさんだけは余裕そうだった。
さすが元冒険者だけあって、体力があるんだろうな。
「シゲル、今日はもう売り切れなのか?」
「あ、タイガさん。はい……なぜか今日は朝からお客さんが多くて、用意していたものがすぐになくなってしまいました。CランクやDランクの高めのポーションもあっという間でしたね」
「……すまない、それは自分とウルのパーティーのせいだろう」
「え? それはどういう……」
タイガさんとウルさんのパーティーが原因?
それが道具屋の売上と何の関係が……?
「あ、お久しぶりですシゲルさん。今日はもう商品がなくなってしまったんですね」
噂をすればなんとやら。ウルさんも同時にここを訪れてくれた。
「ちょうどウルさんの話を、タイガさんとしていたところです」
「ええっと……すみません、詳しく話して頂いても大丈夫ですか?」
「うむ、自分から説明しよう」
タイガさんが言うには、タイガさんとウルさんがここで買った道具のおかげでダンジョンの踏破記録をそれぞれ更新し、それが冒険者ギルド内で噂になったらしい。
その噂がここから遠くの王都や他の国の冒険者ギルドにまで伝わり、フリーデンには安くて質のいい道具屋があるという尾ひれまでついてしまったとか。
それで、その道具を求めて冒険者たちが集まってきて、現状の事態になってしまったとのことだ。
「実際、王都でEランクのポーションを買う値段で、ここではDランクのポーションを買えてしまうからな……」
「そうですね、それに他の国にはない付加効果の付いたポーションもありますし……一度知ってしまえばそれらを使わないという選択肢は考えられませんし……」
「えーっと……つまり、僕のせいと……」
確かに他の店ではEランクやFランクのポーションが主力の商品だ。
DランクやCランクを置いているのはここぐらいしかないはず……。
味付きのポーションも、レシピは公開しているものの、他に置いている所は見かけない。
「しかしここまで冒険者が集まるとは思っていなかったな……すまない、自分のせいで迷惑をかけてしまって」
「い、いえ……冒険者ならよりダンジョンを深く潜るのが夢でしょうし……それに、そのおかげで新商品の開発も進んでいますし……」
「新商品、ですか?」
ウルさんがもしかして、という表情で僕の方を見る。
僕はカウンターの裏に隠していた魔力草を取り出し、ウルさんに手渡す。
「はい、これはウルさんから頂いた種から育てた物です」
「これは……もしかして……」
「そう、魔力草です」
ウルさんは僕の言葉に驚き、一瞬魔力草を床に落としそうになったが、俊敏な動きで受け止めた。
「お、驚かさないでくださいよ」
「す、すみません。これ自体もなのですが、魔力草を使った新商品もツバキさんに頼んでいまして……」
「なんじゃ、高ランクの冒険者がこんなところに揃いおって」
噂をすればなんとやら。グッドタイミングでツバキさんが来てくれた。
「まあよい。どうせシゲルのことじゃ、この2人にアレを試させるのじゃろう?」
「……! ということは……」
「うむ、完成したぞ。……大量に築いた失敗作にかかった費用は見ないことにしておくが……」
「ツバキの姐さん、アレとはいったい?」
「そうじゃな、これを見るがいい」
ツバキさんは棚の上に小瓶を置く。
それには今まで見た事ないような色をした液体が詰まっている。
「これは……ポーションに見えますが……」
「うむ、ポーションと言えばポーションじゃ。体力と魔力を同時に回復する特別製じゃがの」
「!?」
タイガさんとウルさんが信じられないという表情で顔を見合わせる。
それもそうだろう、そんな効果を持ったポーションは今までになかったのだから。
「一応ランクはCになる。CランクのポーションとCランクの魔力草の回復効果を併せ持ったものになるかのう」
「嘘でしょう!? そんなポーションがあれば……」
「冒険者たちが黙ってはいまい。これ1つあればよりダンジョンの先へと進めるはずだ」
そう、これ1つで2つ分の回復効果を発揮できるということは、それだけ持ち込めるアイテムの数も増えるということにもつながる。
更に、どちらも一度に回復することで、戦闘中の隙も減らすことができる。
……もっとも、魔力草自体はそれほど出回ってなかったけど。
「しかしこれのレシピを登録したとなれば、その素材を持っている、もしくは入手する伝手があると喧伝するようなものじゃが……」
「なので、今は信頼できる人たちにだけ提供するという形になりますかね」
「……いいのか?」
「こちらとしてはありがたいですが……それに応えるだけのお礼が出せませんね」
「いえ、僕としてはお二人が深層へ潜って、いまだ見た事のない種を入手できる可能性が増えればいいと思っています。現に、魔力草の種はウルさんのおかげで手に入りましたし」
僕は魔力草の種が大量に入っている袋を取り出し、2人に見えるように取り出し口を大きく開く。
その種の数の多さに、2人とも僕が開いた袋のように口を大きく開けて絶句してしまっていた。
「……いったい何を見せられているのでしょうか……」
「……こんなもの、他の者が知ったら騒ぎどころの話ではなくなるぞ……」
「ちなみにさっきのポーションを作るまでに、魔力草を50ほどダメにしたのも追加しておいてやろう」
「……シゲル、本当にお前には驚かされてばかりだな……50……50か……」
タイガさんが遠くを見る目をしている。
……まあ、魔力草の値段を考えるとそうなるのは分かるけど。
「と、それはこの辺にしておいて……冒険者が多くなり過ぎて、高ランクのポーションが手に入りづらくなるのは何とかしたいですよね。王都みたいに値段がインフレしていくのは嫌ですし……」
「インフ……? まあ、安い方が冒険者にとってはありがたいな」
「そうですね、ポーションのおかげで命が助かったという場面は、これまで幾度となく見てきましたし」
命に直結するものなら、できるだけ今の値段を維持したいし、高ランクのポーションはみんなに行き渡るようにしたい。
となると、僕がやることは……。
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「よ、よろしいのですかシゲルさん、このような貴重なものを……」
「ええ、ギルドマスター。これをあなたが信頼できる人たちへとお渡ししてください。冒険者が集まってきている現状、高ランクのポーションの素材となる薬草が必要ですし」
「分かりました、責任を持ってお預かりします」
数日後、僕は大量に収穫したBランクの薬草の種を商人ギルドのギルドマスターへと渡しにきた。
あとはギルドマスターから『成長促進』を持つ人たちへと渡してもらえれば、高ランクの薬草やポーションの需要に応えることができるようになるだろう。
そのまま『成長促進』で育てればランクは落ちるものの、すぐにCランクの薬草が収穫できるが、気長に普通に育てればBランクの薬草を育てられ、そこからBランクの種を手に入れることもできる。
また、Cランクの薬草からCランクの種を採取すれば、Dランクの薬草を量産することもできるし、この辺はその人がどのような経営をしているかで変わってくるだろう。
これで問題は一つ解決かな。あとは……。
「シゲル、ここにおったか。スキル未鑑定の者たちの鑑定が終わったぞ。望み通り、『成長促進』を持つ者もかなりの数がおる」
「ありがとうございます、これで低ランクの薬草やポーションの需要にも応えられますね」
孤児院でルピナスが『成長促進』を持つと鑑定されたように、今度はこの国でスキル未鑑定の人たちから人材を発掘したのだ。
ツバキさんの『鑑定』による費用は僕持ちなんだけど……おかげで悩みは解決されそうだ。
ちなみにスキル未鑑定の人たちは、他の国から移住してきた人、普通に暮らせてはいるもののスキル鑑定をするほど生活に余裕がない人たちが主だ。
「それにしてもシゲルさん……ここまでするのなら、貴方の名前を公表してもいいのでは……?」
「いえ、僕は目立ちたくありませんし……今みたいに忙しい道具屋より、のんびりお客さんと話ができる道具屋の方が理想ですしね。これで落ち着いてくれるといいのですが」
「……分かりました、シゲルさんがそこまで仰られるなら匿名ということにしておきましょう」
「まあ、一部の者たちにはバレバレのようじゃがのぉ?」
ツバキさんの言う通り、今まで僕に関わってくれてた人たちは分かってはいるだろう。
でも、みんな察してくれているのか、その人たちの口から僕の名前が出ることはない。
「さて、それではギルドマスター、後のことはよろしくお願い致します」
「分かりました。事態が好転するように、できる限り努めましょう」
この後しばらくして。
町に高ランクの薬草やポーションが出回るようになり、僕のお店も次第に落ち着いてきた。
また、新たな『成長促進』持ちの人たちが薬草を作り始め、駆け出しの冒険者でも買える低ランクの薬草も数が出回り始めるようになる。
そして、その人たちにもお金が入るようになり、少しずつではあるが、フリーデン全体が少しずつ豊かになっていくのを感じたのだった。




