30.それぞれの成果
「あ、タイガさん。お久しぶりです」
「久しぶりだなシゲル。この前の硬化ポーションなのだが……」
タイガさんは硬化ポーションの使用感を丁寧に説明してくれる。
効果を濃縮しているため、普通の硬化草よりも効果時間が長いこと。
普段は刃では倒せないようなモンスターも、硬化のおかげで叩き潰すことが可能なこと。
また、その効果で今まで魔法でしか倒せなかったモンスターを倒せたこと。
更に、硬化ポーションのおかげで、今まで行けなかったダンジョンの先へと進めたこと。
「成果は上々のようですね。これも量産したいところなんですが……」
「む? 何か問題があるのか?」
「ええ、僕の魔力が100から成長していないので、数が作れないことです」
「なるほどな……それならこの町に留まっている間はラスに手伝わせよう。シゲルに命を助けられた恩があるんだ、喜んで協力してくれるだろう」
確かにラスさんは『成長促進』を使え、薬草なら種と同ランクのものを育てることができる。
「でも、タイガさんのパーティーで使う薬草などの補充が必要なのではないですか?」
「いや、それは現地での『成長促進』でも充分に賄える。ダンジョンの浅い場所ではアイテムを使うこともないから、補充期間があるので種さえあれば問題ないんだ」
「なるほど……それではラスさんの同意が得られればお仕事をお願いしたいですね。もちろん協力の対価は支払いますので」
「いいのか? 資金が得られればこちらとしてもありがたいが……」
「ええ、売り上げとしては今でも充分なぐらいのものがありますので。僕としては商品の数が足りなくてお客さんに迷惑をかけたくないというのが本音ですね」
「なるほど、確かにシゲルの店は盛況ですぐに売り切れると聞くからな。かわいらしい売り子もいると評判だぞ」
タイガさんはそう言って、向こうで接客しているリリーとルピナスとトレニアの方を見る。
……確かに女の子ばかりで華がある。
ちなみにアイリスは最近、聖樹の成長を見守るために丘の上の聖樹に付きっきりだ。
だから、お店が終わったら遊びに行くととても喜んでくれる。
リリーも仕事が終わってからアイリスにいろいろ教えてくれている。
そういえばそろそろ土の精霊様にもまた会えるとか言ってたけど、いつ頃になるんだろう。
「あ、それはそうとこれも試してみて欲しいのですが……」
「これは……魔……ゴホン」
タイガさんが驚いた顔をする。
そして、大きな声で言いかけた言葉を咳払いで濁す。
「シゲル、これは魔力草ではないか……?」
「ええ、伝手で種が手に入りまして。これを使えばよりダンジョンの深層を目指せませんか?」
「確かに魔力が尽きて撤退することはあるが、これがあれば今より深い所も行けるだろう。だが……いいのか? これはかなり高価なものだが……」
「実際に使っての使用感を聞きたいんです。それ1つでどこまで変わるのかが気になりますしね」
「分かった、それでは今回の硬化ポーション同様、使用感を伝えるとしよう」
タイガさんはそう言うと、大事そうに道具袋の中へと魔力草をしまい込んだ。
「それと、奥地の宝箱で種や植物が手に入ったら、シゲルに対価として譲ろうと思う」
「それはありがたいですね。どうしても近隣での採取だと手に入るものが限られますから」
時々冒険者の人にお願いして採取活動をしているものの、同じところだと手に入る種類もほぼ同じだ。
また、ランクも低いものが多く、それなら自分で種から育てた方が早い。
だからこの前のウルさんみたいに、ダンジョンの宝箱からランダムで入手できる種の方が、見た事もないものが入手できる確率は高いはずだ。
「ではしばらくはこの町に留まって準備をしよう。ラスにも連絡しておく」
「分かりました、それではよろしくお願いします」
こうして、新たなアイテムの伝手がもう1つできたのだった。
**********
「シゲルさん! あなたの愛の奴隷イベリスです!」
「そうですか、お帰りはあちらです」
「わーっ! 待って待って待って! 冗談! 冗談ですってばーっ!?」
相変わらずのイベリスさんに笑顔で退場を促し店に戻ろうとすると、泣きながら服を引っ張られる。
ちょうど人がいなかったからよかったものの、誰かに聞かれてたら誤解されちゃ……。
「お兄ちゃ……店長、その人誰ですか?」
「……愛の奴隷?」
ほら、ルピナスとトレニアが興味津々じゃん!
こどもに悪影響だよ!
「え、えーっと……その、ごめんなさい。まさかこんなちっちゃい子たちがいるなんて……」
「この人はイベリスさん。妄想が大好きな冒険者だよ」
「ちょっと、シゲルさん!? なんですかその説明の仕方はー!?」
なんですかと言われても事実を言ったまでだけど……。
僕の言葉に、2人はイベリスさんをかわいそうな目で見ていた。
「あ、でも実力はあるのでそこだけは誤解しないであげてね」
「そ、そうなんですよ。私のパーティーはBランクですから!」
イベリスさんが胸を張って2人に自慢する。
Bランクはかなり高位の冒険者になるからね。
「すごーい……でも、妄想好きなんだよね……」
「……Bランクも妄想?」
2人の容赦ない言葉がイベリスさんを貫く。
それにダメージを受けたイベリスさんはその場に崩れ落ちた。自業自得なんだけど。
「うう……ひどいです……私はこの前のお礼に来ただけなのに……」
「お礼?」
「はい、この前のニンジンの件です。ホントなら皆で来る予定だったんですけど……それだとみんなでシゲルさんを襲っちゃいそうだったので、今日は私だけです」
え? 今襲うとか不穏な単語が聞こえてきたんだけど?
「店長を襲うって、イベリスさんはモンスターなの?」
「……モンスター……」
まあ確かにイベリスさんは性欲魔神だけど……。
「それで、お礼というのは……」
これ以上この話を引っ張っても、他のお客さんが来た時に邪魔になるので、早々に切り上げて話を元に戻す。
「はい、私たちがダンジョンに行って手に入れたアイテムです」
イベリスさんは袋を取り出して口を開き、中身を僕に見せてくれる。
それは大量の種だった。
「シゲルさんは道具屋ですし、これがお役に立つならと思ってですね」
「ありがとうございます。これの『鑑定』はされてます?」
「いえ、ダンジョン内での『鑑定』は魔力の消費を抑えるためにしていません。必要なら鑑定をしてきますが……」
「大丈夫です。うちのリリーが『鑑定』を使えるので、スキルレベル上げにも使えるので鑑定していない方がありがたいですね」
実際、これだけあればかなり経験値が貯まるはず。
このあと『鑑定』をしてもらおう。
「深めの所で手に入れたものも混ざってるので、珍しいものがあればいいのですが……」
「ありがとうございます。またお礼をしますね」
「お礼……考えると身体がゾクゾクしちゃいます……」
「あ、お帰りはあちらです」
「じょ、冗談ですってばぁ……それじゃ、また来ますね」
我ながらイベリスさんのあしらい方も慣れてきたものだ。
……とりあえず気を取り直して、お店の仕事が終わったら『鑑定』してもらおう。
**********
「シゲルさん、これは鬼神草です!」
「鬼神草?」
「はい、これはEランクなんですけど……それでも普段の1.2倍の力になります」
「ただ、喜んでばかりもいられんぞ?」
「ツバキさん!?」
僕たちが鑑定結果を話していると、後ろから急にツバキさんが音もなく現れた。
「喜んでばかりもいられないって、どういうことなんです?」
「うむ、力が強くなるとその分武器への負担も増えてな。いつも通りに振っているはずが、衝撃が強すぎて壊れたり、消耗が早くなったりするのじゃよ」
なるほど、力が強くなったことの弊害もあるんだ……でも、要所要所で使えばかなり有効な効果ではありそうかな。
……ちょっと待てよ。
「あの、もしかしたら硬化ポーションでそれを防げませんか?」
「ふむ……確かに硬化ポーションで武器を硬くすれば耐えるかもしれんのう。試してみる価値はありそうじゃの」
「更に、硬化ポーションみたいに鬼神草も成分だけを抽出すれば……」
「お主、また儂にやらせる気か……まあ良いがの」
なんだかんだでツバキさんも乗り気だ。
錬金術師たる者、新しい錬金方法を見つけてこそだと言ってたしね。
「では鬼神草も量産しましょう、それから魔力草のアレなんですけど……」
「そちらも研究中じゃ、まったく……アレはアレで心休まらんぞ。材料費が高すぎてのう……」
魔力草の値段は金貨1枚(約10万円)だ。
だからこそタイガさんに渡した時は驚かれたのだが、ツバキさんにはこれを大量に使って研究してもらっている。
なので、百万単位の研究開発費になっているのだが……狙い通りの効果が出れば冒険者たちにとって有用なものとなるのは間違いない。
「育てるならいくらでもできますし、ツバキさんの腕を信じてますよ」
「う、うむ……お主はいささか人を信用し過ぎではないかのう……」
少し呆れられながらも、ツバキさんは研究を継続してくれるようだ。
この研究が冒険者の助けになり、ダンジョン攻略に使われれば幸いだ。
こうして、少し忙しい一日が過ぎて行ったのだった。




