26.新商品
「おお、シゲルか。ちょうど良いところへ来た」
「あ、もしかしてお願いしておいたものができました?」
「うむ、これじゃな」
ツバキさんは透明な液体が入ったビンを僕に差し出す。
僕はそれを受け取り、匂いを嗅いでみる。
「特に匂いはしませんね」
「うむ、元々味もしないような材料じゃからのう。飲みやすいとは思うぞ」
「使いやすいと言う意味ではありがたいですね。自分にかける場合でも匂いが残りませんし」
この新商品の材料は硬化草だ。
食べると身体が硬くなり、防御力が上がると言う珍しい草で、この前採取してきたものになる。
「試しに使ってみても大丈夫ですか?」
「うむ、お主の家の庭に行って試してみるかのう。とりあえず試しに5本用意しておいたぞ」
「ええ、それでは行きましょ……」
僕がドアの方へ歩き出そうとすると、扉が開いて鐘が来客を告げる。
「む、シゲルか。久しぶりだな」
「タイガさん。依頼が終わって戻ってきたんですか?」
「そうだな。ようやく王都での引っ越し依頼が落ち着いたのでこちらに拠点を移そうと思って、挨拶に来たんだ」
「お疲れ様です。あ、そうだ。これから新商品のテストをするのですが、よければ協力して頂けませんか?」
「自分でよければ協力しよう。今度はどんな商品を作ったのか気になるしな」
タイガさんは僕の持ったビンを見ながらそう言う。
僕の狙った効果通りなら、タイガさんにも有用なものになるだろう。
「それでは庭に行きましょう、きっと驚いてくれると思います」
僕たちは店の看板を「休憩中」に変え、庭へと出て行った。
「それではタイガさん、この木の枝であの樹を殴ってみてください」
「これでか? 折れるだけだと思うが……まあいいだろう」
タイガさんは勢いよく木の枝で樹を殴る。
すると、タイガさんの予想通り樹には傷一つつかず、木の枝は半分に折れた。
「では次はこの枝を持ってください」
「う、うむ……同じ枝にしか思えないが……」
「そしてこの枝にこれをかけます」
僕は持っていたビンの液体を木の枝にかける。
そしてもう一度、樹を殴ってみるようにタイガさんにお願いする。
「では……」
タイガさんは枝を勢いよく樹に叩きつける。
すると、鈍い音が響いて枝が樹にめり込んだ。
「どういうことだ……?」
あり得ない光景にタイガさんが目を見張る。
そして枝を樹から引き抜き、まじまじを見つめる。
「この液体の材料は……硬化草なんです」
「硬化草は食べると身体が硬くなる草だが……もしや、その効果だけを取り出したのか……?」
僕はコクンと頷く。
どうやら狙い通り、人体以外にも硬くなる効果を発揮できたようで、実験は成功だ。
「武器にも硬化を付与できれば、硬いモンスターが相手の時に武器を破損することが防げると思いまして」
「確かに……ではこの槍に使ってみてもいいだろうか」
「分かりました、それでは」
僕は槍の刃部分に、液体をかける。
そして、タイガさんはそれで樹を一突きにする。
刃は折れたり傷ついたりすることなく、樹に大きな衝撃が走った。
「これは……凄いな」
次に槍で薙ぎ払うと、少しだけ刃がめり込み、またしても樹に衝撃が走る。
「少しだけ斬れているようだな……刃の斬る効果はそのままで、硬化も付与されて頑丈になっているようだ」
「これは色々な用途に使えそうですか?」
「ああ、例えば刃が通らない重装系のモンスターだと鈍器で殴るのが有効なのだが、一々武器を持ち替える必要がなくなる。それに、普通に斬れる相手でも、太い骨で刃が弾かれて痛むのだが、骨ごと砕くことも可能になるかもしれない」
「それではサンプルをお渡ししますので、実戦で効果を試してもらってもいいですか?」
「いいのか? では使用感を後々伝えよう」
「ありがとうございます、やはり実際に使ってみないと分からないことも出てきますからね。僕は戦えないので助かります」
こうして、新商品は硬化ポーションと名付け、タイガさんのパーティーで試験運用されることになった。
レシピはいつも通りツバキさんに登録してもらい、あとは実証の結果を待つのみだ。
ちなみに人にかけるとその周辺だけが硬くなるようで、素手で戦うタイプの冒険者……主に獣人の人に効果的だろうとツバキさんは言う。
新しい商品ができるとワクワクする。また採取に行って新しいアイテムを手に入れたくなってきたぞ。
**********
「シゲルさーん! ニンジンくださいっ!」
「あ、イベリスさん。ちょうどよかったです」
「ちょうどよかった……? こ、告白ならもっと雰囲気があるところでがいいなあ……」
「違いますよ」
相変わらず妄想全開なイベリスさんだ。
まああしらい方も慣れてきたし別にいいんだけど。
他のお客さんもイベリスさんの狂言に慣れきったのかまったくこちらに目を向けようともしないし。
「うー……ちょっとぐらい素振りを見せてくれてもいいのにぃ……」
「はいはい、そういうことにしておきますね。では……はい、これを」
「これ、ニンジン……でも、この色艶、香り……これって……?」
僕が取り出したのは、ドラゴンの泉で育てたニンジン。
あそこで育てたものはBランクになる。つまりこれは……。
「い、いいんですか!?」
「いつも買ってくれているお礼です。よければ他のみなさんと……」
「あ、ありがとうございます……嬉しすぎて、想像妊娠しちゃいそう……」
「やめてください」
確かにウサギなどは想像妊娠をすることがあるらしいけど……。
そして妊娠という単語が出てきたせいで、さっきまで無関心だった他のお客さんの視線も感じるので、早々にシャットアウトして否定しないとね……。
「それじゃあ今日はパーティーです! 今度みんなでお礼にきますね!」
イベリスさんはそう言って、脱兎のごとく駆け出して行った。
……嵐のような人だなあ。
「シゲル、ちょっと相談があるのじゃが……それにしてもさっきの風はなんだったのじゃろうか……」
ツバキさんが認識できないぐらいに速かったんだ……。
それはそうと、ツバキさんの相談とはいったい何だろうか。
「とりあえず、儂の工房で話がしたいので、店が終わったら寄ってくれい」
「分かりました、それではまた後で」
**********
「……ということで来ましたが、何の相談ですか?」
「うむ、これのことじゃ」
ツバキさんが差し出したのは、以前狼の獣人のウルさんに作ったポーションを入れる木の筒だ。
「これはウルさん用に作った入れ物ですよね?」
「うむ、これを更に改良しようと思うての」
「更に、ですか?」
これ以上の改良ができるんだろうか……僕には思いつかないんだけど。
「うむ、これを使う」
「硬化草……あっ」
確か硬化草には錬金の材料として使うと、物の強度を上げることができるとか聞いたのを思い出した。
「そういうことじゃ。で、研究をしたいので硬化草を多めに納品して欲しくてのう」
「分かりました、そういうことならお任せください。これでもっと多くの人の役に立てるものが作れるかもしれませんし」
「特に前衛は強い衝撃を受けることも多いからのう。強度は高いに越したことはない」
敵の攻撃を引き受ける前衛職ならではの悩みだ。
ウルさんの報告だと今までのでも充分だとは思うけど、更に強い敵と対峙することもあるだろう。
そう考えると、強度は高ければ高い方がいい。
「ねー、パパー。まりょくちょうだーい」
「あっ、ごめんごめん、お話が終わったらお腹いっぱい上げるからね」
「わーいっ!」
僕たちが話をしていると、アイリスが入ってきた。
どうもお腹を空かせているらしい。確かに最近聖樹も大きくなってきたし、その分必要魔力が多くなったのかな?
そうなると、僕の魔力の基礎値を上げていきたいのだが……今のところ、魔力が上がる気配はまったくない。
「すまぬな、シゲル。精霊様をお待たせしているとは気づかなんだ……」
「いえ、いつもはもう少し遅い魔力供給なんですけど、今日は早めにお腹が空いただけだと思います」
「儂も魔力を分け与えられればよかったんじゃがのう」
「なぜか僕以外の魔力は受け付けられないんですよね、不思議です」
どうも、聖樹には魔力の相性があるらしく、聖樹に魔力を捧げられるのは今のところ自分だけらしい。
同じ『成長促進』持ちのルピナスにもやってもらったのだけど、聖樹に魔力は供給できなかったのだ。
「あとね、ママがもうすこししたらパパにあえるかも、っていってたの」
「土の精霊様が? もしそうなら早く会いたいな、お願いしたいことがあるんだ」
「そうなの? じゃあママにいっておくね!」
「ありがとうアイリス。それじゃ、魔力を注ぎに行こうか」
「はーい!」
こうして、再び土の精霊様に会える日を待ち遠しく思いながらも、僕は普段通りの日常を過ごすのだった。




