21.誤解に次ぐ誤解
「いらっしゃいませー」
アイリスの一件以降、僕は特に変わることなく道具屋を営んでいる。
半分の魔力で商品を作れるようになったものの、流通量が増えて市場の値段が崩壊しないように作る量は今まで通りにしている。
僕のせいで他の人の稼ぎが減ってしまったら申し訳ないしね。
ちなみにアイリスはリリーに勉強を教えてもらって、人間世界での一般的な知識を身につけているところだ。
「久しぶりだな、シゲル」
「タイガさん、お久しぶりです。今は王都で冒険者をやっていたのでは?」
「ああ、依頼でこちらに寄ることになってな。これからもしばしば来ることになるだろう。店の場所が変わっていたので少し驚いたが……まあ、ツバキの姐さんの仕業だな」
そういえばちょうどタイガさんがいない時に引っ越ししたんだった。
引っ越しの理由は聖樹なんだけど、その事は言えないし……。
「だが、変わりないようでよかった。これからも息災で……」
「パパーっ!」
急にアイリスが店内に来て、僕に抱きついてくる。
「……シゲル、まさかこどもがいたとは……」
「え、あ、違います。僕はパパとは呼ばれていますが、血はつながってなくて……」
「こんにちはーっ! 人参くださー……」
僕が弁明をしていると、次に訪れたのは兎の獣人のイベリスさん。
そのイベリスさんもアイリスを見て固まっている。
「ひ、ひ、ひ……」
「ひ?」
「酷いですーっ! 私には大人になって落ち着いてからって言ってたのにー! 誰なんですかその子はーっ!」
「ぼくアイリス! パパのこどもだよ!」
「パパ……? こども……?」
イベリスさんが僕とアイリスの顔を交互に見る。
どう見ても僕のこどもではないように見えるであろう、アイリスの狐耳。
それを確認したのか、イベリスさんは再び騒ぎ出す。
「誰とのこどもなんですか!? まさか……隣の錬金術師の……」
「まったく……騒々しい。静かにせんか」
噂をすればなんとやら。
次に入ってきたのは隣に住んでいるツバキさん。
「ああ、その御方は儂の娘ではないぞ。変な言いがかりはよさぬか」
「じゃ、じゃあ誰の……うう、シゲルさん。私という者がありながら……」
なんだかややこしいことになってきたぞ!?
誰か、この事態を収拾してくれないかな!?
「シゲルさん、私は第二夫人でも愛人でも構いませんので」
「なに真面目な顔してしれっととんでもない事言ってるんですか」
突然真面目な顔になったかと思うと、真顔のまま愛人宣言とかやめてくださいません?
「ねーパパー、あいじんってなーにー?」
「あ、アイリスちゃんはまだ知らなくていいの! ごめんなさいシゲルさん、私がちょっとお手洗いに行ってた隙にお店に来ちゃって……ほら、パパに好きになってもらうためにお勉強の続きしましょ?」
「うー……はーい……」
アイリスはちょっと不満があるのか、拗ねたような表情をしながらもリリーに抱き抱えられて奥の部屋へと連れていかれた。
これでアイリスに関してはなんとかなったけど、目の前のタイガさんとイベリスさんにはどう説明しよう……。
「まったく、しょうがない。儂が助け舟を出してやろうかの」
ツバキさんは二人に、丘の上の聖樹のこととアイリスが精霊の子であることを伏せながら、僕とガーベラさんがアイリスの親代わりになっていることを説明してくれた。
おかげで誤解は解けたものの、イベリスさんからの熱烈なラブコールはまだ継続中だ。
「と、ところでタイガさん。依頼でしばしばこちらに来るというのはどういう事なんですか?」
「む、そうだな……シゲルには伝えておいた方がいいか。実は今王都では物価が上がりに上がっていてな……薬草に関しては倍の銀貨20枚が相場になっている」
「に、2倍……ですか……?」
「うむ、というのも『成長促進』スキル持ちが更に城に招集されて、更に出回る量が減ってしまってな……そのせいで物価が上昇し、ついていけなくなった者がこのフリーデンや他の町に移住するようになり、その護衛依頼が増えたのだ」
僕が召喚された時は『成長促進』は足りていて不要とまで言われてたのに……。
もし僕がこのフリーデンの移住を決めるのがもう少し遅ければ、僕も招集されて馬車馬のようにこき使われていたかもしれないと思うとぞっとする。
「なるほど、分かりました。それなら道中で薬草は必須でしょうし、種を買っていきませんか?」
「いいのか? 薬草を売った方がシゲルにとっても利益になるだろうに」
「いえ、種の方がラスさんのスキルレベルを上げることにもつながりますし、タイガさんのパーティーの今後にもいいかと思いまして」
「そうか……それならありがたく種を買わせてもらおう」
「あの、私にも人参を……」
時間が経って落ち着いてきたのか、当初の目的通りイベリスさんも人参を購入することにしたようだ。
ふう、一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなったな……。
**********
「あの、すみません。もう時間外でしょうか……?」
タイガさんたちが帰ってから1時間ほどして、以前戦闘中の興奮状態を何とかしたいと悩んでいた狼の獣人の人が来店する。
「大丈夫ですよ、まだ少し時間はあります」
「よかった……あの、この前のことなのですが……」
「はい、とりあえず試作品が3つあります。ポーション1に対して解熱草1、解熱草2、解熱草3をそれぞれ混ぜたものになります。これを実際に使用して頂いてから開発を進めていこうかと……」
「あ、ありがとうございます! 支払いはおいくらになるでしょうか?」
「そうですね、まだ試作品ですのでとりあえずポーション3つ分と解熱草6つ分の金額で大丈夫ですよ」
僕がそう言うと、狼の獣人の人は首を横に振る。
「いえ、開発までに何回も失敗しているでしょうし、それでは安すぎる気が……」
「大丈夫です。こちらが新商品となればレシピ登録でそれ以上のお金は入りますし、まだ確実に効果が発揮されるとは限りませんしね」
「それでは……もし、採取依頼などがあればご依頼頂ければいつでも駆けつけさせて頂きます」
「はい、その時は是非力をお貸しください」
「分かりました、いつでもお待ちしております。それでは明日、効果を検証してきます」
イベリスさんに続き、この人とも友好的な関係が築けそうだ。
冒険者によって得意分野も違うだろうし、選択肢が広がるのはいいことだ。
さて、あとは実際に効果が出るかどうかの報告待ちかな……。
「シゲルくん、そろそろ閉店時間よ」
「あっはい。それでは検証結果をお待ちしております」
「すみません、長居してしまって。それでは吉報をお待ちください」
狼の獣人の人は深くお辞儀をすると、宿の方へと向かっていった。
「さて、それじゃ丘の上でアイリスと遊ぼうかな。すみませんガーベラさん、あとはよろしくお願いします」
「ふふ、アイリスちゃんも首を長くして待ってるわよー。早く行ってあげて」
「ありがとうございます、それでは」
僕は店が終わった後は聖樹に魔力を注ぐため、そしてアイリスと一緒に遊ぶために丘の上へと向かう。
ちょうどリリーとの勉強が終わったアイリスも合流し、手をつないで歩き出す。
「今日は何をして遊ぶ?」
「うーん……パパのおしえてくれるあそび、ぜんぶおもしろいからなやんじゃう……」
「そっか、それは嬉しいなあ」
「あと、まりょくもちょうだいね、パパ」
「うん、いつも通り聖樹に注いであげるね」
「えへへ、たのしみー」
そんな他愛ない会話をしながら、僕の1日の仕事は終わっていくのだった。




