2.現状を知ろう
「ありがとうございます! 本当になんとお礼を言ったらいいか……」
女の子はお母さんが助かったことに安堵し、嬉し涙を流す。
こういう時何か気の利いたことが言えればいいんだけど、僕はただ「よかったね」としか言えなかった。
「あなたが……すみません、わたしもこの子もあなたに迷惑をかけたようで……」
「いえ、普段では現れないようなモンスターと聞きましたし、あなたのせいではありませんよ」
「ふふ、お優しいのですね。ですが、薬草は今となっては高価なもの。何かしらお礼をしないといけませんね」
「薬草が高価……?」
僕はゲームはよくやる方なのだが、薬草なんて普通のRPGだと一番安い回復アイテムだと思うんだけど……。
それが引っかかったのか、ついそのことを口に出してしまう。
「……なるほど、この辺りでは見ない服装ということは、旅の方ですね。説明しますと、薬草は元々は安いもの……1つ銀貨1枚で一般にも普及していました。しかし、冒険者たちがこの町に集まり始めてからというもの、買い占めが起きてしまい需要と供給のバランスが崩れ、10倍以上に値上がりしてしまったのです」
「それで、私が市場に買いに行っても全然取り扱っていなくて……そこにあなたが声をかけてくれて……」
「なるほど。しかし、薬草は高いのに種は安いのはどうしてなんでしょうか」
種は確か1袋で銅貨50枚(500円)だった。それが成長したのが銀貨1枚(1000円)、今では10枚(1万円)だという。
それなら種から育てたらかなり稼げると思うのだが……。
「それは薬草の成長が遅いことが原因ですね。薬となる葉を収穫できるようになるまでに1年以上かかりますので」
「僕のような『成長促進』のスキルを持つ人はいないのでしょうか?」
確かお城では僕のスキルは珍しくない……人は足りていると言われてたはずなんだけど。
「そのスキルを持つ人はたくさんいました。ですが、国王が魔王討伐に必要な物資を集めるため、多くの人が城へと駆り出されました。ですから育てる人が不足してしまい供給が追い付かなくなってしまったのです」
なるほど、育てる人がいなくなったことで市場には更に出回らなくなったんだ。
それに僕が実際にスキルを使ってみて分かったことだけど、一つの薬草を育てるのにほとんどの魔力を使ったように感じた。
僕はこの世界に来たばかりだから魔力が足りないだけかもしれないけど、一日でそう多くは育てられないと思う。
「それに最近は召喚の儀式を行い、異世界から人を呼びだすこともやっていて、その人たちを実戦で鍛えるために大量の薬草やポーションを必要としているようで……商品は枯渇するばかりなのです」
「……」
「あ、すみません。話が逸れてしまいましたね。それでお礼のことなのですが……」
「あの、よろしければ娘さんに僕のスキルを『鑑定』して頂けないでしょうか? 諸事情があって今は手に職がなく、この『成長促進』のスキルを使って商売をしていこうと思っているのです」
今は路銀としてもらった銀貨が99枚あるけど、何もしなければそのうち尽きてしまう。
それなら今持っているスキルを有効活用して生活資金を稼ぐしかない。
幸い、元手のお金はあるので、薬草を主に取り扱うようにすれば生活するには問題ないぐらいの稼ぎにはなるはず。
そのためには自分のスキルをもっと詳しく知っておかなければならない。
「あ、あの……私の『鑑定』だと、あなたのステータスぐらいしか見られないんです……」
「え? それはどうして……?」
「スキルにはレベルがあるんです。でも、スキルを使って経験値を貯めないとレベルが上がらなくて……『鑑定』のスキルは未鑑定のものを鑑定しないと経験値が入らないんです。そして、『鑑定』はそれほど珍しいスキルではなくて……」
「……つまり、他のみんながそこかしこの物を全て鑑定してしまったせいで、鑑定できるものがなくなってレベルが上がらないということですか?」
女の子はこくんと頷く。
それもそうか、みんなスキルのレベルを上げるのに必死なんだろう。
しかしスキルにレベルがあるというのはいい情報だ。僕の『成長促進』も使い続ければレベルが上がりより使いやすくなったり、魔力効率が上がったりするかもしれないと知れたからだ。
「大丈夫ですよ。ステータスさえ『鑑定』できるのであれば、僕の知りたいことはすぐに分かりますので」
「そ、それなら協力させてください! 私、がんばりますので!」
「それでは僕のステータスの魔力の『鑑定』をお願いできますか?」
「はい!」
彼女は僕に向かって手をかざすと手が光りを放ち、次第に収束していった。
「……魔力の最大値は100、現在値は20です」
「ありがとうございます。つまり『成長促進』で薬草を種から育成するには魔力が80必要になるということですね?」
「いえ、魔力は時間によって徐々に回復していくので、実際はもう少し消費しているはずですね」
「なるほど……それなら完全に回復した後にもう一度使ってみて、その時に『鑑定』をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「分かりました。今日はもう遅いので明日にした方がいいかもしれませんね」
言われて気付く、空が既に夕焼け色に染まっていることに。
今から最大まで回復するのを待つとなると、日付が変わってしまうかもしれない。
それは流石にまずいので、完全に暗くなる前に宿を探しておかないと。
「もうこんな時間でしたか……すみません、この辺りに宿屋はないでしょうか?」
「宿屋……ですか。恐らく冒険者で一杯で部屋が空いてないかもしれません」
しまった、そういえばこの町は冒険者が集まっていたんだっけ。
……このままじゃ大金を持ったまま野宿かあ……。
「あの……よかったらこの家に泊まっていきませんか?」
「あら、それはいいわね。『鑑定』もまだだし、お礼にもなるし……いかがですか?」
「え、えーっと……」
この時間になっても父親が帰っていないということは、どこかに稼ぎに出ているか、それとも……。
さすがに女性二人しかいない家に男が転がり込むのはまずいのではないかと思うんだけど、野宿は嫌だという気持ちもある。
「女性だけの家に男が泊まるのは変な噂がたちかねませんし、遠慮しておきます」
「あら、やはりお優しいんですね……大丈夫、変な噂をたてるような人はわたしが……」
そう言うと母親は弓を取り出して弦を引く動作を見せる。
……つまり、変な噂をたてようものなら命はないぞ、ということだろうか。
さすが元冒険者……ちょっと発想が怖い。
「お、お母さん、怖がってるからやめてあげて!」
「あらあら、冗談よ冗談。物のたとえよ」
「お母さんがやると冗談にならないんだから……ごめんなさい、怖がらせてしまって……」
「い、いえ……」
「……ということで大丈夫ですよ。よろしければ一晩だけでもどうぞ。あなたのおかげで元気になったので、お料理もできますし」
「お母さんの料理は美味しいんですよ、だからその……」
「それじゃあ、ご厚意に甘えさせて頂きます」
さすがにここまでされて断ったらダメだよね。
もちろん変なことは一切する気にはならないし、それに……。
ぐぅ。
手料理と聞いてついつい想像してしまってお腹の虫が鳴る。今日は串焼きを2本食べただけだからね。
「ふふふ、それなら腕によりをかけなきゃ」
「お母さん、私も手伝っていい? 私もお礼し足りないし……」
「ええ、いいわよ。最高の料理をお出ししましょう」
「それじゃ私も頑張りますから! 待っててくださいね、えーっと……」
女の子が言葉に詰まる。
そういえば、まだ自己紹介をしてないことに気が付いた。
「すいません、色々あり過ぎて自己紹介がまだでしたね。僕はシゲルと言います」
「あ、そういえば私も……私はリリーです。お母さんは……」
「わたしはガーベラ。それじゃあ今日はよろしく、シゲルさん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
こうして、転移初日は美味しい手料理とふかふかのベッドで充分に身体を休めることができた。
問題はこれからだ、果たしてこのスキルで生活できるかどうか……それに商売をするなら商人ギルドみたいなものに登録しないといけないかもしれない。
まだまだ分からないことは山積みだけど、なんとか生き抜いていこうと心に決めたのだった。