17.新商品
「あ、あの……アレが完成したと聞いてきたんですけど……」
「はい、コレですね」
僕は兎の獣人の人に少しオレンジがかったポーションが入ったコップを渡す。
これは、彼女の要望から作られた、人参の味がするポーションだ。
彼女は僕からコップを受け取ると匂いを嗅ぎ、そのまま一気に飲み干した。
「お、美味しい……っ……! ポーション独特の臭みがないのはもちろん、ほんのり香る人参の味が口の中で広がって……」
「お気に召しましたか?」
「はいっ! これ、もう売り出されてるんですか?」
「いえ、ランクごとのものを試してみようと思いまして、売りに出すのはそれからですね」
「ランクごと……ですか?」
「ええ、それは――」
薬草はランクによって苦味が違うらしく、味付きポーションとして錬成する際に、野菜や果物の配合率が異なってくる。
更に野菜のランクによっても完成の出来が左右される。
手持ちの薬草はE、D、Cの3種類で、野菜はE、Dの2種類。
これらの組み合わせは6通りあるので、それぞれのポーションを試しに作っている。
「……ということで、薬草E×人参E以外のあと5種類の試飲のご協力をお願いしたいのですが……」
「い、いいんですか!? あの、お金の方は……」
「いえ、兎の獣人の人なら僕たちに分からない味の違いも分かると思いまして。その意見でお代の代わりとさせてください」
「やります、やらせてくださいっ!」
兎の獣人の人がずいっと僕に迫ってくる。大好物だから興奮するのは分かるけど、あまりに近すぎて周りの人に誤解されないか心配だ。
「わ、分かりました。とりあえず落ち着いて下さい。……リリー、お願いできる?」
「はいっ! それではこちらが残りの5種類になります。こちら側から薬草E×人参D、薬草D×人参E……といった順になっています。」
「なるほど、それでは順番に飲んでみますね……」
兎の獣人の人は順番に、ゆっくりと味わうように飲んでいく。
ときおり頷いたりしながら、最後の1つを飲み、コップを置いた。
「いかがでしたか?」
「そうですね……人参の香りが強いのは人参のランクが高いポーションでした。ポーションの苦みについてはどのポーションでも全く感じられず、薬草のランクでの味の違いはありません……こんなところでしょうか」
「ありがとうございます。それでは価格を重視したEランクのものと、回復量を重視したCランクのもの、2種類のポーションをメインとして売っていきたいですね」
「分かりました! えへへ、売り出されるのが楽しみだなあ……」
自分の意見が取り入れられたのが嬉しいのか、耳をぴょこぴょこさせて上機嫌だ。
こちらとしても、人参が大好物の種族の意見を取り入れることができてありがたい。
「では、こちらがご協力のお礼になります」
「えっ……い、いいんですか? タダで飲んだだけじゃなくて、人参まで……」
「はい、こちらとしても売れ筋になりそうなものを絞ることができましたし。ちなみにこちらの人参はDランクなので味は保証しますよ」
「Dランク……!」
兎の獣人の人の口から涎がこぼれかける。
彼女はそれに気づき、涎を拭うと人参の入った袋を受け取る。
「味付きポーション開発のために今までは売っていませんでしたが、これからは店頭でも人参を置くようにしますね」
「はい! ぜったい、ぜーったいまた買いに来ますから! ありがとうございました!」
彼女はこちらに深くお辞儀をすると、恐らく宿がある方へと駆け出して行った。
「……あの人、今日は人参パーティーでしょうね」
「……そうなの?」
「はい、兎の獣人はいい人参が手に入ると、同族を集めてパーティーをするって聞いたことがあります」
「……文化が違うなぁ」
そんな文化があると知ってたらもう少し多めに渡せたのに。
そう思いながらも新しい商品の開発完了にほっと胸を撫でおろした。
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「のう、シゲルよ。まったく生産が追いつかんのじゃが」
「……ですね、まさかこんなに人気になるとは……」
先日の人参の味がするポーション、売り出し始めるや否や、兎の獣人の人たちがこぞって買いに来て、作っても作っても追いつかない状況にある。
「これだけ売れるならツバキさんのレシピを買って、他の道具屋や錬金工房が売りだしてもいいと思うのですが……」
「なかなかにレシピも高いからのう。それに、質のいい人参を確保するのも少し難しいからの」
この世界のレシピはいわゆる特許みたいなもので、錬金ギルドで登録されたレシピを購入することで使用することができる。
更に使用料も納める必要があり、なかなかにお高い買い物なのだ。
ちなみに配合率を少しでも間違えるとゴミが出来上がるので、見よう見まねでやろうとすると大量のゴミが出来上がることになる。
レシピはそれを登録した人が死亡するまで、その人にお金が入り続ける。
ツバキさんにレシピ登録をお願いしたのは、ツバキさんが長寿の種族だからという理由もある。
「……しかし、商品開発のための素材はシゲルが出したものなのに、自分でレシピ登録しなくても本当によかったのかのう。儂としてはありがたいことなのじゃが」
「その分、味付きポーションの卸値をまけてもらってるので大丈夫ですよ。これがWin-Winってやつですね」
「うぃんうぃん……? シゲルの言葉はよく分からぬが、お互いに利益になるならまあよかろう」
「それに、新しい商品を開発するにはお金もかかりますし。それの足しにもなりますしね」
実際に今の味付きポーション3種類を開発するのに、かなりの試行錯誤を重ねた。
その過程でダメになった器具も多い。
それが今後も続くのであれば、ツバキさんに多くお金が入るのが良いだろう。
「やれやれ、年寄りをこきつかいおって」
「人間に換算すると僕よりもお若いですよね?」
ツバキさんの見た目は僕の年代よりも幼く見える。
長寿の妖狐族として見ると、まだ若い方だと思う。
「何を言うておる。これでも子を成せる歳なのじゃぞ? ……試してみるか?」
「い、いえ、遠慮しておきます!」
ツバキさんは胸元をチラリと覗かせ、僕をからかう。
……隣にリリーがいるのに、なんてことをするんだこの人は。
「まあお主はこんな貧相な身体より、リリーやガーベラのふくよかな身体の方が好みじゃろう?」
だから! 隣にリリー本人がいるのに!
「うーん、どちらかと言うと、身体よりもその人自身が好きかどうかですかね」
「ほう、それなら儂にも好機があるということじゃな」
「まあそういうことにしておいて、この話はここまでにしましょう。お店も片付けの時間ですし」
これ以上何か言われたらアレなので、話を打ち切ることにする。
そして、お店の片付けを始めようとすると、狼の獣人の人から声をかけられた。
「すみません、こちらの道具屋と錬金工房で新しい商品を開発していると聞いてきたのですが……」
「うむ。案を出しておるのはこっちのシゲルじゃ」
「お願いがあります、自分の衝動を抑える薬を作って頂きたいのですが……」
話を聞くと、狼の獣人は戦闘をすると本能が刺激されて破壊衝動が強くなるらしい。
それは単独では問題ないのだが、誰かとパーティーを組む時は致命的になる。
「今はヒーラーと組んで、治療魔法で衝動を抑えてもらっているのですが……自分のせいで魔力を多く消費させてしまっていて……万が一の時の回復魔法が使えなくなる恐れもありますし、もし魔力切れを起こした時に自分の破壊衝動が彼女に向けられたらと思うと……」
「なるほど、じゃからそれをどうにかするために、道具で衝動を抑えたいというのじゃな」
「魔力を回復させる魔力草は貴重品ですもんね」
体力を回復させる道具は豊富に存在するが、魔力を回復させる道具は貴重品だ。
そのため、道具を使って衝動を抑えることで、ヒーラーの人の魔力消費を抑えたいのだろう。
「はい……そのような道具は聞いたことがないので、できるかどうか分からないのですが……」
「では、破壊衝動の具体的な内容を話して頂けますか?」
「ええと……普段は特にないのですが、戦闘で身体を動かしていると身体が熱くなっていくのを感じて……恐らく興奮状態にあるのだと思います」
「なるほど……それでは自分たちも道具や材料を探したいと思います。しばらくお時間を頂けますか?」
「はい、よろしくお願いします……!」
狼の獣人の人は深く一礼をすると、宿へと戻って行った。
「……ふむ、その顔は何か思いついた顔じゃな?」
「ええ、とりあえず試作品を作りましょうか」
こうして、次なる商品の開発が始まったのだった。




