13.採取タイム
「ふむ、この辺でよかろう。タイガよ、馬車を止めてくれ」
「分かりました」
タイガさんは馬に話しかけると、馬は歩みを止める。
獣人だから動物と話せる能力なんだけど、動物好きの僕にとってはかなり羨ましい能力だ。
「この辺りが平らじゃな……よっと」
ツバキさんが空き地に向かって魔法を発動させると、ツバキさんの錬金工房とガーベラさんの家が空き地に出現した。
「まさか旅の途中で自宅で休憩できるなんてねえ……」
「自分の家って落ち着くよね、友達の家にお泊りに行った時はベッドが違って寝られなかったなあ」
ここにいるみんな、ガーベラさんと同じ感想だろう。
まさか家を持ち運んだ上に、それを使って寝泊りまでできるなんて……。
「あれ? でもこれモンスターが来たら壊されちゃいませんか?」
「まあ待て。この『結界石』を四隅に置けば完了じゃ」
結界石?
ツバキさんは2つの家を取り囲むように、小さい石を地面に突き刺した。
そしてなにやら呪文を唱え始めると、家の周りが光り出し……。
「よし、これで終わりじゃな。儂ら以外は家に入れないように結界を張っ……」
「さすがです師匠! 収納魔法だけでなく結界魔法まで……ああ、素晴らしい!」
「五月蠅いわ。あと師匠言うな」
相変わらず濃いなあ、あの魔法使いの人。
でも、ツバキさんの凄さは崇拝対象になってもおかしくはないとも思うんだけど。
「……とりあえず、じゃ。シゲルは以前採取がしたいと言っておったじゃろう。今日はここを拠点として夜を明かすから、今のうちに採取に行っておくとよいぞ」
「ありがとうございます、となると採取と拠点の見張りとでパーティーを分ける必要がありますね」
「そうじゃのう。それならメンバーはお主が決めい」
「分かりました、それでは……」
**********
「リリー、これの鑑定をお願いできる?」
「はい……これは解熱草、ランクはEでほんのり甘いみたいです」
「よし、それならこれを『成長促進』で成長させて種を採取しようかな」
最終的に、僕、リリー、ツバキさん、タイガさんで採取に行くことになった。
拠点は結界内から攻撃ができるため、ガーベラさんの弓と魔法使いの人の魔法でいいだろうという判断だ。
僕がその構成を提案したらツバキさんから『それでよい』とお墨付きをもらった。
……ということで、リリーに『鑑定』をしてもらいつつ、よさげな草の種を採取しているところだ。
「それにしても、ランクを下げずに種を収穫できるのは便利ですね」
「そうですね、同じ質のものが量産できるわけですから……ところでタイガさん、また口調が……」
「ああ、こやつはこれが素じゃぞ?」
「つ、ツバキの姐さん!?」
タイガさんがツバキさんの口を手で塞ごうとするが、ツバキさんは軽い身のこなしでそれを回避する。
「まあよいではないか。こやつらは信頼できる相手じゃろう?」
「え、ええ……確かにそれはそうですが」
タイガさんが自分の顔を片手で覆い隠す。よほど恥ずかしいのだろうか。
「ならよかろう。……こやつはこの口調が素でな。駆け出し冒険者だったころ儂の店に来たのじゃが……」
「『冒険者ならその口調は止めろ、下に見られるだけじゃぞ』というアドバイスをいただきまして……」
「冒険者は自分が一番だと思っておるような輩が多いからの。口調で舐められては損をするだけだと思うてのう。……慣れない口調に矯正するのを練習していたのを見た時は……ぷぷぷ」
ツバキさんが思い出し笑いをこらえるため、口を手で覆う。
一方タイガさんは黒歴史を掘り返されたためか、両手で顔を覆い、俯いている。
「……と、とりあえずこの辺にしておきましょう。タイガさん、素の口調が楽だというのであれば、周りにメンバーの人がいない時は素の方で構いませんよ」
「わ、分かりました」
……タイガさんも色々あったんだな。
とりあえず、採取に戻ろう。
「リリー、これは?」
「これは……解毒草、ランクはD、少し苦いみたいです」
「ありがとう、それじゃこれも種を採取しておこう」
口調と言えば、リリーも敬語は止めて欲しいんだけどね……ほぼ同い年みたいだし。
僕としては薬草に対しての恩返しは充分にしてもらってるから、対等に話したいところなんだけど。
などと考えながら辺りを見回すと、見慣れない草が生えているのに気づいた。
「リリー、これも頼める?」
「おっと、それの扱いには注意が必要じゃぞ」
「ツバキさん、危ないものなんですか?」
「まあ、鑑定すれば分かる。ほれ、リリーよ」
「え、ええと……爆裂草……爆裂草!?」
リリーが驚いた声をあげる。
そして不穏な単語が聞こえた気が……爆裂?
「リリー、爆裂草ってどういうものなの?」
「これを食べるとですね……身体の中で爆発してしまうんです」
「ええっ!?」
ちょっと待って異世界。
なんでそんな危険な代物がその辺に普通に生えてるの?
間違って食べたら一撃死だよ!?
……いや、僕が元いた世界でもベニテングダケとかあるけど。
あれは見た目が滅茶苦茶危険そうな色をしているからまだ分かる。
この爆裂草、普通の草と見分けがつかないんだけど……。
「じゃがの、爆発させない調理方法もあるのじゃ。そして、そうやって調理された爆裂草はとても美味でのう……」
「じゃ、じゃあ一応種を採取しておきましょうか……」
「あ、ランクはDでした」
その調理方法をしたとしても、万が一調理に失敗して身体の中で爆発したらと思うと怖すぎる。
まあ珍味として食べる人がいるなら売れるかも……。
初めての採取でいろいろと勉強になったなと思いながら、集めた種を袋に入れ、僕たちは拠点へと戻ったのだった。
最終的にはDランクの解毒草、解熱草、それから爆裂草の種が袋一杯に集まったのでかなり有益な採取だったと言えるだろう。
あとはこれを基にしてランクを上げていければいいのだけど……。
**********
「それでは薬草の『成長促進』をやってみましょうか」
「は、はいっ」
「しっかり見て覚えるんだぞ、ラス」
「分かりました、隊長!」
拠点に戻ると魔力を消費するのを兼ねて、約束をした薬草の育て方をラス……新人さんに教えることに。
魔力のほとんどを持っていかれるので、半日で1回しかできないため見せられる回数は少ないけど、この旅の間にマスターしてもらえるといいな。
「ほれ、肥料も少なくなってきたじゃろうし追加で渡しておくぞ。その代わりできた薬草の葉を少しもらうぞ」
「ありがとうございます」
さすがお隣さんだけあって肥料の減り方をよく把握しているというか……ちょっと怖い感じもあるけど気遣いはありがたい。
「それでは始めますね」
僕は肥料を蒔いた土にEランクの薬草の種を埋めると、『成長促進』を使用して芽を息吹かせる。
「このあたりで少し魔力を弱めます」
芽が出たら魔力の流入量を抑えて、そのまま『成長促進』を続ける。
「すごい……薬草の葉ってここまで大きくなるものなんですね……」
成長はゆっくりになる代わりに、葉や花が大きくなり、それがランクの向上につながっているらしい。
葉が成長しきったら魔力の流入を止め、葉を採取する。
「リリー、鑑定をお願いできる?」
「はい……Cランク、ですね」
「すごい……2ランクも上のものができるなんて……」
「……と言う感じでラスさんもやってみてください。肥料は同じものを……」
「いや、それはシゲル用に調整したものでの。ラスが使っても効果は薄いと思うぞ」
「では、そのままでやってみましょうか」
「は、はいっ!」
緊張の色が隠せないラスさん。
初めてのことは失敗が付き物だから、気負わないようにと声をかける。
それで緊張が少し解けたのだろうか、ラスさんは集中して薬草に『成長促進』を使えているように見えた。
「……できました!」
「リリー、お願いできるかな?」
「はい。えっと……Eランクのようですね」
「薬草になってもEランクから下がらないなんて……!」
そういえば普通の『成長促進』ってランクが下がるんだっけ。
ということはその効果と打ち消し合ってランクを維持できてる……成功ということかな。
肥料の効果は僕じゃないから出なかったようだ。
「ありがとうございますシゲルさん……いえ、師匠! これでもっとタイガさんたちの役に立てます!」
「し、師匠、ですか……?」
「はい、命の恩人というだけでなくスキルの使い方まで……師匠と呼ばずになんと呼べばいいのか……」
気付くとツバキさんがニヤニヤしながらこちらを見ている。
魔法使いの人に師匠呼びされるツバキさんを見ていた時とは立場が逆転してる……。
ま、まあとりあえず力になれたようで何よりではあるんだけど、少しむず痒い。
……こうして、旅の初日は有意義な時間が過ごせたのだった。




