12.引っ越し
「自由都市にお引っ越しするの? 残念だわ……」
「ごめんなさいね~。この子たちに経験を積ませてあげたくて」
店内にガーベラさんの道具屋の引っ越しを残念がる人の声が聞こえる。
そう、僕たちは予定を早めて急遽引っ越しをすることになったのだ。
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きっかけはやはりBランクのポーションだった。
普通のポーションでは治せないような大怪我を負っていたタイガさんのパーティーの新人。
そんな彼がパーティーに復帰したことで、どうやって治したかという話題が冒険者ギルドに集うパーティーたちの間で広まっていったらしい。
もちろん、怪我をした人も、タイガさんも、他のパーティーの人たちも黙秘してくれていたんだけど、その新人を治したポーションの出所を知りたい人が諜報員を雇ってまで、彼らをつけまわしていたと聞いた。
そのため、タイガさんがツバキさんの所に来る回数も減り、つい先日久々に訪れた際にその話を聞いたツバキさんから僕も伝え聞いた形になる。
「まさか諜報員まで雇うとはのう」
「そこまでの代物だったんですね、Bランクのポーション……」
「まあこの辺で採れるものではないからのう、原料になるBランクの薬草は」
「えっ、そうだったんですか?」
確かに秘境で採れるとは聞いたんだけど、そこまで遠かったんだ。
「この辺じゃとせいぜいD、一年に数回Cランクを見かけるぐらいじゃろう」
「Cランクでも一年に数回……」
「うむ、ポーションもランクで呼び名が変わるぐらいCとBの間には大きい溝がある。正式にはFとEはポーション、DとCはミドルポーション、BとAはハイポーションと言った具合にな」
「それ以上のものはあるんです?」
「うむ、Sランクのものは秘薬と呼ばれ、死者ですら蘇らせるという伝説まである。ただ、Sランクの薬草を見たことがあるものはおらん。あくまで伝説じゃのう」
死者を蘇らせる……もし、そんなものが作れてしまったとしたら……。
この『成長促進』スキル、まだレベルが上がってすらいないのにBランクが作れてしまうんだ。もしかすると将来……。
「――ところで、なぜお主はCランクの薬草が育てられるのに、その薬草から採取したCランクの種を使わないんじゃ? いまだEランクのものを使っておるじゃろう」
「ええ、この世界に来て初めて買った種というのもありますし、買った以上最後まで使ってあげたいですしね」
「……無欲なやつじゃのう。普通の者ならEランクの種を売って、すぐにでもCランクの種で作り始めるじゃろうに」
「でも、もう種も残り数粒ですし、尽きたらCランクに移行しますよ。ただ、道具屋で表立って売れるのはEランクの薬草なので種を買い足して平行して育てる可能性はありますけど」
「ふむ……まあよい。Cランクのものを育てる時になったら呼んどくれ。どんなランクが育つか楽しみじゃからのう」
……まあ本音はそうだよね。
Eランクの種からCランクの薬草が育つんだ。それならCランクの種からはAランクが育つのか? っていうのは錬金術師であるツバキさんは気になると思う。
自由都市フリーデンに行けばCランクでも普通に売れるから、売り場を変えるのも手ではあるんだけど……いや、諜報員に見つかる前に引っ越しをした方がいいのかもしれない。
「――ではツバキさん、自分はリリーとガーベラさんに相談に戻ります」
「ふむ、まあ諜報員が動いている以上、早いに越したことはなかろう。儂も準備をするとするかのう」
「タイガさんたちに依頼もしたいのですが……冒険者ギルドを通じて依頼すればいいのでしょうか?」
「うむ、それが正式な手順ではあるな。道のりは長く、モンスターも出没するから、ガーベラの名前で依頼を出せば怪しまれることはないじゃろう」
「ありがとうございます、それでは」
こうして、僕はリリーとガーベラさんに相談するために道具屋に戻った。
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「うむ、準備は完了したようじゃの。それでは家を収納しておくぞ」
2日後の早朝、ツバキさんの収納魔法でツバキさんとガーベラさんの家を収納する。
早朝にしたのは人通りが少なく、もし万が一諜報員がいても索敵で分かりやすくするためだ。
索敵はタイガさんのパーティーの魔法使いの人が持っているらしく、その人もここに居合わせてくれた。
「どうだ?」
「……大丈夫なようですタイガさん。それにしてもツバキ様の魔法は素晴らしい……ぜひ師事したいものです」
「阿呆、儂の本職は錬金術師じゃぞ」
「いえいえ、本職でもないのにここまでの魔法が使える者はいません! どうか! どうかわたくしめを弟子に!」
「……まあ無事に引っ越しが終わったら少しぐらいは見てやろう」
「ありがとうございます師匠!」
「気が早いわ、たわけが」
……なんだか濃い人だなあ……いや、魔法使いの人ってこんなのが普通なのかもしれない。
家を一戸どころか二戸まるごと、基礎部分を含めて収納しちゃってるもんなあ。
これを応用すれば、アイテムを倉庫ごと収納して旅に持っていけるわけだし。
「話は道中にしてくれ、ここを出るのは早い方がいい」
「うむ、その通りじゃタイガよ」
ちょっと押され気味なツバキさんは珍しいのでもう少し見ていたかったが、タイガさんの言う通り早く出た方が諜報員に気付かれる恐れも少ない。
そのため、城門のところで待ち合わせているタイガさんのパーティーの人たちと合流して、馬車の中で会話をした方が良さそうだ。
「……短い間だったけど、今までありがとう」
僕は残された畑の方を見て、一礼をした。
そして、城門の方へみんなと一緒に歩き始めたのだった。
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「タイガ殿、お気を付けて」
「ああ、最近はモンスターが凶暴化してきている。お前たちも気をつけてな」
「ハッ!」
門番の人たちがタイガさんに向かって敬礼をする。
……ここまでされるってタイガさんたちって凄いパーティーなんだな。
「よし、それでは馬車に乗り込んでくれ」
今回の旅のメンバーは、僕、リリー、ガーベラさん、ツバキさん、タイガさん、タイガさんのパーティーメンバー3人(魔法使い、ヒーラー、新人)の計8人の大所帯となる。
馬車の手綱を握るのはタイガさん。
モンスターが現れた時に迅速に対応するためでもあるけど、獣人だけあって馬と少しだけ会話ができるらしい。
僕は動物が好きだからその能力が羨ましいなと思いつつ、タイガさんの方を見ていると……。
「あの、その節は助けて頂き、ありがとうございました」
「あなたは……」
「はい、大怪我をしてシゲルさんのポーションに命を救われた者です」
「無事でよかったです。それにしても、どうして1人で依頼を……?」
「それは……タイガさんのパーティーに入ったのですが、なかなか成果が挙げられなくて……。そのせいで周りのパーティーからお荷物だと言われ、このままではタイガさんたちに申し訳ないと思って焦ってしまったんです」
なるほど……確かに周りがすごい人たちばかりなのに、自分1人だけ何もできていないというのは歯がゆいだろうな……。
「でも、怪我が治った際にタイガさんから『皆と同じ成果を求めているのではない。パーティーはそれぞれの個性で支え合うものだ』と言われて……」
「シゲルさん、その子はあなたと同じ『成長促進』持ちなんです」
「えっ?」
「意外ですよね、『成長促進』持ちが冒険者だなんて」
「いえ、言われてみれば理にかなっていると思います。ポーションは嵩張りますが、『成長促進』さえあれば、いつでも種から薬草が採れるわけですし」
ゲームと違ってここは現実だ。
だから、持てるアイテムの個数は限られるし、種から育てられれば他のアイテムを持つことができる。
更にその場で種を収穫できるから、在庫はほぼ無限と言ってもいい。
町での後方支援だとばかり思っていたけど、パーティーに1人いればかなり有用なスキルだな。
「シゲルさんのおっしゃる通り、ぼくはパーティーの支援職が本業なんです。それなのに周りの評価を気にし過ぎたばかりに迷惑をかけてしまって……」
「……若い頃の失敗はいくらでもある。だが、それを糧に成長できればいいと思っている。だからお前も今回の事を糧にして今後がんばってくれればいい」
「……それなら、僕の『成長促進』の使い方もお教えしましょうか?」
薬草の育て方を教えてあげれば、彼の力になるだろうし、タイガさんたちの今後も楽になるはず。
僕以外の人が同じことをしても薬草をランクアップできるかどうかはまだ分からないけど、できるならかなり強力なスキルになるはずだ。
「よろしいのですか、シゲル殿。あなたの薬草の育成方法は秘伝と言っても差し支えないはず……」
「いえ、その方法で一人でも多くの人の助けになれればいいと思っています。それとタイガさん、口調が……」
「む……ゴホン。これは失礼した」
「それとよろしければ、少し採取もしておきたいので、使えそうな草が生えていたら馬車を止めて採取しても大丈夫でしょうか?」
「うむ、そちらにも気をつけておこう」
……そんな会話をしながら、僕の初めての異世界の旅が始まったのだった。




