11.ランクアップの試行錯誤
「リリー、この薬草の鑑定をお願いできる?」
「はいっ。……葉は全てCランクですね」
「うーん……やっぱりBランクとはいかないか」
僕はBランクの薬草を作った時と同じ手順でスキル『成長促進』を薬草に使い、成長しきった薬草の葉をリリーに鑑定してもらった。
しかし、同じ手順、同じツバキさんの特別な肥料であるにも関わらず、何回やってもできた薬草の葉のランクはC止まりとなる。
いや、Eランクの種からCランクの薬草ができるだけでも凄いのだけどね。
「それじゃ次はトマトで試してみよう。……よし、鑑定をお願いするよ」
「はい……うーん、Dランクですね。薬草と同じ手順ですよね?」
「うん、手順も肥料も同じ。だけど、ランクが上がるのは薬草だけみたい」
そう、トマトを同じ手順で育てても、現れるのは肥料の効果のみで、手順でのランクアップはないのだ。
今までの研究の成果を書き出すとこんな感じになる。
【薬草:Eランクの種】
・Eランク:普通の肥料+一気に魔力を注ぐ
・Dランク:普通の肥料+ゆっくり魔力を注ぐ
・Dランク:特殊な肥料+一気に魔力を注ぐ
・Cランク:特殊な肥料+ゆっくり魔力を注ぐ
【トマト:Eランクの種】
・Eランク:普通の肥料+一気に魔力を注ぐ
・Dランク:それ以外
トマト以外の野菜でも試したところ、トマトと同じ結果になった。
つまり、種ごとにランクアップさせる手順が違うのかな。
それなら色々と試してみて、できるものがランクアップしたらその手順を採用するのがいいだろう。
手順は失敗しても元々のランクから下がることはないみたいだし。
「それにしても凄いですね。まさかEランクの種からCランクの薬草が作れるなんて。他の人が知ったらびっくりしてひっくり返っちゃいますよ」
「そうかもね。でも、この手順を誰かに教えたら国に僕のことを知られる危険性が高まるから……」
本当なら教えてあげたい。
でも、それがきっかけで僕のスキルが国に知られて一生お城で労働を強要させられると想像すると……とてもできるものではない。
「なんじゃ、様子を見に来たらしかめっ面をしおって。悩み事か?」
「あ、ツバキさん。実は――」
気づいたらツバキさんが僕たちの様子を見に来ていたので、僕は今思っていることを正直にツバキさんにぶつけてみた。
すると、思いもよらない言葉が返ってくる。
「それなら商売をする場所を移せば良い。他の国なら国に縛られることなく商売ができる場所がある」
「あの、ツバキさん。それってもしかして『自由都市』……ですか?」
「自由都市?」
「うむ、リリーの言う通り『自由都市フリーデン』という場所がある。そこは冒険者と商人が興した国でな。一定の税を納めれば自由に商売ができ、内容も違法なものでなければお咎めはない。スキルについても詮索は一切しないという決まりもある」
聞く限り理想の都市のように思えるけど、何かしら欠点もありそうな予感がする。
国はそうだとしても、集まってくる人たちがそうではない恐れが……。
「ふむ、怪訝そうな顔をしておるのう。そうじゃな、去る者は追わず来る者は拒まず、という信条があるのじゃが、その通りいかんせん人が多すぎてのう。たまにスキル持ち目当てに他国の者が紛れることがあるのじゃ」
「完全に安心はできない、ということですか」
「うむ、自警団もあるにはある。じゃが、それだけでは手が回らぬほど規模が大きくなり過ぎておる。……まあ、この国よりは自由に商売はできるのじゃがな」
「情報、ありがとうございます。それではこれはお礼に」
情報には対価が付き物だ。ネットですぐに調べられる現代とは違い、各々の持つ情報には価値がある。
だから、ツバキさんの情報にはお礼を渡しておくべきだと判断した。
「ほう、Cランクの薬草か。ありがたく頂いておこう。それと、今育てた物も買い取っておこうかの?」
「はい、お願いします。……流石にこちらの店頭に並べることはできませんので」
そう、Cランクの薬草なんて置いた日にはどうしても出所が怪しまれる確率が高くなる。
だから今はEランクの薬草と、Dランクの野菜をメインで置くようにしているのだ。
そのため、Dランク以上の薬草はすべてツバキさんに引き取ってもらっている。
ツバキさんは顔も広く、Dランク以上の薬草を持っていてもおかしくない人物だからね。
「それでは後から店に代金を持っていくからのう」
「はい、その時は帰りに野菜もおまけしておきますよ」
「くふふ、楽しみじゃのう。お主が来てからは食の楽しみが増えたからの……Dランクのものはなかなか手に入らなかったしのう」
そう、この城下町でも上位ランクの野菜を扱っている店はほとんどなく、ガーベラさんのお店が人気なのは野菜のランクが高いというのがある。
他の人の『成長促進』が種からランクが下がってしまうのもあり、なかなか出回らないのだ。
Dランクの種も貴重品なうえ、普通に育てると時間がかかってしまうので出回る量が圧倒的に少なく、Eランク、Fランクの野菜が売られているもののほとんどである。
そういう意味じゃ、僕も人々の幸せに貢献できてるのかも。
「シゲルさん、そろそろ開店の時間ですよ」
「おっと、そうだったね。それではツバキさん、また後で」
「うむ、儂もポーションを作って昼から開店することにするかの」
こうしてツバキさんと別れ、僕たちはお店の手伝いのためガーベラさんの所へ向かった。
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「あの、シゲルさん。もしかしてフリーデンに出ていかれるんです……?」
お店の閉店時間が過ぎ、店内で片づけをしているとリリーが少し寂しそうな表情で声をかけてくる。
そっか、朝のやり取りが気になってたんだ。
「大丈夫、そんなにすぐにすぐ出ていくわけじゃないよ。商売をするにしても、文字も読めないし書けないようじゃ無理だからね」
そう、ここは異世界。
言葉はなぜか通じるけど、文字は日本語ではないので全く分からないのだ。
帳簿を付けたり、値札を付けたりができないようじゃお店なんてできないし、目下勉強中である。
「あら、シゲルくんとリリー、どうかしたの?」
「ええとですね――」
僕は朝のことをガーベラさんにも伝える。
お世話になっている人に隠し事なんてダメだしね。
「あら、それならわたしとリリーもついていけば解決よ。もちろんシゲルくんがいいなら、なんだけど」
「えっ!?」
「ええっ!?」
ガーベラさんの言葉に、僕とリリーは同じように……いや、リリーの方が驚いている。
「……国が『成長促進』スキル持ちの人を強制的に働かせられてるのは人質を取ってるからよ。国内に家族がいれば逆らったらどうなるか……そして、わたしたちはシゲルくんを働かせる人質になりかねないの」
「……あっ」
そうか、ずっと僕はここで住み込みで働いている。
それならリリーとガーベラさんが人質に取られてもおかしくはない。
「……すみません、僕のせいでリリーやガーベラさんまで巻き込んでしまって……」
「謝る必要はないわ、わたしが助かったのはシゲルくんのおかげだもの。まだその恩を返せてないし……それにわたしもリリーも、シゲルくんのことが大好きよ。だから迷惑じゃないわ」
「はい……私もシゲルさんのおかげで『鑑定』のレベルが上がって、仕事も増えました。私もまだまだシゲルさんに恩が返せていません」
「ガーベラさん、リリー……」
「……ふむ、話はまとまったようじゃの」
「ツバキさん!?」
いつの間にか僕の後ろにツバキさんが立っていた。
「なんじゃ、代金を持ってきただけじゃぞ。ま、少し油断し過ぎじゃがな」
「そ、そういえばそうでしたね……」
「もし引っ越しをするなら儂が店ごと運んでやろう。儂もシゲルの力が気になるから、儂の店も移転するついでじゃ」
「つ、ツバキさんまで!?」
まさかこの世界の人間じゃない僕についてきてくれる人がこんなにいるなんて……。
それが嬉しくて、少し目が潤んできてしまう。
「決断できたらいつでも言うが良い。道中の護衛はタイガたちに頼めば問題ないじゃろう。あやつもシゲルに借りがあるからの。喜んで引き受けるじゃろうて」
「その時が来たら、お願いすることにします」
「うむ、それでは代金は置いておくぞ」
「あ、それではこちらの野菜の方も……」
「おお、これじゃこれじゃ。今日は楽しめそうじゃの」
ツバキさんは狐耳と尻尾を嬉しそうに動かしながら、若い見た目相応の笑顔を見せる。
普段は年齢通りの大人びている態度なので、不意にこういうのを見せられるとつい見惚れてしまう。
「あ、ツバキさん。シゲルさんが新しいレシピを教えてくれたので、これも付けておきますね」
「おお、リリーはいい子じゃのう。助かるわい」
「ふふ、シゲルくんの知ってる料理は美味しいからね。ツバキさんが夢中になるのも頷けるわ」
「うむうむ。ではシゲルよ、待っておるぞ」
「はい、それでは」
僕たちはツバキさんを見送り、店の片づけを再開した。
こうして、懸念していたことの解決策も見つかり、心の荷が少し軽くなったのだった。