10.お礼
「いらっしゃいませー……ってツバキさんでしたか。何かご入り用ですか?」
道具屋の扉が開く音がしたので応対をすると、扉の隙間から見えたのは狐耳だった。
この道具屋に来る狐耳の人は一人しかいない。そう、隣の錬金工房のツバキさんだ。
「そうじゃのう……シゲルを一人もらおうか」
「分かりました、何か用事ということですね」
「……なんじゃ、面白くないのう」
冗談をスルーされたのが悔しいのか、ツバキさんの耳がシュンと少しだけうなだれる。
もう品物がほとんど売り切れて閉店間際ではあるけど、まだお客さんが店内にいるし変な噂が立たないように冷静に対応する。
……まあ、ツバキさんはよく冗談を言う人なので、僕をもらおうという冗談も他の人はスルーしてくれるんだけど、一応ね。
「では一段落したら工房へ頼む。この前の礼がしたいとあやつが来ておるでな」
「分かりました、それでは……」
「シゲルくん、行ってあげて」
「そうですよ、あとは私たちでやっておきますから」
僕が仕事に戻ろうとすると、ガーベラさんとリリー、2人から行ってあげて欲しいと促される。
「分かりました、ありがとうございます」
「それじゃあ儂は先に行って待っておるぞ」
「はい、すぐに向かいます」
僕はツバキさんを見送ると、服をさっと着替えてツバキさんの錬金工房へと向かった。
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「おお、早かったのう」
「シゲルさん、この前はうちの新人がお世話になりました」
僕が工房に入るなり、虎の獣人の人が深くお辞儀をする。
「その後の容態は大丈夫ですか?」
「はい。おかげさまで後遺症もなく今は普通に生活ができるまでに回復しました」
「それを聞いて安心しました。さすがツバキさん特製のポーションですね」
「いや、今回はシゲルの薬草の出来が大きかろう。Bランクの薬草を見たのはいつ以来か……」
「そ、そんなに珍しいものなんですか?」
僕の質問に対してツバキさんが肩をすくめてはぁ、とため息をつく。
……どうやら呆れられているようだ。
「よいか、Bランク以上の薬草は魔力の含有量の多い秘境でしか発見されておらん。それを主は『成長促進』だけで作り出してしまったわけじゃ。これが、どのような異常事態かぐらいは分かるじゃろう?」
「は、はい……」
あれ? 思ったよりも大事になってきたような……。
「しかも元になった種はEランクじゃ。もしこれがDランクやCランクの種を使っていたとすれば……AランクやSランクの薬草ができておったかもしれん。そうなっていたら……お主は国に閉じ込められて一生それを作り続けさせられておったかもしれんのじゃぞ?」
その言葉を聞き、自由とはかけ離れた光景を想像して、背筋がぞっとする。
「ツバキさん、それと……えーっと……そちらの方は」
「申し遅れました、自分はタイガと申します」
「ツバキさんとタイガさん、この事は内密にしておいて頂きたいのですが……」
「無論じゃ、タイガもよかろう?」
「はい、仲間の命の恩人を売るような卑劣な行為は断じていたしません」
その言葉を聞き、僕は胸をなでおろした。
勝手に転移させられた挙句、一生を薬草の生産に費やされるなんてたまったもんじゃない。
「それと、遅れましたがこちらを」
タイガさんが懐から取り出した袋をこちらに差し出す。
なるほど、ポーションの対価ということかな。ありがたく頂いておこう。
「どうぞ中身をご確認ください。足りなければ追加でお渡ししますので」
「分かりました、それでは……」
僕は袋の中身を取り出すと、思わず目を見開いた。
出てきたのが金色をした貨幣だったからだ。
「ツバキさん」
「なんじゃ」
「なんだかこの銀貨、金色に見えるんですけど」
「何を言うておる。それは金貨じゃぞ」
「?」
「?」
僕が首を傾げると、ツバキさんもオウム返しのように首を傾げる。
「金貨って、銀貨100枚と同価値ですよね?」
「うむ」
「しかも3枚あるんですが」
「そうじゃの」
「?」
「?」
僕は更に首を傾げる。
ランクが1つ上がったら価値はだいたい2倍になる。
今回のポーションはBランク、つまりEランクの8倍になるわけだ。
Eランクのポーションは銀貨20枚、それの8倍なら銀貨160枚。
なのに、今回の報酬は銀貨換算だと300枚(約30万円)というわけで……。
「あの、タイガさん」
「やはり足りなかったでしょうか?」
「いえ、もらい過ぎなんですが!? 普通に考えるとこの半分ぐらいが相場のはずなのですが……」
「命はお金に代えられません。ましてや貴重なスキルを見ず知らずの者に知られるという危険を冒してまで仲間の命を救って頂いたのです。もっと上乗せをしてもおかしくないと自分は思っていますよ」
「え、えぇ……」
いや、さすがにこれ以上もらってしまうのは……元々はEランクの種なんだし……。
しかも元が袋にたくさん入ってて銅貨50枚(約500円)の種だから、いくらなんでも暴利過ぎる気がする。
「どうかお受け取りください。そうでないと自分の気持ちが収まりません」
「分かりました、それでは今回に限ってですが、受け取らせて頂きます」
今回だけ、と言ったのは今後同じようなことが起きた場合、ちゃんと相場通りでと釘を刺しておこうと思ったからだ。
でも、人の命が危ないような事態に直面するのはできれば今回だけでありたい。
「ありがとうございます。それと、自分たちのパーティーの力が必要になればいつでもお申し付けください。優先して依頼をお受けしますので」
「分かりました。あ、それと……」
「何でしょうか?」
「喋り方は他の人たちと同じようにしてください。そうでないと、他の人たちから関係を怪しまれますからね」
僕みたいなその辺にいる一般人に、冒険者が敬語で話しかけているのはどう見ても普通じゃないからね……。
そこから僕が特別なスキル持ちや特殊な人間ではないかと疑われるのも困るし。
「分かりました……ごほん。分かった、それではそうさせてもらおう。これで良いか、シゲル殿?」
「殿、も不要ですね。貴方から見れば僕は格下ですから」
「む、難しいな……徐々に慣れていくことにする」
「すみません、僕の都合でご迷惑をおかけします。それとですが……採取の護衛をお願いすることはできますか?」
「もちろんだ。必ず守り切ることを誓う」
「ほう、新しい商品の開発か?」
その通りだ。
いつまでも薬草と野菜だけだと、道具屋というより八百屋みたいな感じがある。
それに、他の商品を扱う事によって、いつか薬草の値段が下落した時に他の商品で補えるからね。
あと、単純に品ぞろえが多ければそれだけ人の役にも立つし。
「はい、解毒草と解熱草を置こうと思っています」
「なるほどのう。それらなら買い求めやすい値段でもあるし、病気の時などにも役に立つからのう」
この世界だと食中毒も毒ステータス扱いになるらしく、解毒草で治せるらしい。
また、薬が現代ほど発展していないので、熱が出た時に症状を抑えるために解熱草を使っているとか。
この2つは需要が高そうだとリリーやガーベラさんと話をして、ぜひ取り入れたいと思っていた。
「それではその時が来たらいつでもお声がけください」
「タイガさん」
「……いつでも声をかけてくれ」
「ええ、頼りにしています」
こうして頼れる人が増え、商品のラインナップも増やせそうになったのだった。