初恋を実らせたいので、彼によく似たキャラが登場する乙女ゲームを根気と愛で完全攻略してみた
『うう、ん……』
「おはよう、アキヤマ君。
朝ごはん、出来てるよ」
窓から差し込む朝日に呻く彼に向けて、画面越しに話しかける。
もちろん、届くとは思っていない。だって彼は画面の向こうにいるんだから。
人に見られたらまずいと思いつつやめられないのは、それだけこのゲームに嵌っている証拠なのだろう。
幼少期に禁止されていたことは大人になってから反動で嵌りやすい、なんてことをよく聞くけれど、あれはどうやら本当らしい。
私の家は「禁止」が多い家だった。
ゲームやアニメはもちろん、漫画も市販のお菓子も禁止。
男の子と遊ぶのは禁止。女の子でも、派手な子と遊ぶのは禁止。
「現実に役立つことをやりなさい」というのが母の口癖だった。
今はもう実家を出ているから、何をやっても咎められることはない。
それは分かっていたのだけどなんとなく罪悪感があって、結局ゲームや漫画といった娯楽には一切関わらずに生きてきた。
そんな私が乙女ゲームをしているのには、もちろん訳がある。
秋山君とお付き合いするためだ。
秋山君は中学時代の同級生で、私の初恋の人だった。
合唱コンクールに向けて練習をしていた時、伴奏をしていた彼の涼しげな横顔は今でも覚えている。
私は指揮者だったから、よく二人で話をしていたっけ。
母も、秋山君と話すことは許してくれたから。
でも彼は、合唱コンクールが終わってすぐに遠くへ引っ越してしまった。
本当に急な引っ越しでお別れも言えなかったから、当時はがっかりしたものだ。
だから、たまたま付けたテレビの画面越しに彼を見た時は驚いたし、なにより嬉しかった。
さらさらの黒い髪に、切れ長の目。鍵盤の上で踊る細い指。
相変わらず涼しげな顔でピアノを弾く姿は本当に綺麗だったから。
もう一度、彼と話がしたい。それで、この気持ちを伝えたい。
そんな思いが湧き上がってきたけれど、そもそも私は同年代の男性と話した経験が全くない。
高校も大学も女子校で、勤め先も女性ばかりのところを選んだ弊害だ。
ちゃんと思いを伝えられるのか不安だった。
『それなら、シミュレーションしちゃえばいいんだよ』
そんな時、同僚が教えてくれたのが乙女ゲームだった。
なんでも、いろんな男性との恋愛を体験できるものらしい。
もちろんゲームだから現実とは色々違う点があるけれど、失敗してもやり直せるから私のように考え込んでしまう人にはおすすめだと言っていた。
『いろんな男性とって……それ、浮気じゃない?』
『春香ったら、何時代の人よ!
ゲームはゲームなんだから、浮気にはならないって!』
一番の懸念は笑い飛ばされてしまったけれど、他にも迷うところはあった。
母の言いつけを破ることに罪悪感があったから。
だからといって、秋山君に会いに行く勇気もない。
迷いが吹っ切れたのは、秋山君をテレビで見なくなった為だった。
連日流れるニュースによれば、どうやらちょっとした不祥事が原因らしい。
さいわいすぐに復帰してまたテレビで見るようになったけど、それで分かった。
悩むよりも、まずは行動しないとダメだって。
思えば、中学時代も悩みすぎて機を逃してた気がする。
秋山君の好きな食べ物。趣味。通っているピアノ教室の場所と、通う日時……。
告白する前にまずは秋山君のことを知ろうと思ってたくさん調べたのに、やっと情報を集め終えた頃には彼自身がいなくなっていた。
中学時代と同じことを繰り返すのは、もう嫌だ。
だから、思い切って挑戦することにした。
同僚に勧められて何本か乙女ゲームをプレイしたけど、これがなかなか難しかった。
男の子って何を考えているんだろう、と首を傾げたこともしばしばだ。
それでも同僚のアドバイスや攻略サイトのおかげでなんとかクリアした頃には、私も少し自信がついていた。
でも、まだ秋山君に告白するには経験が足りない気がする。
もう少し自信をつけるために、今度はオフィスや芸能界を舞台にしたものを選んでプレイすることにした。
そうやって何本もの乙女ゲームをクリアするうち、気づいたことがある。
ゲームはしょせんゲームだということだ。
攻略情報を探してネットの海を漂っていれば、自然と男女間の諍いや愚痴も目に入る。
メッセージを既読無視されたとか、断り切れなくてデートをしたけど本当は好きじゃないとか、付き合う気はないのに身体や金目当てでデートに応じているとか……。
そんなこと、乙女ゲームではまず描写されない。
当たり前だということは分かってる。これはゲームだもの。
ゲームは娯楽なんだから、こんなプレイヤーを不快にさせる描写はしない。
でも、私が乙女ゲームに求めていたのは娯楽ではなくてシミュレーションだ。
秋山君と付き合うためのシミュレーション。
こういう時の対処法も学んでおかないと、失敗するかもしれない。
それはいやだ。秋山君に振られたくない。
だから、もっとリアルな乙女ゲームをやることにした。
それがいま私が嵌っているゲームだ。
攻略キャラは一人しかいないけど、秋山君そっくりだから問題ない。
どうせ、彼しか攻略しないから。
このゲームはいつもよりずっと難しかった。
まず、攻略キャラのアキヤマ君と話すだけで苦労する。
ステータスや好感度が低いとそっけない対応をされるのは乙女ゲームでもよくあることだけど、アキヤマ君はその中でも群を抜いて冷淡だった。
邪険にされたり、あからさまに嫌な顔をされるのは序の口。
警察を呼ぶぞ、なんて凄まれたことすらある。
それでもめげずにひたすら話しかけているうち、彼の態度が柔らかくなった。
電話を掛けると返事をしてくれるようになったし、家にあげてくれるようになった。
大声で私への愛を語ってくれたこともある。
これだけ好感度を上げれば、あともう一押しで攻略出来るはず!
そう思った時、イベントが発生した。
彼に横恋慕する、お邪魔キャラが現れたのだ。
お邪魔キャラは手強かった。
デートの最中に現れては「彼を解放して」「私たちの邪魔をしないで」なんて、ところかまわず喚くし、あげくの果てには誹謗中傷を撒き散らす嫌がらせまでしてきた。
ここまであからさまなお邪魔キャラを出す乙女ゲームはなかなかない。
やっぱりこのゲームはリアルなだけあるなと、妙な関心をしてしまった。
同時に、これは秋山君とお付き合いするいいシミュレーションになりそうだとも。
秋山君はいまや、テレビで見ない日はないほどの有名人だ。
そんな秋山君とお付き合いすれば、誹謗中傷の一つや二つは絶対にされるだろう。
前までの私なら、向けられる悪意に心が折れてしまっていたかもしれない。
やっぱり、このゲームをやっておいてよかった。
もちろん、今の私はこの程度で攻略を諦めるほどやわではない。
だから、お邪魔キャラには消えてもらった。
我ながらけっこう乱暴な手段を使ってしまったなと思うけど、仕方ないよね。
お邪魔キャラが消えた後、アキヤマ君の攻略は無事完了した。
ハッピーエンドを迎えるまで何回かやり直したからスムーズではなかったけど……泣きながら「君が好きだ」と言ってくれたアキヤマ君はかっこよかったなあ。
もちろん、私が本当に愛しているのは秋山君だけど。
でも、アキヤマ君にも結構嵌っているんだよね。
攻略した今もこうして、プレイを続けているほど。
「今日はアキヤマ君の好きな、フレンチトーストだよ。
いっぱい食べてね。アキヤマ君!」
画面越しに届くはずがないと分かりつつそう言って、フレンチトーストを皿に盛りつける。
その時、BGM代わりにつけていたラジオから「ピコン」という音が流れた。
臨時ニュースのようだ。
年配のアナウンサーが、森で若い女性の遺体が見つかったニュースを早口で伝えている。
婚約者の男性が行方不明になっていることから、警察は彼が犯人ではないかと疑っているようだ。
「あーあ」とため息を吐きながら、出来立てのフレンチトーストの上に粉末状の睡眠薬を振りかける。
「そろそろ、次のゲームを見つけなくちゃ」
今日も涙を零しながら「ナツミ」と呟き続けるアキヤマ君を画面越しに一瞥した後、お盆を持ち上げる。
まずは、アキヤマ君のところにフレンチトーストをもっていかなくちゃ。
「あともう二、三回クリアしたら、秋山君に告白しようかなあ」
待っていてね、秋山君。
今度こそ絶対、初恋を実らせてみせるから。




