絶望が耳元で囁いた
ドラマティック・エデンに戻り、アントルの死骸を査定してもらう。ああいった魔石や素材は空噛商事が商品開発に役立てるらしい。
「アントルとスライムの魔石、甲殻は傷だらけで値下がりしてるみたいだが、それでも4万2000円か。取り分は、3万2000円くれてやる。内、1万が返済分でいいか?」
残り228万7000円
「待って空噛。今日は、もう一回行かせてほしい……」
私の父は重い病気を抱えており、今も入院している。幸か不幸か投薬と治療、手術を続ければ完治する病気ではあるが、とにかく金がかかる。
毎月の入院費用を払うので精一杯で、手術代まで捻出しようとすれば、私のバイト代を全て充てないと、到底間に合わないほどの金額だ。ましてや、一回の手術で終わるわけではなく、最低でも数年は要する。
「だから、どうしても今日中にもう5万は欲しい!! お願いします」
呆れた顔をする空噛に頭を下げる。ため息をついて頭をガシガシと掻きむしったかと思うとテーブルに座りなおした。
「エレメンターなら金になるだろう。ちょっと奥までいくから、覚悟しとけよ」
「ありがとう空噛。ほんとにごめん!!」
「謝るな。お前に死なれたら困るのは俺だ。金もスリルも失うなんて最悪だろ」
空噛がタブレットを操作している間に、テーブルに置かれた水を飲む。
真っ白なテーブルクロスの上のグラスは3つ。1つのテーブルに対して1つのチームと決められており、私たちは2人。
なら、これは誰の?
「あのー」
「なんだてめぇ!? いつからいた……?」
私たちの向かい側に立っているのは、白髪交じりの老人。くたびれた作業着姿で、社名が刻まれているであろう箇所は汚れて読めない。
下の刺繍には『山田』の文字。
「はじめまして。私、山田 たかしと言います。天ヶ崎工務店の社員をしております。あいにく名刺は切らしておりますが……」
「御託はいい。俺たちのテーブルに近づいた目的はなんだ?」
空噛の威圧的な声音に対して、コップを持つ山田の手は震えている。
「実は私、娘が病気してましてね。それを治すために空噛財閥からある物を買いたいんです。それで、エデンゲームに来ました。」
「山田様ー? 空噛財閥ではなく空噛商事ですのでお間違えないように」
いつの間にか山田の背後にバトラーが立っていた。気味の悪い張り付けたような笑顔を浮かべながら空噛から奪ったタブレットを操作すると、ある商品を表示させた。
「あなたが欲しがっているのは『神授の秘薬』でしょう? ありとあらゆる病気を治すことができる万能薬」
『死』や外傷までは治せるわけではない不完全な秘薬でありながら、こと病に置いて右に出るものはないという神秘の薬。値段は、12億8000万円。
私はもちろん、さすがの空噛でも買えない。
「あいにくこの薬は、わが社でも1つしか保有していませんからね。しかし、娘さんの病気は未知の病。治すにはこの薬しかないでしょうね?」
「ええ、きっと手に入れてみせますよ!!」
「アハ、その前にお仲間を探してみては? 1人ではゲームに参加できませんよ」
相変わらず癪に障るような物言いをする。
これ以上バトラーの余興を潰すようなことをはするなと空噛に厳命されているが、このおちゃらけた男が消えれば、すぐにチームに招待するつもりだ。
「山田はうちのチームで引き取る。バトラー、手続きを頼むよ?」
「それは客として言っているのか? それとも……」
「さぁな。どっちでもいいだろ」
深海のように暗いバトラーの目と月のように輝く空噛の目が交錯する。
「お前はまだ私に命令する資格がない。言葉使いには気を付けるんだな。クソガキ」
そう吐き捨ててバトラーはどこかへと消えていった。
「いいの?」
「ダメだと言っても入れるつもりだったろ。家族の話には弱いもんな、お前」
「悪かったわね」
「あのー、私ほんとによかったんですか?」
恐る恐るといった様子で山田さんが訪ねてくる。すでにウエイターが椅子を用意してくれていて、今にでも緊張で倒れてしまいそうな彼はなんとか落ち着けている。
「あんた、30万ぐらいは持ってるか? この辺の装備品は買っておくことをお勧めするよ」
「そう……ですね。なんとか、そのぐらいだったら工面できます」
私達と同じアーマーに簡単な作りの武器を購入する。あとは回復薬やメンテナンスのための道具を含めると、やはり30万近くするのだ。
「これが終わったら、妻と一緒に娘のお見舞いに行こうって約束してるんです」
「家族っていいですよね。その気持ち、わかります」
ウエイターに案内され、いつもと同じ扉の前に立つ。
今回の目標はエレメンターというモンスター。スライムと同じ不定形の生物であり、元素物質を糧にしている。
見た目は、燃え盛る炎をそのまま切り出したような姿や、縦長に伸びたスライムのようなゲル状のタイプ、かまいたちに輪郭を与えたものなど、周囲の環境によって様々だ。
「それでは皆様、Are you ready to bet? ゲームを始めましょう」
バトラーの宣言でエデンゲームは始まる。
「うわ、薄暗いですね……」
本日二度目のケイブ洞窟。先ほどまで松明の明かりが灯っていたはずだが、その幾つかが煙を上げて消えており、先ほどよりも視界が悪かった。
私たちがもう一度ここに来るまで30分程度だ。短いその時間に何があったというのだろうか。不審に思って壁際のたいまつに近づく。何かに握りつぶされたような跡が残っていた。
「山田!! 避けろ……!!」
いきなり響いた空噛の怒号。
「え……!?」
グシャリと骨がきしむ音が鳴り響く。
3mはあるであろう緑の怪人が、山田さんの体を弾き飛ばしていた。
黒い産毛に緑色の肌。鬼のような牙を生やし、首元には小さな骨をつなぎ合わせて作られた趣味の悪いネックレスを身に着け、巨体に見合う剛腕をだらりとぶら下げている。
虚ろな目が私達をとらえて離さない。山田さんを連れて逃げようとするが
「……扉が無い!?」
絶望が耳元で囁いた気がした。
突然始まる質問コーナー
~好きな食べ物はなんですか?~
一花「うーん、お母さんの作る栗ご飯かなぁ。ほくほくしてて美味しいんだよね」
慧「まぁ、炭酸とエナドリ、あとは辛いものだな」