牙のへし折れる音
私たちは再びドラマティック・エデンに来ていた。送迎車はブラインドがされていて、どの道を歩いていたのか分からなかったが、何度か感じた浮遊感から、おそらく異世界を通っているのだろう。
「今日は、ずいぶんと人が少ねぇな。バハムートに負けたのがそんなに応えたのか」
「シスターたち、居ないみたいだね」
一心不乱に料理を口にする男や、無邪気な笑い声をあげている幼女。ウエイターを誘惑して遊んでいる美女など、個性豊かな人物が多い。
しばらく辺りを見回していると、モニターとバトラーがやってくる。
「皆様、ごきげんよう。本日もドラマティック・エデンにお越しいただき誠にありがとうございます。私、案内役のバトラーでございます」
「といっても、今日が初参加の方はいらっしゃらないようなので、進めさせていただきますかね。それでは、ご覧ください!!」
両手でモニターを指し示すと、会場が暗転する。
前回はなかった演出だが、それもバトラーが気分で行っているらしい。空噛が『劇』と喩えた理由が分かった気がした。
K&ONE|☆1|アントルの討伐
「何あの名前?」
「偽名みたいなもんだ。二回目以降は偽名参加が認められるんだよ」
初参加の場合、名前の欄は自分たちにしか見えず、他者からは『初参加』と映っていたらしい。企業を名乗るだけあって変なところでコンプライアンスを順守している。
ちなみに、前回周りの人から注目を浴びたのは、空噛の名前が出たからではなく、初参加として表示されているからだった。
「なんか、ボクシングみたいだね」
「お前がK-1を見ているのは意外だな」
そこまで熱心に見ていたわけではないが、家で映るテレビチャンネルは限定されているからだ。あとは友達がマニアだから、その影響だろう。
「なんだか皆さま、今日はターゲットのレベルが低いですねぇ。☆9に挑む愚か者がいないゲームは久しぶりに見ましたよ」
おそらく外にいる観客の嘲笑を誘っているのだろう。明らかに馬鹿にしたような笑い声をあげてモニターをしまう。ウエイターたちが壁際に立ったのを確認すると、スポットライトを全身に浴びて叫んだ。
「それでは、エデンゲーム、スタートです!!」
ウエイターに案内されて向かったのは前回と同じ洞窟。『ケイブ洞窟』というらしい。
自然にできた洞窟らしく、何度も探索されたため所々に松明が設置されているが、最深部までいくとモンスターに壊されているので危険だという。
「ああ、それとこれ。探索用のバックだ」
「バック?」
空噛が投げてよこしたのは、革製と思われる茶色の小さなポシェット。中にはハンドガンの弾薬と青い液体で満たされた試験管が入っている。
「スライムの魔石が使われてるからな。伸縮性が高いぞ」
試しに手で引き延ばしてみると、ゴムのように伸びた。これなら多少パンパンに魔石を入れていたとしても大丈夫だろう。
しばらく道なりに歩いていると、一体のスライムが壁をよじ登ろうとしているのを見つける。ハンドガンを構える前に空噛は突進していき、またも左腕を突っ込んだ。
魔石を引き抜いたはいいが、腕は真っ赤に焦げており、煙を上げている。
「ちょっと、なんであんなことするの!?」
「あの方が手っ取り早いだろ。それにアーマーのおかげで見た目よりダメージは少ないからな。多少無茶しても大丈夫だろ」
今着ている軍服モドキ―正確には『メタルアーマーMr.1』―は装着している人物の身体能力を上げる効果がある。私が持っているハンドガンも本来ならばもっと重く扱いにくいはずなのだが、アーマーの恩恵によって構えるぐらいは出来ている。
それでもビビって両手でしっかりグリップを握っているが。
「ほら、しまっとけ」
「いいの? ありがとう」
とことんスリル以外に興味はないようで、換金できるスライムの魔石を私の胸元に投げてきた。
「お。向こうに居るじゃねえか」
今回のターゲットであるアントル。
洞窟の行き止まりに群れで休んでいるのを発見する。
巨大な蟻と聞いてはいたが、想像よりも遥かに大きく空噛よりも大きな個体もいた。一番小さい奴でも、私の首hどまではあるようで、あの鋭い牙があれば、喉元を噛み切るぐらいわけないだろう。
アントルは、見た目こそ巨大化したアリそのものであるが、6本脚のうち前2本を人間の腕のように扱うことができる。
鋭い牙に加え、武装を覚えた昆虫の脅威は軽いものではない。
「アントルはただの巨大蟻じゃねえ。武器の扱いが上手くて、群れで過ごすことが多く、巣から遠く離れた地で狩りをする。なにより、甲殻が硬い」
「狙うとしたら頭……でしょ?」
「よく予習しているようだな。動画を見せた甲斐があった」
ドラマティック・エデンに来るまでの道で、アントルに関する研究動画を見てきた。白衣を着た専門家風の男が言っていたことは理解できなかったが、シスターが上げていたモンスター解説動画はわかりやすかった。
ちなみに、一部のモンスターの話は有料だった。
「数は6体、少し多いな……」
「あれ、戦うの?」
「もちろんだ」と呟いてアントルの群れの中に突っこんでいく。
首の付け根にナイフを通したかと思うと一気に振りぬいた。
それに気づいたアントル達が独特の叫び声をあげて、空噛へと突進する。隙間から抜け出し、一匹のアリの口に手を突っ込んだ。
「死神にあいさつさせてやるよ!!」
牙のへし折れる音。
アントルの苦悶の絶叫と空噛の笑い声が耳から離れない。
緑色の体液にまみれたまま、とびかかって頭突き。互いの景色が揺らいでいるが、一瞬早く動いた空噛がナイフを目玉に突き刺した。
仲間の頭の上で暴れる空噛めがけてアントルが噛みつく。
わざと左手で受け止めると、恍惚の表情で天を仰いだ。
「ああ、最高だ!! 代えがたき快楽……。俺は今死神に近づけている!!」
金色の瞳が怪しく輝くと、腿にしまっていた注射器を取り出し自分の首筋に刺した。深々と差し込み軍服についたプラグが中の液体を吸収していく。
「目が……!?」
瞳に泥が混ざったかのように濁ると、金瞳の中心だけが血のように赤く染まる。
すると突然、空噛の右腕が発火した。
皮膚の爆ぜる音、空噛の絶叫。
その理由は興奮か。はたまた痛みに耐えているのか。
そんなものどちらでもいい。
真っ赤に熱されたナイフを振り回して硬い甲殻ごと切り裂いていく。
もはや、どちらがモンスターかわからない有様だ。
「ハハハ!! もっと、死にざまを晒せゴミクズ」
口汚くアントル達を罵り、死体の尊厳すらも踏みにじる。いたぶるように傷をつけられた最後の一匹が空噛へ怒鳴る。
だが、まるで意に介さず、赤く染まるナイフを掲げた。
未だ空噛の全身は燃えており、火の粉が飛び散っている。
アントルが持っている槍は、すでに半分が折れてしまっている。フラフラとしながらもまっすぐに空噛を見据えて立っていた。
決死の覚悟でアントルが繰り出した横薙ぎの攻撃を軽く躱して、首筋に燃える左腕を当てた。一気に火は移るが、最後の最後で空噛の首筋に喰らいついた。
けれど、折れた牙では威力が甘い。
6匹全員を惨殺し、死体の山から魔石だけを取り出すと、ぐちゃぐちゃの現場を指さして何かしらの合図を送ってくる。
「ああ、ごめん。今やるよ」
流れる緑色の体液を超えて死体に近づき、桃色のテープを張っていく。素人では切り分けられない素材は、目印となるテープを張っておいて、ドラマティック・エデンが回収できるようにしておくのだ。
ほぼ自傷行為のみでぼろぼろになった空噛は、私のバックに魔石を押し付けてくると、元来た道を引き返すように歩き出した。
目標数は達成しているため帰るつもりらしい。
「これ、いくらぐらいになりそう?」
「そうだな……さっきの死骸含めて4万超えるんじゃねぇか」
構えるだけ構えて、一発も撃っていないハンドガンを握り締めて、彼の後ろをついて行く。
人が減ることはあっても、増えることは珍しいドラマティック・エデンでは、初参加のメンバーに興味がわくんですね。
あとは、初ミッションを生き残れるかどうか仲間内で賭けているプレイヤーが居るんだとか




