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これでおわりです

 背後から現れたウッドミュータントに思わず顔をゆがめると、森の奥から一体のオークが現れた。


 豚顔の巨人で、サイのような灰色の産毛が生えており、イノシシのような牙を持つ。醜く肥え太った体からは、油汗を垂らしており、草を編んで作った腰ミノから、膨れ上がった睾丸が見えている。

 熊のような豪腕、チーターのように引き締まった脚、生物としてのバランスを保っていない異質な体。


 ホブゴブリンにこそ劣るものの、この辺りでは上から数えたほうが早いぐらいには強い。


「挟まれた……⁉︎」

「ONE、フロストさんが……」


 樹木の怪物、ウッドミュータントの(うで)で吹き飛ばされたフロストは、地面に寝転がっている。流石に一撃でやられたとは考えにくいが、頭を打って気を失っているのかもしれない。


 ガサガサとはが擦れる音を鳴らしながら、ウッドミュータントは倒れているフロストに近づく。思わず、彼女の前に立ってハンドガンを構えた。

 目の前にそびえる大樹を前に銃口が震える。


 苔むした色の一つ目。左右から巨大な幹が伸びており、その先は無数に枝分かれをしている。

 根っこを地面に突き刺しながら器用に歩く姿は、樹海の神秘を見ているようであり、動くたびに鳴り響くガサガサという音が恐ろしかった。


「倒れてる女の子を狙うなんて、カッコ悪いと思わないの?」


 無意味とわかっていても、ハンドガンを握りしめて発砲する。ウッドミュータントの体に弾丸がめり込むが、木の中に沈むだけでダメージにはなっていないようだ。

 震える体を押さえつけて、背後で倒れるフロストを守っていると、真横からの強い衝撃。


 ゴロゴロと地面を転がりながら、オークに体当たりをされたのだと気づく。

 ダメージのほとんどをアーマーが吸収してくれたとはいえ、鈍い痛みが全身に走る。


 ーー大丈夫。まだ立てる


 骨が軋んで、いまにも吐きそうだが、アーマーは壊れていない。あと一発は耐えられるだろう。

 かろうじて起き上がると、目の前のオークは醜悪な笑みを浮かべる。

 蹄のような手を振り上げる。脳内に響いた直感的な警告音に従って回避すると、私がいた地面が抉れる。


「どんな威力よ⁉︎ あの攻撃は、コレでも防げそうにないわね」


 ブフゥ、と獣臭い鼻息を鳴らしながら、連続の殴打。

 激しい衝撃と、飛び散った土塊を躱しながら、少しずつ追い詰められていく。


 お互いがこれだけ動き回っていると、私の射撃スキルでは当てられない。

 反撃の手を潰されて焦っていると、ウッドミュータントは倒れているフロストの心臓に枝を合わせていた。


「リリィ‼︎ 何とかして」

「何とかと言われても助ける理由がありませんが……?」

「いいから‼︎」


 怒鳴る私に突き動かされて渋々といった様子で動き始めた。




 ーーこれは本当に死ぬかもな。

 空噛 彗(そらがみ けい)は焦っていた。先ほどヴォルトに掛けられた加速の支援(バフ)の効果が弱まっていくのを感じているからだ。


 持続性がないのか、ヴォルトの方で何かがあったのか。

 少し離れたところで戦っている彼にはそれを知る術はないが、どちらにせよ、自分が圧倒的不利に追い込まれているということに変わりはなかった。


 彼の頭ほどのバトルビーは、大きな羽音と派手な色のせいで、具体的にどの程度の数がいるのかがわからない。一匹一匹は耐久力もないし、攻撃力も高くないせいで大したことはない。

 けれど、群熱という彼らの持つ特性のおかげで、この辺りの温度はかなり高くなっている。


 彼の額からは大量の汗が流れている。

 追い込まれていることの焦りというのもあるが、一番の理由は、単純な環境温度である。すでに砂漠の温度を超えており、密閉されていないサウナのような状態だった。


(距離をとれば、火の魔法。どうしても追いかけざるを得ない……)


 捨て駒のような蜂たちは、意味もなく空噛に突進したかと思うと、ナイフで斬られて死んでいく。

 積み上がった死体が足場を悪くし、彼の体勢を崩した。


「ヤベェ⁉︎」


 空中からの一斉射撃。

 軍隊を組んだ蜂たちが揃えて尻尾からの炎を放出する。

 焼き焦がされないように必死に転がって避けるが、一匹の伏兵が眼前に現れる。


「モンスタードーピング‼︎」


 自分の首元のプラグに注射器を刺し、咆哮をあげる。


 しかし、ほぼ同時に炎熱の魔法が完成した。


 神経そのものをじかに焼き焦がすような感触。

 今まで味わったことのない苦痛に、思わず絶叫をあげる。


 ブブブブ……と止むことのない羽音が、森の中を埋め尽くし、徐々に空噛の心を削る。


「ああ、死にたくねえな。死ぬのは怖いな。だから、お前らが死神に会いに行ってくれ。俺の代わりにな」




 怒鳴る私に突き動かされて渋々といった様子で動き始めた。

 立ちふさがるさゆりから興味を失い、オークと向き合って手負いの私の方へと走ってくる。いきなり距離が詰められたことに動揺すると、幹から無数の枝が伸びてくる。


「これは――ヤバい!!」


 幾千もの枝が地面を穿ち追いかけてくる。


 ――躱しきれない!!


 太ももに枝が突き刺さり足を取られる。地面へと叩きつけられた後、ぼろ雑巾のように投げ飛ばされたところを、オークが受け止めた。

 地面に伏せる私に巨体がのしかかり悲鳴を上げる。


 とめどなく流れる血のせいで何も見えない。

 痛みで頭がおかしくなりそうだ。


 でも立ち上がる。痛くて痛くて今にも逃げ出したいけれど、立ち上がるほかないのだ。


「リリィ、ヴォルトさん。フロストさんをお願い。コイツらは私が相手をする」

「それは無茶ですONE。俺の援護があれば……」


 けれど、その援護が間に合うような余裕は作ってくれない。絶え間なくどちらかの猛攻を浴びるばかりで、狙いを定める時間が無いのだ。


 オークから軽く投げ飛ばされて、倒れるフロストの横まで吹き飛んだ。

 傷だらけで朦朧とする意識のまま、目の前のオークへと立ちふさがる。


「彼女に手は出させない……。私が絶対に守る!!」

「ど、どうしてそこまで!? 今あったばかりの他人なのに!?」

「私が!! お姉ちゃんだから……。守れって、教わってきたから……」


 後ろで倒れているのが、弟や妹だったとして、私は絶対に見捨てない。もし私が守れないとしても、その場にいる誰かが私の代わりに守ってほしいとも思う。

 これは生きがいなのだ。私が私であるために必要な信念。


「これは崩しちゃいけない!!」


「実に愚かで空虚な考えだな……」


 鈍く唸るような女の声。


 森の奥から現れたのは、真っ黒のローブに骸骨の面を被り、鋭利な大鎌を背負った女だった。その見覚えのある姿はディストピアの一人、(デス)を冠するトート。


 空噛の姉だった。


「まったく。思い出せだの、俺のことを覚えていないのかだのとやかましい男だった。だが、簡単に殺せたのは幸いだったな」


 突如現れた女が手にしているのは、空噛慧の首。

 かき上げられた髪の毛を引っ提げており、彼の特徴でもある金瞳は真っ黒に戻っていた。今ねじ切ってきたばかりなのか、まだ鮮血が垂れている。


「人間は皆殺し。我々ディストピアが正しき命であり、お前たちは排他されるべきだ」

「これでおわりです塵芥共」







 第一部 完

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