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死の始まりの合図

『それでは、ルールをご説明させていただきます』


 召使(バトラー)と名乗った爽やかマッシュで金髪の男が丁寧なお辞儀をしたかと思うと、動画の中から消えてホワイトボードを持って帰ってきた。


『我が主である空噛 戒(そらかみ かい)は、今から80年以上前に異世界()()()を発見します。その世界には数々の神秘が眠っており、それらは今も解明できていません』


 仰々しい身振り手振りと共に一人の老人の顔写真がホワイトボードに貼り付けられる。空噛商事の初代社長、つまりは空噛 慧のおじいさんだ。

 その後も空噛商事の栄光をつらつらと語っていたかと思うと、いきなりこの空間の話を始めた。いつの間にかホワイトボードも片付けられており、テンション高くまくし立てていたバトラーも落ち着いている。


『この空間はドラマティック・エデンといい、異世界(エデン)での唯一の安全空間といったところです。一歩外に出れば、特殊な力を秘めた異形の怪物たちがうごめいております』

『皆様はエデンゲームの参加者という立場でございまして、一時的にではありますが空噛商事の社員と同等に扱われます。労災は出ますが、死亡した場合は一円も払われませんのでお気をつけて』


 悪意のある失笑を含ませて、()という言葉を語る。まさに命がけのアルバイトというわけだ。


『当社が課すミッションを攻略した方には報酬を。それ以外には一銭もございません。完全歩合制でございます。お金が必要な方は必死になられては?』


 今度は嘲笑。口元に手を当ていやらしい笑みを浮かべる。事前に録画しているはずの動画だが、まっすぐに私を見透かす目に思わず、後ずさりをした。


 最期に欠片ほどの健闘を祈られ、動画が終わった。

 もともと着ていたコンビニの制服の上に空噛から渡された軍服モドキを羽織った。こういった服に詳しい訳ではないが、明らかに素材が違う。


 自衛隊の装備は服でも重いと聞くが、まったくそんなことはない。むしろ、軽い着心地に手触りのいい布地のおかげで組み合わせ次第ではオシャレにも使えてしまいそうである。


 着替えも終えて試着室から出ていくと、同じような格好をした空噛がテーブルで待っていた。優雅にコンソメスープを飲んでいる。


「私もご飯食べようかな」

「やめとけ。初めての奴は大体吐くぞ」

「バイトで疲れてお腹空いてるの!! てか、アンタこそ何回目なのよ」


 死体の回収を楽にするために、必ず二人以上でないとゲームに参加できないとバトラーは言っていた。となると空噛も初めてなのではないだろうか。


「俺も初めてだ。だから、スープだけ飲んでる」


 そっぽを向いて吐き捨てた。が、明らかに嘘だと分かる。

 けれど、私が気にするべきは彼の事情じゃない。自分だけで精いっぱいだ。


「あっそ。じゃあ、私もそうしようかな」


 幸い、ここで出される料理は無料のようだ。食事ついでにバイト先の店長に連絡を入れようとスマホを出すと、『霞さん、学校の人にバレちゃったんでしょ? これ以上は大丈夫だから。何か聞かれても来てないことにしてあげるからね!!』というメッセージ。


「ありがとう、店長!!」

 スマホを胸に抱いて大げさに喜んでいると、会場の正面でモニターが降りてくる。その画面には先ほどと同じバトラーが映っていた。


『ようこそエデンゲームへ。今日が初参加のペアもいますが、皆さまどうぞお楽しみください』


 一言だけ告げて画面から消え去ったかと思うと、誰かの名前が大きくモニターに映った。隣には☆4という不可解な記号。


「あれは……?」

「他のチームが受けたミッションだ。この会場の二階は金持ちの特等席になってて、俺たちを使った賭け事がやってるんだよ」


 しばらく待っていると、私と空噛の名前も表示される。彼の名前が出た時は周りのテーブルに座る人たちがこちらを見てきた。たぶん、声は聞こえないが、特等席とやらでもざわめきが起きていることだろう。


「スライムの討伐?」

「最低ランクの中で報酬が高そうなのを選んだ。最初だから、かるーくな」


 ゲームにも同じ名前のモンスターがいたはずだ。私の頭の中では、マスコット的なやつがプルプル震えている姿を想像する。なんだか、恐怖が少し和らいだような気もする。


 シスター&ゴリアテ&ヴァルカン|☆10|バハムートの討伐


「おお!!」

「ついに挑戦者が……!?」


 モニターにその表示がされた瞬間、空噛の時とは比べ物にならないほどに会場中の視線が一カ所に集まる。修道女のような服装の女と、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の2人の男がテーブルに登って周りに手を振る。


 意味が分からず、空噛に目を向けると、厳しい顔でシスターを睨んでいる。

 むしろ、モニターの方を睨んでいるような……?


「なにあれ?」

「最高難易度のミッションだよ。今までクリアしたものはいない」


 そっけなく答えるが、私たちもいずれあの領域までたどり着けるのだろうか?いや、そこまで生きていればの話だが。というかそもそも、ある程度お金を稼いだら、私はこのゲームを辞めるだろう。


 そこから、数名の紹介がされていたが、みんなの注目はシスターたちの方に向かうばかりで誰もモニターなんて見ていない。当の彼女たちは、背負っている大鎌の手入れや、肉料理にかぶりついてた。


『さぁ、皆さま賭け終えましたでしょうか? 今日が初めての挑戦者もいれば、ついに最高難易度へ挑戦するものまで現れました。今宵のゲームはどうなるのでしょうか!!』


 ステージ上に現れたバトラーが見えない二階に向けて話す。マイクを片手に身振り手振りをする姿は従者というより司会者だ。


 ふいに空噛が立ち上がったかと思うと、いつの間にか私たちの後ろには黒い服のクローン執事が立っており綺麗なお辞儀をしている。


「ご案内いたします」


 彼の案内に従って壁の方へと向かうと、懐から取り出したカードキーを壁へと押し当てた。瞬間、目の前にドアが現れ執事が扉を開いた。

 その向こうに広がるのは薄暗い洞窟。


 鍾乳石から雫の垂れる音が反響して聞こえてくる。コウモリの鳴き声、水を引きずって歩いているかのような音、風邪が通り抜ける感触。

 冒険家が一歩踏み出すように、覚悟を決めて扉をくぐった。


 去り際、バトラーが叫ぶ。


「エデンゲームをお楽しみください!!」


『死』の始まりの合図だった。

よかったら皆さんも賭けてみてください

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