私のミスだ
異形の生物を前に不敵な笑みを浮かべると、左肩のプラグに注射器を刺し込む。
中の液体がドロリと空噛の体の中へ侵入し金瞳を濁らせる。
「さぁ、死神に祈れ」
空噛の腕からは大量の汗が零れ始めた。
ポタリと雫が零れるたびに地面から煙が吹きあがった。酸性の猛毒を纏っているのだ。
「エレメンターは実体のない生物。スライムの酸が手っ取り早いってことね」
「理解が早いな霞一花。弾丸に余裕はあるか?」
ドラマティック・エデンで粘性弾丸をたくさん持っておけと忠告された理由が分かった。
幸い、弾丸に余裕はある。
眩い光を放つエレメンターに銃口を向けて引き金を引く。
チャージしていた光線がプツリと途切れて光が弱まる。空噛はその上を跨いで、炎の塊に酸をぶっかけた。
「火が弱まった!!」
「よし、撃て!!」
火力を失い魔石が露出する。
中心で浮いている紫色の結晶に狙いを定めて発砲すると、弾丸はモンスターの核に直撃した。
「ナイスだ、霞一花」
「空噛、もう一体!!」
穿つような水流に吹き飛ばされて空噛は宙を舞う。
狙いすませたかのように接近する突風の塊が空噛の体を切り裂くが、アーマーのおかげで大きなダメージにはなっていない。
「全然刺激が足りないねぇ。もっと刃を磨け」
酸を纏った拳が風のエレメンターの魔石を揺らす。
洞窟内に石ころが転がるような音が響いた。
キュルキュルと音を立たせて2度目の水流が蓄積される。けれど、空中を舞う空噛には避けるすべがない。
射出された水の弾丸を、ハンドガンで弾いた。
すでに空噛は着地していて背後に回っている。あとは、死神が切り裂くだけ。
ピュン!!
ナイフを振るう空噛の右手から、武器が零れる。
手首の辺りからは、真っ白な煙と真っ赤な血が吹き上がっていた。
「光のエレメンターの光線!? 増援か……?」
「ちがう、さっきの奴だ……」
エレメンターの特性。『魔力吸収』
大気中の魔力を吸収し、自分自身の属性に変換する。さらにいえば、大気中に自分と同じエネルギーが存在すれば、魔石が機能する限り再生する。
光のエレメンターと火のエレメンターは、彼らを構成するエネルギーが無限に存在している。魔石に弾丸を一発叩き込んだ程度では、時間を掛ければ再生できる。
つまりは、私のミスだ。
「一瞬でアーマーの防御も持っていかれた……。マズいな」
光のエレメンターは完全に激昂しており、先ほどまでよりも光量を増している。にもかかわらず、エレメンターの周囲はほのかに暗い。
まだ光を吸収しているのだ。
「ちょっと近づいただけで焼けちまいそうだな」
「どうする、弾丸も当てられないよ……!?」
光とはエネルギーそのもの。
アーマーの無い空噛が近づけば、一瞬で皮膚を焼かれることだろう。
そして、輪郭が見えなくなるほど輝いているエレメンターの魔石を狙うなど、土台無理な話である。
「逃げる? いや、クリア報酬ありきで考えていた。圧倒的に赤字だ」
「今回は諦めるから、逃げよう」
私は忘れていた。
この男は、エデンゲームにスリルを求めていることを。
そのために私や山田さんを利用しているということを。
「刺激満点。PERFETTOな状況だ」
「は!? アンタ正気……!?」
ドンと、私の肩を押して突き飛ばす。
何をするかと思えば、スライムの体液から作られたドーピング剤を首筋に注射した。
「死神に誓え」
一瞬で吹き上がった体液が地面を溶かす。蒸発して不安定になった足場を蹴って光の中に発走した。
「スライムの体液が光から守ってくれているんだ!!」
人体に有害な量の光も、スライムの体液、ひいては一時的に纏っている魔力のよってガードしているのだ。
しかしアーマーが効果を失っているため、ダメージは受けているはず。
「光を吸収……!! だったら、吸光弾丸」
先端が真っ黒の着色された特殊弾薬。
着弾すると本当に一瞬だが、ありとあらゆるものを吸収する小規模なブラックホールを発生させる弾丸だ。
「ナイスだ霞一花。助かる!!」
確かに光を失ったのは一瞬だ。けれど、ほんの数秒でも魔石が露出すれば……!!
「汚酸死神の涙!!」
左手を振るうと酸性の液体が飛散する。
降り注いだ一滴の雫がエレメンターの魔石に反応すると、魔力を食いつくして酸の液体が急激に体積を増やした。
あっという間に光を覆い隠すと、魔石ごと喰らいつくし、ただの汚れた液体へと戻る。
「ふぅ、何とかなったみたいだな……」
よろよろと歩く空噛の腕からは、未だに血が垂れている。
アーマーがなくなると、自己再生力も通常通りになるため、止血すらままならないのだ。
「空噛!! 急いで戻らなきゃ……」
意識がもうろうとしている空噛の肩を担いで、ドラマティック・エデンへ繋がる扉へと引き返す。何とか魔石は回収できている。成果としては十分だ。
「霞一花様ですね。こちらにどうぞ」
空噛の治療を待っている間、ウエイターに案内され、いつものテーブルとは別な場所に移動する。薄暗い廊下を通り抜けていくと、なにかの研究施設のような景色に変わった。
「ここは……?」
「霞一花、待たせたな」
左腕に包帯を巻いた空噛がやってくる。
オールバックの髪は下ろしており、入院患者のような服を着ているせいで、一瞬誰だか分らなかった。
「空噛、大丈夫なの?」
「俺はな。それよりも……。俺たちを呼んだのは、ドクターか?」
ドクター。その呼び名には聞き覚えがあった。
最初のチュートリアル動画の中で、空噛商事の製品開発及び、私たちの武器や防具、回復アイテム、その他すべての作り出す、稀代の天才科学者『Dr.ヴォルキヒ』
エデンへの妄執に囚われた、エデン研究の第一人者だ。
コツリコツリと足音を鳴らしてあられたのは、タキシードを着た爽やかな男。
薄暗い研究室に引きこもっているとは思えぬほどに整った顔立ちに、狂科学者には見えぬほどに清潔感のある微笑み。
バトラーをなんちゃってホストだとすれば、目の前の男は、まさしくプロのホストだと認めざるを得ない優し気な糸目。
ミステリアスな雰囲気を漂わせながらも、見惚れてしまいそうだ。
水銀灯で照らされた視界の利かない研究室で男は微笑んでいた。
「彼が、Dr.ヴォルキヒさん? なんか、想像と違うんだけど」
「違うわ!! こいつは助手の『アンバランス』」
「キヒヒヒ。面白い勘違いをする小娘じゃ」
部屋の奥から空中を浮かぶ椅子に乗って現れたのは、汚れた白衣にぼさぼさの白髪頭の男。
割れた丸眼鏡は薄く黄ばんでおり、真っ白なカイゼル髭を撫でつけながら私たちの前に立って不気味に笑う。
「ワシが、エデン学者のDr.ヴォルキヒじゃ。キヒヒ」
話すほどでもない裏話
一花はバイトの隙間などを縫って、山田千沙の病室に遊びに来ている。
たいていは10分も話しているうちに、咳が悪化して追い出されるのが関の山だが




