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『ルーデン砦奪還戦前夜』

作者: 文月優

仰々しく書かれたギルドからの出頭要請書をくしゃりと握り潰して火にくべる。

「どうせわりにあわねえ仕事なんだろ…慈善事業じゃねえぞ」

夕焼け空をぼんやりと見ながら、溜め息をつく。しかし無視するわけにもいかないのは事実だった。ばっくれたいが、そうすれば十中八九俺の首が飛ぶだろう。物理的に。

「おい、燃やしたらまずいだろ」

肩に器用に止まっている相棒のハトが胸を膨らませて、その嘴で頭をつついてくる。

「大丈夫だ、相棒。だてに長年金級冒険者やってねえぜ」

「本当か、本当に大丈夫か。あとお前降格されたから今は銀級だぞ気をつけろ」

心配性の相棒の頭を人差し指でぐしぐしと撫でて、横になる。明日は早い朝になる。そして、大変な一日になるだろう。ちょうど資金も尽きかけていたし、そろそろ仕事をするのもいいかもしれない。そんなことを思いながら、意識は微睡みの中に溶けていった。


「よく来たな、グラン。ミタも元気そうでなによりだ!」

「ウッス」

「グラン…てめぇいい加減にしろよぉ!ギルド長はお偉いさんなんだよ!この馬鹿がすいません、後できつく言っておきますんでどうか焼き鳥だけは」

「そんな小さなこと構わん構わん!小僧が生意気なのは、こんなにちっさな時からのだ」

ガハハ、と豪快な笑いに空気が震える。巨木の幹を思わせる豪腕で肩をバシバシと叩いてくる巨漢に全く変わらないなと思いながら、豪奢なソファに座る。

「爺さん、懲戒じゃなくて仕事だろ。要点だけしぼって手短に頼む」

「あー…そのことなんだが。実はな、ちょっとまずいことになってる」

「…..まじ?」

「まじ」

「「「…………..」」」

「じゃ、ミタは外飛んでるので終わったら笛でよんでください」

部屋に満ちるなんともいえない雰囲気に耐えられなくなったハトが、窓から自由へ飛び出していきやがった。

「いや、俺は今でもお前のことは悪くないと思っているんだが。中央のギルド長連中はお前に怨み節でな。怒髪天に衝くというやつだ」

本当にどこまでも器の小さい男どもだ。やれやれとわざとらしくこめかみに手をあててアピールしている壮年はなにがしたいんだろうか。俺にはわからない。

「5対5で拒否権を発動してお前への制裁動議は止めたが、次はわからん。お前が前線を離れて、随分と時間が経った。成した実績は消えないが、時とともに色あせるのはどうにもならん」

窓の外を眺めるギルド長がどんな顔をしているのか伺うことはできないが、20年以上の付き合いから見なくてもわかってしまうのはなぜだろう。なんとも言えない気持ちになる。

「そこでだ!」

パンと手を打ち合わせて、ポケットの中から折りたたまれた依頼書を一枚机の上に広げる。

「グラン、お前はこの依頼を達成するんだ」

黒龍討伐。視界が暗転する。

「冗談言ってんじゃねぇぞクソじじい!!!こんなんできるか!!」

龍とは、この世界における最上位存在群に列する怪物。最後に討伐されたのは100年以上も昔という規格外の存在だ。龍に挑む資格を得ることは全冒険者にとって最高の栄誉であるが、それは同時に冒険の終焉と同義でもあった。挑んだものは、誰も帰ってこないからだ。

「あっ、間違えた。それは俺の生涯の好敵手だ。すまんすまん、こっちだこっち」

愛嬌ある笑顔に殺意を覚える。うっかりでとんでもないことをやらかすから、俺はこの爺さんがあまり好きではなかった。というか苦手だ。何事かと見に来た野次馬をギルド長がなんでもないとひらひら手を振って散らす。落ち着くためにカップの中の茶を口の中に流し込む。美味いのがまた腹立つ。これが間違いじゃなかったら、俺はギルドの影響の及ばない未開の土地まで一か八か逃げるしかない。ギルド連盟の会員はギルド連盟の命令には従う義務があり、不都合になれば辞めればいいという簡単な話ではないからだ。俺は長年ギルドに所属していて、そのことをよく知っていた。

「ルーデン砦を占拠したゴブリンの殲滅及び砦の開放、基本報酬は金貨30枚。追加報酬あり。依頼主は中央ギルド連盟。機密保持のための制限依頼だとしても美味すぎる。わけありか」

「ああ、膠着状態になって3ヶ月になる。当然裏はあるが、多方面に恩を売れる良い機会だ。報酬も難易度相当、とは言えないがお前にとっては良い依頼になるだろう」

「中央の管轄だから面倒事が起きるだろうが、仕方ないな」

机の上に広げられた依頼書を丸めて中空に投げる。依頼書は虚空に消えた。

さて。ゴブリン一体討伐の相場が銅貨3枚だと見積もって計算しても、軽く砦に五千体以上いることになる。それではあり得ないので、中位上位種が少なくとも百体以上いるのだろう。場合によっては異界の浸食から継続的に魔物が供給されていてもおかしくない案件だ。主力が軒並み件の依頼に出払っているとはいえ、中央連盟の冒険者の層は厚い。プライドの高い中央が応援依頼を地方連盟に出すというのは相当で、近年ではあまり聞いたことがなかった。中央は嫌いだが、評価すべきところは評価しなければならない。これは相応に厄介な依頼に思える。

「気をつけろ、グラン。今日久しぶりに会って、儂は改めて思った。やはり、儂の後はお前にこのギルドを継いでもらいたい」

「その冗談は聞き飽きたぜ爺さん。それに俺はもう銀級だ、金級じゃない」

背を向け扉に歩きだす。ギルド長は昔と同じように、年寄りのくせにやけに澄んだ眼で俺の後ろ姿を見送っているのがわかる。それが俺をなんと言えない気持ちにさせる。

「お前はお前だ、グラン。何が変わっても、それだけは変わらん」

扉の前で立ち止まる。静寂、けれどそれは嫌ではない静けさだ。ドアを開けて、立ち止まる。

「かばってくれて、ありがとう。いつも助かってる」

ギルド長が何か言った気も言わなかった気もするが、俺は足早にギルドを後にした。久しぶりに顔を出した俺の原点は、昔と変わることのない雰囲気で、顔ぶれは変わってもなにも変わっていないように俺は思った。だから、俺は――。



『ルーデン砦』

「ああーーーーーー、もう駄目だ!!おしまいだっ、突撃卿への引き継ぎまであと3日しかない。3日でどう攻略しろというんだ。私も部下達も特攻しか知らないアホな突撃卿に全員突撃させられて天に還るんだ!!そう、地面に落ちた水滴のように!!!すまない部下たち!すまないフィン、エーリ!!パパは先に天国にいくよ!地獄かもしれないが!」

「落ち着いてください、ルーデン団長!!まだ三日あります!それに地方ギルド連盟から有力な助っ人がそろそろ到着する頃合いです…1名となっておりますが」

ルーデン砦は混乱の極みにあった。期限の三日目前にして、遂に現場指揮官の情緒がぶっ壊れたからだ。彼は今日まで頑張り続けた。突然どこからともなく現われた魔物の襲撃に犠牲者を一人も出すことなく味方を後退させ、混乱のさなか陣地を構築し、戦線を張って魔物の侵攻を防いだ。それから砦を奪還すべく策を巡らし、自らの騎士団と後続の応援に来た冒険者たちを上手く連携させ、自らは最前線に立って砦奪還作戦を繰り返していた。結果、王国から言い渡された期限の3ヶ月を前に砦の地上部分の大多数は奪還できていた。これまでの作戦で負傷者は蓄積されているが、死者は奇跡的に一人もだしていない。しかし強引な作戦を躊躇したことにより、期限の3ヶ月での砦奪還が困難となっているのも事実だった。

「ルーデン卿。予備プランのとおり、明日早朝動けるもので総攻撃をかけましょう。幸いこちらにもまだわずかながら魔法を使えるものがいます。戦況が見通せない以上厳しい戦いになりますが、一気にうってでるしか道はないでしょう。これまでの作戦成功により全体の士気は高く、練度も連携も充分な域に達しています。勝機は充分あるかと。この機を逃し突撃卿に引き継ぐことになれば、冗談ではなく待っているのは全滅だけでしょう」

沈痛の面持ちで、中央冒険者連盟から派遣された冒険者を束ねるリーダーでありこの場で唯一の金級冒険者の男は言った。眼帯で右目を覆い、顔には幾多もの傷が走っている。唯一の左目には疲れが見えるが、強い意志を感じさせる光がまだ残っている。冒険者ではあるが、下級貴族でもある彼にはルーデン卿の感情が痛いほどにわかっていた。地上の未解放領域は一割未満、しかし地下領域は全くの手つかず。強い魔力を地下から感知しており、輪郭は掴めないもののおそらく相当手強い存在が地下にいることが予想された。しかし地上も楽とは言えない。単体では弱いゴブリンが、集まると脅威となる。奇襲で相当数の味方が負傷を負っていたが、死者がでてないのはこちらに練度の高い冒険者と騎士が集結しており有効に指揮系統と作戦が機能していることと、複数の治癒術士がいることが大きい。しかし、決定的な一押しとなる戦力が足りなかった。

「すまんね、デール君。私が不甲斐ないばかりに君には色々苦労をかける。だが私はまだここで死ぬわけにはいかないのだ。生きて王都に帰還し、愛しの妻やこれから生まれてくる娘に会わないといけない。だから最後まで付き合ってほしい」

「閣下がいなければ、今ここにいる大勢の者が今日を迎えることなく無念の内に息絶え、また内地の戦う術を持たない大勢の民は魔物に蹂躙されていたことでしょう。我々は貴族として、騎士として、冒険者として彼らの前に立ち戦わねばなりません。それは我々の宿命であり責任であり義務であります。ぜひ我々一同を最後までお使いください。そして共に光を見ましょう」

周りに集まってきた騎士たちや冒険者たちはそれぞれの武器を掲げて、応える。誰一人として傷を負っていないものはいないが、誰一人として気持ちで負けているものはいない。それぞれの瞳には、確かな光があった。

「ありがとう、デール君。君の言うとおり我々は戦わねばならない。冒険者諸君、騎士達、いや友たちよ!我々の結束がある以上、勝利は必ず我らの剣によって成し遂げられる!共に邪を払い安寧を再びこの地に、この国に取りもどさん!!」

歓声が、雄叫びが、夜の空気を震わせる。騎士も冒険者も関係なく、皆一つになってその声は大きく、大きく、響いていった。哨戒も武器を打ち鳴らす音を持って、それに加わる。夜の闇は深淵だが、全てを呑みこめるわけでもないのだろう。そう思わせる光景だった。


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