8.
「この、クソ忙しい時にやってくれたなぁ」
怒気をはらんだ声が遠慮なく私に浴びせられる。
私は大人しくシュンとなって俯いた。
あの後、私はお姫様抱っこ状態でフォルスター家の応接室に運ばれた。そのままリュートの威圧と脅しに屈し、全て話してしまった。
リュートは呆れながら
「まあ、僕が信用されてない事と君の思い込みが激しいということはわかったよ。」
と言った。
信じてないな。まぁ、普通は信じないだろう。
『貴方はこれから運命の人に出会います。そして私を倒すんです。』
こんなの妄想でなければ妄言だ。馬鹿にしてると怒られても仕方ない。
「レティがどう思っていても僕は君を手放す気はないよ。その“主人公”とやらがいたらとしても。」
「その子が、特別な力があったとしてもですか?」
「特別?」
私は大きく頷く。初めはわからなかった。が、今は彼女がなぜ主人公になったのかはわかる。きっとこれが理由だ。
意を決して口を開こうとする。
その時、お客様がきたという知らせが来た。
扉を開くと困ったような執事の後ろにものすごい怒気をまとったエイダン兄様とメアリが立っていた。
それから有無を言わせぬ勢いで城まで連れ帰られ王太子用執務室でお叱りを受けている。
「申し訳ありません」
しおらしく頭を下げた。
エイダンは日々の業務に加え、収穫祭の準備などでここ最近は激務に追われていた。心なしか頬は痩けて目の下にははっきりとくまが浮かんでいる。
普段より忙しいところに妹姫の家出の始末までする事になったのだ。怒鳴りたくなるだろう。
「今回は私の我儘でご迷惑をおかけしました。メアリや護衛、また他の者たちには何の咎もございません。私一人が、どんな罰もお受けします。」
もう一度、深く、長く頭を下げる。
はあ〜っと長いため息が聞こえる。
私は頭を上げない。
すぐに戻るつもりではいた。だが、そんなのはいい訳にならない。せめて関わってしまった人達はきちんと守らなければ。
「逃亡に手を貸したんだ。無罪というわけにはいかない。」
「彼らは私に脅されたんです。これはわたくし一人の罪です。」
ひとつひとつ強調する。負けるものか。
「彼らを罰するなら私もお兄様に容赦しません」
「どうするつもりだ?」
「この執務室、焼き払います」
「……是非お願いしたいですね。」
ヘンリーがぽつりとつぶやいた。めでたく、エイダンの側近になった彼は今回の激務に駆り出されていたようだ。
顔は見えないがエイダン同様げっそりしている事だろう。
「なかなか魅力的な提案だな。だか、仕事は減るわけじゃないぞ、ヘンリー。」
「解雇してください。こんなんじゃ彼女も作れないじゃないですか。」
「冗談でなく、彼らを罰したら執務室だけでなくお兄様の寝室も焼きます。」
そこそこ本気だ。こういう使い方はしたくないが、これが私ができる精一杯の抵抗だ。
頭はずっと下げているが、彼らを守る事は決意していた。
「普段大人しくしてるくせにえげつない手段とってくるな……まあいい」
これ以上長引かせたくないのだろう。エイダンは頭をあげる事を許してくれた。
これで彼らが罰せられることはないだろう。ほっとしつつ、兄を見上げる。
20歳になったエイダンはもうすっかり王太子としての貫禄もつき、父の仕事もほとんど請けおうようになっていた。来年には婚約者のサラ様との結婚も控えている。
サラ様は侯爵家の令嬢でお兄様とは王立学院で出会った。誰が見ても美人!て感じじゃないけど、控えめで一緒にいて癒されるタイプ。大人しそうに見えて仕事はバリバリできる。前のお茶会でサラ様に絡んでる人達いたけど、のほほんしてると思ったらあっさり撃退してたし。
多分、兄様はベタ惚れしている。
「お前はしばらく図書室への立ち入りは禁止だ」
思った以上に軽い罰に首を傾げる。
「不満か?」
「いいえ。」
私は真っ直ぐにエイダンを見た。ほとんどお咎め無し。何かあるのだろうか。
そう思ったら目の前に紙の束を渡された。
「何ですか?」
「お前への求婚の手紙だ。」
「きゅっ、うこんっ⁉︎って?え?」
驚いてそのまま手を離してしまった。足元に紙が散らばる。
「おい、正式な書状だからな。それ。」
わたわたしながら拾い集める。上質な紙に押された印をみる。
「これって、外国から?」
「ラホールから王弟ジュリアスの妃。クローゼンからは王太子アイザックの妃に。ジュアからは神殿の聖女として迎え入れてくれるそうだ。」
「ジュアからも?」
「他にも皇帝の側室になんてのもありましたけどね。スカーレット様モテますね。」
「ドルセットは論外だ。しかも側室とは馬鹿にするにも程がある。」
呑気に言うヘンリーに苦虫を噛み潰したような顔でエイダンは答える。
ドルセットはシュタートリアとは海を隔てた向こうの国だ。統一はしたものの未だに不満を持つ領国の紛争が続いている。
他3つはシュタートリアと接する国々だ。
「あそこはうちとの繋がりを持って地盤を固めたいんですよ。駄目元でも。」
「何で今更こんなにたくさん?」
「今までは陛下がとめてたからな。」
書面を見ながらそれぞれの顔を思い出す。ドルセットの皇帝イーライは会ったことはないが、ジュリアスとアイザックはパーティーで挨拶した事があるはずだ。
「…アイザック殿下って結婚してませんっけ?」
前にクローゼンの結婚式があり、シュタートリアからもお祝いの特使を出した。私も招待されたがギリギリになって婚約したての兄様とサラ様が行く事になった。
「それは第一王子のアルバート殿下ですね。身体が弱いので王太子を返上したんです。今はアイザック殿下が王太子です。」
「へー。」
ヘンリーの説明に納得する。
ずいぶん前だか黒髪の女性のような儚げな雰囲気のアルバート殿下を思い出す。彼の弟ならさぞかし見目麗しいことだろう。
確かジュリアス殿下もラホールの騎士団を率いていたはず。20代後半ぐらいで、シュタートリアに来た時も女性陣が黄色い声をあげていた気がする。
かっこいい人ばっかりだな。
「ともかく、みんなフォルスターより格上だ。どこに乗り換えようと支障はない。」
「乗り換えって…」
そんな簡単に決められるものではないと思いつつ、自分とリュートもずいぶんあっさり決まった事を思いだした。
「収穫祭のパーティーでそれぞれ接触してくるだろう。自分でどうにかしてこい。お前の好きな所を選べ。」
「え?」
何でこんな事に?
混乱しながら部屋を出た私の前に怒りのオーラを纏ったメリルが立っていた。