7.
振動と周りの音で運ばれているのはわかるが、リュートの胸に顔を埋めたままなので様子を見る事はできない。動こうとしたら頭を押さえ込まれてしまった。鼻が痛い。
鼻水出てないよね?
どうやって呼んだのだろう。馬車の中に座らされる。
「少し待ってて」
そのままリュートは外に出て行ってしまった。
ほっとしつつもさっきまでの事を思い出し、顔が熱くなった。恥ずかしくなり椅子の上でうずくまる。
お姫様抱っこされて顔埋めてって、嬉しいけどっ。
いや、抜け出してこんな醜態さらしてもう飽きられてるよね。婚約者なのにあんな態度とっててこんなだもん。完全に嫌われたよね。
嫌われようとしてたけどやっぱり辛いな。泣きそう。
「死ぬかも…」
「いや、困るから」
心臓が飛び出すかと思った。気づくとリュートは目の前に座っている。
私はダンゴムシ状態からあたふたと座り直す。私はどこまで恥の上塗りをすることになるんだ。
「リ、リュート様、あのっ。」
「まずは飲んで」
正面に座り、飲み物が入ったコップを渡された。
「ありがとうございます。」
さっき飲み損ねた果実水に似ている。喉が渇いていたので受け取りそのまま口をつける。
飲んで気持ちを落ち着けよう。
「毒が入っているとは思わない?」
「ぶっ?」
思いもよらない言葉に吹き出しそうになる。何でこの人は人が何か飲む時に驚かせるの?じとっと睨んでしまった。
「それには入れてない」
入れた事があるような口ぶりだ。そんな事聞けないけど。
「でも誰が用意したかもわからない物を口にしちゃいけないとは言われてるだろ。さっきもあんなところで水を飲むなんて、何か仕込まれてたらどうするつもりだ?」
「え…?」
「平民の服着た気品ある美人が踊ってるって噂になっていたんだ。よからぬ事を考えて君に何か仕込む奴らもいるだろう。」
「あ、」
城では誰が仕入れ、誰が作ったかわかる物しか出されない。もし何かあった場合、全て責任の所在がわかるようになっている。
王族である私は、不特定多数のパーティーの時でさえ口にできるものは限られていた。
「でも…」
わかっている。でもさっき踊った後に向けられた優しい言葉、嬉しさと楽しさが溢れる笑顔に裏があるとは思いたくない。
城では私にあんな顔を向けてくれる人なんていない。怯えも嫌悪も憐れみでもない。彼らは私が誰かなんて知らない、知るはずないから。
うまく言葉にできなくなって押し黙る。
「あの場にいたみんながそうとは言わない。だけど若い女性が1人でフラフラ出来るほど安全じゃないんだ」
「はい」
ぐうの音も出ないので素直に頷く。膝の上にある袋を見る。ずっと握りしめていたのでクシャクシャになってしまった。中にあるお菓子は潰れてしまっているだろう。花も萎れて駄目になっているかもしれない。中身を見る勇気はない。
「これも、駄目ですね」
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら紙袋をリュートに渡した。
これも処分することになるのだろう。
リュートはそれを受け取ると袋から小さなパンのような物を取り出した。
何してるの?
しばらく眺めていたが諦めたような顔で一口齧る。そのまま確かめるように咀嚼して飲み込んだ。
「リュート様?」
「これは大丈夫」
毒見、してくれたの?
食べやすいようにハンカチでそれを包むと渡してくれた。
「あ、ありがとう」
じっと眺めてさっきリュートが齧ったところの少し横を齧る。
「⁉︎」
途端に口の中に甘い汁が広がった。カリカリの衣の中には甘いシロップをたっぷり含ませた生地。ダイレクトにくる甘さにびっくりする。
「あま〜い。」
続けてもう一口、ジュッと口の中に入るシロップが嬉しい。城では味わえない甘さに自然に笑みが溢れた。
「やっと笑った」
リュートは私を見て微笑んでいた。王子様の方ではなく、2年前から見ていない、素の方の顔だ。
「落ち着いた?」
「はい。ご迷惑をおかけしてすみません。リュート様」
「呼び方。」
「え?」
「さっきまで“様”はつけてなかったけど?」
よく覚えていないが、無意識に呼び捨てにしていたのだろうか。でも今更呼び捨ては…恥ずかしい。仮面が保てなくな。
「でも、ちょっと」
「何か?」
「何でもないです」
有無を言わさぬ態度。私、姫なのに立場ない。
「じゃあ、教えてもらおうか。」
「え、あ?」
「君が一体何をしようとしてるのか。」
にっこりしているのに目は笑っていない。
逃がさない。そんな圧が全身に感じた。さっき捕まった時を思い出し背筋が凍る思いがした。
「レティがコソコソと何かをやってたのは聞いてる。」
「コ、コソコソなんて。私はただ、収穫祭に」
「……夜中に城の屋根で練習してるよね?」
固まった。
何で知ってる?
実は、あの時から何かあったら逃げられるようにと、魔術の練習をしていた。誰にも習っていないため難しい事はできないが高くジャンプするとか水や氷を出したりとか単純な事はできるようになった。
だか、見つからないように誰も部屋に来ない夜中に抜け出していたハズなのに。
「何かたくらんでたとしても大人しくしているなら別にいいよ。でも黙ってこんな事をするならこちらも対処せざるを得ない。」
「どうやって…調べたんですか。」
「今はそれは重要じゃない。」
私にとっては重要です。
「君は2年前、いや会った時から何かを隠してたよね。それは何?」
リュートの青い瞳がじっと私を見た。
一体、何と答えればいいのだろう。言ったところで信じてもらえない気がする。
どこから話せばいいか考え込んでいるとリュートが隣に座った。ただでさえ狭いのに隣だとどうしても触れてしまう。というか近い。
「君が何も言わないならこのままフォルスター家に閉じ込めるよ。」
「そんな事、出来ないでしょう?」
リュートの提案に渇いた笑いを浮かべる。一応でも私は王女なのだ。いくら婚約者の公爵家といえどもそんな事はできない。
「レティ、既成事実って知ってるかな?」
綺麗な、キラキラしたような笑顔が何か言っている。
キセイジジツって…?
私まだ15歳で
離れようとして頭を思いっきり壁にぶつける。すごい音がしたが、それどころじゃない。
「何言ってるんですか⁉︎」
「そうなればもう君は僕に嫁ぐしかないからね。君が逃げるならこちらもなりふり構ってられないんだ。」
ぶつけた後頭部を優しく撫でる。そのまま三つ編みにした髪を撫でるように持ち上げる。
その間も青い瞳は私の動きを何一つ逃さないように見つめている。
怖い
「どうする?」
後ろは壁、髪も掴まれ逃げられない。リュートの顔がまた近づいた気がした。
「わ、私!前世のっ記憶!あるんです!」
「坊っちゃん着きましたよ。」
扉の外から声がした。リュートの動きも止まる。
た、助かった?
早く外に出ようと扉を見つめていると、身体が浮く感覚がした。
「とりあえず、移動しよう。」
気がつくと、また横抱きにされていた。
「え、え?」
リュートの言葉を思い出して青ざめる。
た、助けてー!!