6.
「ごめんなさい。急用を思い出しました。」
サァーと背筋が凍る気がして慌てて飲みかけのコップを押し付ける。
袋を抱え走り出す。人混みで思ったように進めない。
足が震えるのはさっきのダンスのせいか。
なんでなんでなんで。
彼が、こんなところにいるはずはない。
とにかく離れなくちゃ。
口の中がカラカラだった。さっきの果実水全部飲めばよかった。
頭の中がごちゃごちゃしていた。角を曲がって路地に入る。人が少ない。隠れる所は?
「何してるんだ。君は」
「ひぃ⁉︎」
肩を掴まれ声をかけられた。私の知っている大好きな声。でも今は怒りを抑えるような硬い声。
怖い。
「ひ、人違いです。」
裏声を使ってみる。振り向いたら終わりだ。
逃げ道を考える暇もなくくるりと向きを変えられた。ばっちり目が合う。
最近良く見る、誰もが見惚れる王子様の微笑み。だがその奥にものすごい圧を感じる。
片手は私の肩に置いたまま、もう片方の手を自分の髪の中に入れ、引っ張る。茶色の髪が落ち、見慣れた銀色が出てくる。
眼鏡はかけているがその姿は紛れもなく、
思わず口がひくっとなる。
「何故君がここにいるんだ?護衛は?」
「た、多分護衛はその辺に」
図書室前にいますなんて言える訳がない。
「そんな報告は受けてない。」
「え?」
報告?
「とにかく、話は後でゆっくり聞こう。」
そういうとリュートは私を担ぐように持ち上げた。
「ひぇっ」
変な声が出た。何でこういう時に可愛い反応ができないのか。ちょっとへこむ。
「リ、リュート、重いですから、」
焦りながらリュートの後頭部に話しかける。抱えられているので顔を、見る事はできない。
「おーい、リュー。いきなり走るな…よ?」
先ほどの角から背の高い青年が顔を出した。黒髪で眼鏡をかけている。
助けて!
声を出さずに口だけで助けを求める。
彼は私とリュートを見比べる。
「えーと、ナンp」
「家出娘を捕まえた。悪いが今日は帰る。」
涙目で訴えるが彼は首を振り、声を出さずにがんばれと言う。
誰が助けて!
そのまま道に出ようとするので慌てる。
「このままじゃ目立ちます!」
リュートの銀髪はフォルスター家特有でただでさえ目立つ。このまま人通りの多いところに出たらどんな醜聞がたつかわからない。
「君が逃げずに良い子にするならやめてあげる。」
「逃げません!良い子にします!!」
必死になって言うと視界がくるりとまわる。が、足はまだ浮いたままだった。
リュートの手はわたしの膝裏と背中にあった。
もしかしなくてもお姫様抱っこ?
「リュート!」
「降ろすとは言ってない。」
「降ろしてください。」
「その足で?」
言われてみると、左の靴のヒールが取れかかっていた。
動きやすい靴と思い、ダンスの練習用の靴を履いていたが、室内用だったので先程のダンスや走ったことに耐えられなかったようだ。
と、いきなり頭の後ろを押され、リュートの胸に顔をうずめる。
「顔見えないように隠して」
シャツは平民仕様のようで肌触りは良くない。だか、ほのかにいい香りがする。
途端に今の状況を理解し、ぐんっと顔を離す。
「やっぱり駄目です。降ろして!」
「いいかげんにっ」
「私、今汗臭いからぁ…。」
最後は声が小さくなった。
いつも会う時にはメアリに髪に香油を塗ってもらったりしているが、今はホコリだらけの通路を通った上、息が切れるほど踊ったのだ。季節もあるし汗もかなりかいている。
初めてのお姫様抱っこなのに汗臭いなんて…乙女として耐えられない。
「嫌です…」
ほとんど聞こえない声でつぶやく。
「ぐっ……。」
恐る恐る顔をらあげるとリュートは顔を背けていた。かすかに震えている。
やっぱり臭いんだ。
もう泣きそうだ。
「やっぱり降ります。ヒールがなくても歩けまぶっ?」
降りようとする私にリュートは再び私の顔を胸に埋める。
鼻をぶつけて痛い。
「臭くないから。顔隠して。」
それだけ言うと足早に歩き出す。
後には黒髪の少年が残った。
「いや、まさか、あのリュートがねぇ。」
ずっと笑いを堪えていたので腹が痛い。
普段、愛想笑いか鉄面皮のどちらかしかしないあの友人にあんな顔させるなんて。
「面白い物見れたな。」
嬉しそうにつぶやく。
彼女は彼の何なのだろう。
きいてみたいが絶対に教えてくれないだろう。
「また会えるかな」