3.
早いもので婚約してから一年近くたっていた。婚約解消のめどはたっていない。
そして今日は婚約者との交流……私の記憶があっているなら3日前にも会っているが。
それこそ最初は1か月ほど空いていた。それが10日後、1週間とどんどん短くなり、最近は3日と空けずに来る。
「最近なんでこんな頻繁なの?」
もちろん婚約者だからといって甘い空気はない。まだお互い子供だし、私はまだ、婚約解消をあきらめてない。
「今日はアグラー侯爵家でお茶会があってね。上の姉上が招待されてるんだ。」
リュートには姉が2人いる。上がグレイス様、下はミスト様で2人ともリュートと同じ銀髪の美少女だ。
グレイスは社交界デビューしてからファッションリーダーとして社交界から注目をあびている。そのため夜会やお茶会に引っ張りだこだ。ミストもデビュー間近で交流会によく参加している。
そしてその姉2人の付き添いとしてリュートもよくお茶会に参加しているらしい。
婚約者がいてもその美貌で大人気らしい。
「侯爵家のミシェル嬢がね、また積極的で…」
何か思い出したのか、重苦しいため息をついた。
何があったか聞いてはいけないだろうか。
「つまり、めんどくさいからサボってきたと?」
「まあね。」
パリパリとポテチをつまんでいる姿をミシェル嬢に見せてやりたい。あなたが好きなリュート様はここではポテチばっかり食べてますよって。
以前、他のお茶会の様子を聞いたら「ガンガンくる。」と言ってたからいつも大変なんだろうとおもう。
王子様も大変だ。だが、
私ははぁ、と大きくため息をついて立ち上がる。
「まぁ、リュート様!そんな大事な用があるなんて!私の事は気にせず、アグラー侯爵様のところにお急ぎください。馬車はこちらで用意しますわ!」
パンパンっとメイドを呼ぶ。
どうせ、我儘姫に呼び出されたと吹聴してるのだろう。今は我儘姫の汚名返上で頑張っている最中なのだ。邪魔されてなるものか。
ミシェル嬢のところまで送ってやる。
「さ、早く行きましょう!」
「レティ。」
「っ……」
リュートは最近、私の事をレティと呼ぶ。しかもたまにこうやって甘えるように言ってくるのだ。
「かわいいレティの側にいたいんだ。」
王子の顔になりおねだりするように私の手を握った。顔が赤くなるのがわかり、顔を背ける。
この顔に弱いのわかっててやってるのがむかつく。一年近くたつのにあの顔で見つめられるとまだ赤くなってしまう。
「ダメ?」
甘えた声出すな。この年でこんな事するなんてとんだ魔性だ。
近くでメイドがオロオロしている。
私が我儘言って困らせてるように見えるのだろう。困ってるのはこっちだ。
追い出したい。
「庭園にご案内しますわ。」
「ありがとう、レティ」
レティ呼ぶな、見たら帰って。お願いだから。
渋々庭園に向かう。
この庭園も何度かリュートと来ている。季節によって庭師がきれいにに整えてくれている庭は、今はかわいい色とりどりの花が植えられていた。
「リュートのお父様って何をされてるの?」
何となく、聞いた。リュートの家族には何度か会っている。もちろん父親のイーサン・フォレスター公爵にも。優しげな雰囲気な人だった。
「…誰かに何か言われた?」
何か気づいたのか声は優しい。
「貴方の家の事、何も知らないから。」
シエルに言われて自分でも調べてはみた。
先代の王の異母弟が臣下に下る際、フォレスター公爵となった。彼は魔力が強かったため魔術庁の長官となった。その息子である現フォレスター公爵のイーサンも氷の魔術師と呼ばれるほどの力がある。
「魔術庁はわかる?」
「魔術や、魔術道具の開発よね?」
世間話のように彼は続ける。庭は広く、大声を出さなければ周りに聞かれることはないだろう。
「うん。その他に魔力を持つ人たちを管理、監視する事もしてる。」
「監視?」
「そう。」
リュートはなるべくわかりやすい言葉を選んで私に説明してくれる。
「魔術は厳しく管理するべき、けど国がその力を簡単に使う事はしてはいけない。
王家の代わりに魔術を監督するのが魔術庁だよ。で、そのトップがフォルスターなんだ。」
「じゃ貴方もそうなるのね?」
「…今のところは」
将来有望なのね。
足元の可愛らしい花を眺めながら思う。。
貴族の場合、産まれてすぐと15歳になる時魔力を測定する。魔力が一定量以上の場合、魔術庁が運営する魔術学院に入学する。そしてその他の人は国が運営する王立学院に入る事になる。エイダンやヘンリーももちろんこちらだ。
ここで3年間学び、卒業と共に成人としてデビューする。そういえば2人とももうすぐ卒業だ。
魔術学院で優秀な生徒はそのまま魔術庁に入ることも可能だ。
私はもちろん魔術学院に入る事にはなるだろうがその後はどうなるのだろう。何もなければフォレスター家に嫁入りし公爵夫人となれるが、そうでなければ
「君は小さい頃から魔力量がすごかったらしいからね。
うちとしても他家に持ってかれる訳にはいかないし、早めに手を打つ必要があったんだ。」
「え、…どういうこと?」
「この婚約について、王太子から色々言われたんじゃないの?」
「いいのかって聞かれただけで、」
「……あー…そっかぁ…」
拍子抜けしたように私を見た。
「何?」
「いや、レティは魔力を使ってどこまでできるの?」
そういえばリュートの前で力を使った事はなかった。火柱を出した以外は大した事は使ってないけど。
「先生から力の仕組みは教わったけど、後は独学よ。」
一応、王族らしくいろんな家庭教師がいるが、魔術に関しては他の授業のついでに教わるぐらいだった。普通は魔術学校で習い始めるから私の場合は特殊なのかもしれない。
地面を触り、魔術で小さな人形をつくってみる。3頭身ぐらいの顔のない人形だ。最近はこんな事ぐらいしか使っていない。くるくる踊らせてみる。
「すごいね。自由に動かせるんだ?」
「ええ。」
土人形をもう一つ出して2人で踊らせる。手足をパタパタさせて可愛い。
ふと、いくつ出せるか試してみようと思った。
土人形を増やしていく。クルクル回ったり1人持ち上げたりどんどん賑やかになっていく。
こんなに集中して、魔術を使った事ないかもしれない。ワクワクしながらさらに集中して数を増やす。
6体、7体、もう少しいけるかな。
ーもう1体
そう思った時、頭にピリッと痛みが出た。
「痛っ。」
あまりの痛みに地面から手を離してしまった。
見ると土人形はポロポロ崩れ始める。
「あー、残念」
「いや、残念じゃない…すごいよ。」
リュートは目を見張って崩れていく人形を見ている。
「君ぐらいの年でこんな事できる人なんて、聞いた事ないよ!」
「そうなの?」
人前で使う事はほとんどないので自分の力なんて考えたこともなかった。
そういえば私魔女姫とか言われるんだっけ?今までは我儘姫とか言われてたけど魔女って言われた事ないな。
土人形達はいつの間にか土塊に戻っていた。
リュートは土塊に触り、確かめるように握りしめる。
「他はどんな事ができるの?得意なのは何?」
「さあ?あんまり使わないから。」
リュートは少し興奮しているようだったが、突然言われても戸惑ってしまう。
「うん、君と婚約してよかった。こんなにすごいとは思わなかったよ。きっとこの国で一番の魔術師になれるよ」
リュートは笑顔をむけた。素直に嬉しいが同時にスッと胸の辺りに冷たい物が通った気がした。
「私、そんなにすごいのね。」
「君以上の人なんてなかなかいないよ。」
それで魔女姫と言われるようになる。
物語は進んでいる。
その後は…それなら
「リュート、それなら、やっぱり私婚約解消したい。」
「え?」
「私の魔術が必要なら、私はこのまま魔術師になる。でもあなたと結婚はできない。」
「ちょっと待ってよ。何でそうなるの?」
先程まで嬉しそうな顔をしていたリュートは今は困惑と怒りの顔を浮かべている。
私が魔女姫になってしまうなら、これ近付く事はできない。
「意味がわからないよ。」
「わからなくてもいいから。」
「僕が嫌い?」
「…っ」
何も言えない。嘘でも言うことが出来なかった。
それにどんどん物語の通りに進んで行ってる気がする。
足が震える。リュートとから離れようと足を後ろに引こうとしたが、うまく動かずそのまま空が見えた。
ーー転ぶーー
「レティ!」
目の前が暗い。温かい何かに包まれている。
「予想外の事ばかりしないで?」
すぐ近くで声が聞こえる。
「レティに好きな人がいるなら申し訳ないけど、そうでないならもう少し俺をみてほしい。何でなのか教えてほしい。僕は意味もなく、君を手放す事はできないよ。」
リュートに抱き締められているのにしばらく分からなかった。ドクドクと心臓の音が聞こえる。これはリュートか私か?
「〜〜〜〜っ!」
恥ずかしさが込み上げる。リュートの胸をバンバン叩き、勢いよく離れる。
「あ、あなたはこれから他の人を好きになるわ!そして私を…」
肩で息をしながら言う。運動したわけではないのに息が苦しい。心臓がうるさい。苦しくて涙がでそうだ。
「レティ?」
クッと唇をかんで息を吐く。
「アグラー侯爵家までお送りしますわ。リュート様」
もう顔は見れない。
見たら絶対泣く。もう私は彼を好きになってる。駄目だとわかっているのに。
この気持ちは物語の強制力なのかもしれなくても、気持ちは変わらない。
貴方は彼女を好きになってしまうから、その前に離れてほしい。