2.
婚約が決まってから数ヶ月、私は忙しくなった。今までの勉強のほか、花嫁修行や婚家に関する勉強が加わったからだ。
それでも時間のある限り、図書館に籠る様になった。これからの運命回避のため、出来ることはやっておきたい。
リュートとの仲も良くするべきか考えたが、いくら仲良くなっても一目惚れされたらそれで終わりだ。それなら意味はない。
シュタートリア王国は一方を海に面し、三方を他国に接している。何代か前までは資源や領土の取り合いで戦争が頻発していたが、魔力を持つ人口が貴族中心に増え、魔術による生活資源の確保や防衛技術の発達によって戦争はなくなった。魔術は便利だかあまりにも強い。
だからそれぞれの国できちんと管理し、他国を脅かす事に魔術を使うことは禁止されている。
それでも国交は行われている。
現にスカーレットと兄エイダンの母は隣国ジュア帝国出身だ。彼女は身体があまり強くなく、スカーレットを産んで数年で亡くなっている。
肖像画でしか知らないがスカーレットと同じ見事な赤毛の美女だった。顔立ちもどことなく似ているのに優しく慈愛に満ちていた。
こっちは意地悪顔なのになんで?
「主人公は外国出身ってことはないよね?」
地図を広げてつぶやく。主人公とはいえ子供1人で外国まで行くのは難しいだろう。行き来は禁止されているわけではないが後々リュートと会う事を考えると数年のうちに王都近辺に来る可能性が高い。
リュートに会う前にどうにかして食い止める?
でもどこの誰かわからないと対策しようもない。
「う〜ん。」
ほぼ毎日図書館にこもって対策を考えるが一向にいい案は浮かばない。
やっぱり婚約なしにして関わらないのが一番確実な気がする。
今日も大した収穫も得られず図書館をでる。
「毎日、熱心だな。」
「エイダン兄様?」
扉を閉めたところで意外な人物がいた。一緒にいるのは側近候補のヘンリーだ。宰相の息子で気がつくとよくエイダンの後ろにいる。
いつも王太子としての業務などでほとんど会う機会がない。この間のお見合いで同席してから初めて会った気がする。
「図書館使われますの?」
私は扉の横にあるランプに手をかざそうとした。
図書館の本は古い物もあるので人がいない時は気温や空気の量を本に最適になるよう調整される。
だから入室する際はランプの魔石に魔力を注入する必要がある。
魔力のないエイダンは魔力を込めた指輪を常に身につけているので魔力が必要な際はそれを使っている。
「いや、いい。」
エイダンは首を横にふった。
じゃ何しに来たの?
私は何となく兄が苦手だ。スカーレットは王妃と同じ赤髪碧眼だがエイダンは国王と同じ茶髪茶眼であまり似ていない。年齢も5歳上という事もあり、話す機会もほとんどなかった。
それに多分、私は嫌われている。
スカーレットが我儘姫だからというのもあるだろうが、エイダンには魔力がほとんどない。エイダンには幼いころから魔力がほとんど感じられず成長しても顕現した様子は見られなかった。それとは反対にスカーレットは幼い頃から人並み外れた魔力を持っている。
とはいっても、魔力のあるなしは国の統治には関係ない。魔術は生活に利用されているが軍事利用は禁止されているからだ。魔力を持つ人はまだまだ少数派で普通と違う力で異質と見られる事もある。
小さい頃から前世の記憶と膨大な魔力を持つ妹を疎んでも仕方ない。
「お前はいいのか?」
前置き無しにいきなり言われる。
何が?
「お前はまだ子供だ。何もわからないまま決めてしまうのは…。」
何がいいたいのか分からず首を傾げるが、エイダンは気づいてくれない。
「エイダン、ちょっと落ち着け。」
見かねてヘンリーが声をかけてくれた。助かった。妹ととはいえ王太子の話を私が遮るわけにはいかないから。
「エイダン様は貴方の婚約を心配しているんですよ。」
苦笑いを浮かべ、ヘンリーはこちらを見た。
何で?
関係ないでしょう。あちら様にご迷惑がかかるからかしら?
「スカーレット様は気にしておりませんが、一応、お兄様ですからね。かわいい妹が心配で仕方ないんですよ。」
「ヘンリー黙れ。そうじゃない」
ヘンリーの言葉に驚いた。
今までそんな事なかったのに?いきなりどうしたの?
エイダンは凄い顔でヘンリーを睨んでいたが、ため息をついてスカーレットを見る。
「まぁ、お前があいつを好きならいい。だか、フォルスターは…」
「…仮に、私が嫌だと言ったらなくなりますか?」
何を心配しているのかわからないが、もしかして破棄できるんじゃ。
期待を込めた目で見るが
「すぐには、無理だ。」
「無理じゃないですか?」
「………。」
じゃ、言うなよ。期待したじゃん。
しかもヘンリーとダブルでって。
言いたい事はたくさんあるが、呼吸を落ち着かせてにっこり笑う。
「お兄様にご心配いただけるなんて嬉しいですわ。でもこれはお父様からの命令ですもの。」
うん、一応、心配してくれてるんだしね。
どこから見ても素敵な王子様だ。きっとどこへ行ってもモテモテなんだろう。そんな彼と婚約なんてきっと苦労するだろう。
「リュート様は素敵な方ですもの。きっと多くの方から恨まれるでしょうね。捨てられないよう気をつけますわ!」
物語の通りなら捨てられるどころか殺されますけどね。
胸を張って答えるが、2人は怪訝そうな顔をしている。
「?」
「おまえは、フォルスター公爵家についてちゃんと知っているのか?」
「……氷の、魔術師様?」
そういえばあんまり知らない。
主人公の事ばかり調べていたがリュートの事に関しては婚約解消すると決めて調べずにいた。
長い沈黙の後、深いため息が、聞こえる。
「何か?」
「…いや、いい。時間を取らせて悪かったな。」
心なしか肩を落としてエイダンは背を向けた。
「困った時は言え。できるかぎりの事はする。」
ヘンリーはそんな様子を見てやれやれと肩をすくめる。
「遅くなりましたが、婚約おめでとうございます。スカーレット様。」
私にきれいなお辞儀をしてエイダンの後を追っていった。
一体なんなんだ?




