1.
私、スカーレット・へーネル・シュタートリアは婚約者と顔合わせをした。
これがあの本を思い出すきっかけとなる。
お相手はシュタートリア王国の公爵家の嫡男。私より二歳年上。父親は現国王、つまり私の父の従兄弟で『氷の魔道士』とも呼ばれるほどの実力者イーサン・フォルスター公爵。
はい、ここでわかりましたね。
物語の王子様 リュート・フォルスター様。
顔見た瞬間、衝撃が走ったよ。彼が『氷の貴公子』だって。冗談でなく、背筋が凍る気がした。
それにしてもまだ14歳なのにあの凛々しさったら、正に王子。銀髪青眼ってこんな神秘的で綺麗なんだって思った。
私の方が本当のお姫様のはずなのに。
こんな美少年、普通なら両手をあげて喜びたい。今すぐ部屋のスプリング効いたベッドに飛び跳ねながら叫びたい。
だけど彼、私をたおすんだよね?詳しくは忘れたけど私、あなたに殺されるの?
そう考えたら嬉しいより悲しくなってきた。
ああ、この人は私のことは絶対に好きにならないんだろうな。殺したいほど憎まれるんだよねって。まだ何もしてないのに。
そんなこと考えてたらリュート様は私に微笑みかけてくれた。
思わず頬が熱くなるが、同時に胸が痛くなって泣きそうになる。お腹に力を入れてそんなの一切見せないけど。
やめて。今きついから。そんな顔しないで。
「我がフォルスター家は謹んでこの婚約を拝命致します。」
顔合わせをすると公爵がそう言って頭を下げた。
拝命……そりゃそうだ。この婚約は王命だ。そうでなきゃだれがこんな我儘傲慢姫と婚約したいと思うだろう。
うん。少し落ち着いてきた。やさぐれてきたともいうけど。
というか、私もリュート様もまだ一言も交わしてないからね。顔見ただけで勝手に返事するのどうかと思うよ。
「うむ。2人ともよいな。」
よいなと言われても拒否権ないよね?お父様。
言いたい事はあるけど何も言えるわけがない。
ちらっと横に並ぶ国王であるお父様を見る。人が良さそうな優しげな顔でこちらを見ている。そして少し機嫌が悪そうに私を見るお兄様。そんな顔せずとも我儘はもう言いませんよ。
「喜んで、この婚約をお受けします。」
声変わり前の少し高めの綺麗な声が答える。
「皆さまが宜しければ、私もかまいません。」
隣に座るお兄様がピクリと動いた気がするが、こうして私とリュート様の婚約が成立した。
部屋の中でいくつかのやりとりをして、今、私はリュート様と城の庭園にいる。
ちょうど薔薇の季節のようでほのかに薔薇の香りがする。
目の前にはその雰囲気そのままの綺麗なスイーツとそれにそぐわないポテトチップスが並べられている。
私の発言によりお茶会の定番菓子となってしまった。
それと一緒に用意される、果実水も。
「あらためてよろしくお願いします、スカーレット姫。フォルスター家のリュートと申します。」
先程と同じ笑顔でそう言う。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
こちらも微笑みながら言う。それ以外、何が言える?
押し付けられてご愁傷様さま?
貧乏くじ引いちゃいましたね?
「よりによって我儘姫なんて、最悪ね。」
「は?」
「え?」
しまった。口に出ていたらしい。思わず目をそらすが仕方ない。
「陛下からの命令ですもの。断ることなんて出来ませんよね。」
目をそらしたままお茶をすする。私の好きなフルーツフレーバーのお茶だ。うん、美味しい。
「でもまだ婚約段階で結婚までは時間ありますから。折を見て解消できるよう、私からお願いしておきます。」
ですからもういいですよ。私に構う必要はありません。
綺麗に透き通るお茶を眺め、口をつける。
「それは……僕気に入らないって事?」
「へ?」
飲みかけたお茶をそのままにリュート様を見る。
少し青みがかった銀髪はサラサラで光の当たり方でキラキラしている。
少年とは思えない白磁のようにな肌に人形のように整った顔立ち。美しい海のような青い瞳が不思議そうにこちらを見ている。
幼さは残るものの、凛々しいその姿は紛れもなく王子様のようで
頬がまた熱く感じる。
いや、顔全体が熱い。思わず見とれて息が詰まり、そのままむせた。
「あ、そこは普通なんだ?」
「…ちょっ、ちょっと待って。」
さっきと態度違うよね。ゴホゴホと咳き込むが、リュート様は気にせずパリパリとポテチをつまむ。
「顔が好みじゃないから結婚したくないとかそういうんじゃないんだね。でもろくに話もせずに解消とかはひどいんじゃない?」
そういうと果実水を一気に飲む。ふう、と一息つくと、頬杖をついた。
こちらはまだティーカップを手に持ったままだ。
「えーと、態度違くない?」
「流石に王族相手には猫ぐらいかぶる。」
王子様どこ行った?見た目はかっこいいが、その態度は年相応の子供…と言うかガキだ。
呆然としているとあからさまにめんどくさそうにため息をつく。
「スカーレット姫様は、猫被ったほうがお好きですか?」
「結構です!」
にっこりと、それはそれは綺麗な顔を向けてきたので思いっきり顔を背けてしまった。
「見た目が嫌だってわけじゃないんだね。」
「……かっこいいとは思ってます。」
「知ってる。」
なんかムカつくな、こいつ。ずっとポテトチップスたべてるくせに。
「リュート様は」
「様いらない。敬語もなしで。」
「リュートは私の評判知ってるでしょ?」
「気に入らない侍女焼き殺したって?」
「殺してない!」
焼いたのは落ち葉だ。
ある秋の日、焼き芋をしたくて落ち葉の山に向かって「火、でろー」とかいいながら石をカチカチしただけだ。
だか、その直後、大きな火柱があがった。
近くにいた侍女が断末魔の悲鳴を上げ逃げ出し、残されたのは黒く焼け焦げた地面と前髪が焦げた私。
あの時は周りにメイドも護衛もいた。逃げ出した侍女もまだ城にいる。怪我人も出ていないのに何故焼き殺した事になってるんだ?
「何したの?」
「り、りんご焼こうとしたの。」
「庭園で?」
「焼きりんごっていって焼いたりんごにバターとシナモンをかけるの」
できればアイスとナッツも添えて。考えるだけで涎がでてくる。
「シェフに頼めばいいのに?」
「ゔっ…自分で作りたかったのよ」
しょせん子供の思いつきだ。合理性を求めたってしかたないではないか。
「と、とにかく、私と婚約したって貴方のためにはならないわ。早めに解消できるよう、お父様にお願いする。そのつもりでいてね。」
無理矢理話をもどして宣言する。なるべく危険なものには近づきたくない。
「君がそうしたいならいいけど?」
少し考えるそぶりをして、リュートは立ち上がる。
「じゃ、今日はこれで帰るね」
入り口の方を見ると、あちらも用事が終わったのか大人たちが見えた。
「ええ。会えてよかったわ。」
思い出さなければ死んでたかもしれないしね。
私も立ち上がろうとするが、リュートがすかさず隣に来てエスコートしてくれた。
こういうのができるのが王子っぽいな。
「スカーレット姫」
見上げると王子様の顔があった。
「本日はお会いできてよかったです。」
私の手に軽く、唇をおとす。
「…っ⁈」
驚いて固まる私にさっきまでの悪ガキの目が光る。
このやろう。そのまま殴ってやろうか。
絶対、婚約解消してやる。
そう決意した。