イチゴ飴ヒトツ口の中、ホトトギス。
春の雨は水滴が小さく見えても、しっかりと降る。傘をさしていても、手に下げている鞄がしっとりと濡れる。
これが白い晩秋の頃なら、手弱女の様に嫋々と、ミストの様な雨。一滴一滴が小さいのか、濡れる感じは少しばかり薄い。
芽吹いた緑が可愛い街路樹の根元に、勝手に生えてる西洋タンポポ。綿毛を飛ばした後は、子供が描く、太陽の様な薄鼠色した萼が残っている。
薄桃色の光粉を混ぜたように柔らかな青い色、フアフア綿飴みたいな白い雲がのんびり浮かび流れる、春空の時、パァァァと明るく開いている黄色は、シュッと大事に包まれ、小さくまとまり花びらの先端がポンポン、ちょろりと覗かせるだけ。
歩道には街の緑化運動で置かれているプランター。赤や黄色、しましま模様のチューリップが直立不動で整列。足元に植えられた、青いネモフィエラが可愛く繁る。
だけど雨降りはどれもこれも、花を閉じて一休みしている。子供の頃に、赤のチューリップの中には、小人が住んでいる気がしていた。
黄色ではない、ピンクでもなく、しましま模様でもなく、小人の家は何故か赤いチューリップだと思っていた。
当然だけど。そろりと覗き込んでも、中には何も居なかった。閉じてる花をこじ開けて覗きたくなる。
今なら……、ちょこんと、おやゆび姫が座ってるかも知れない。気が付けば、何時ものコンビニの前に辿り着いていた。
閉じて傘立てに入れると、中へと入る。
朝のパンと卵と……、少し飲みたいから、お気に入りの薄くて甘いお酒とお菓子とお弁当。それと今、少し口が寂しいから懐かしいザラメがまぶしてある、赤や黄色や緑色した真ん丸な飴の袋をひとつ。
鞄の中からエコバッグを取り出すと、レジで適当に入れ込んだ。お弁当が傾いてても私が食べるから気にしない。傘立ての前で、入れ込んだばかりの買い物の中から、飴を取り出し封を切る。
口の中に入る真っ赤な丸い形。イチゴ、メロン、檸檬、葡萄。と書いてあるけど、人工着色料のそれは、人工甘味料の香り。イチゴ風味のシロップ。
甘いあまい飴玉。
店を出たら路地裏へと入るのが私の決まり。傘を開いて先に進む。お気に入りの白い生地には、赤いチューリップの柄が散らされている。
タ、タタタ、タタ、タタタ……、タタタ、タタ。
雨粒が落ちて弾ける音がする傘の下。周りに誰もいない時を伺うと、肩に柄をのせ少し勢いよく、くるりと半分手の中で回す。
くるり。シュッパッ!
シルバーの露先から水滴が、辺りに小さく飛ぶ。
くるり。元に戻す。
もう一度飛ぶ水滴。目の前を行くそれが楽しい。
「子供みたいだな」
不意に声が聴こえた気がした。もしかして。と立ち止まり辺りをキョロキョロ。だけど誰もいない、黄昏時の路地裏の道。駅までの抜け道。独りで歩く仕事終わりの帰り道。
誰も居ないのを確認したら、ふっと寂しくなる。何時まで経っても慣れない。つい……、
責めてしまう。
――、子供みたいな私を置いておいて、さっさと逝ったのは誰かしら。
子供みたいな私なのに、独りでなんでもしなくちゃいけないのよ。
子供みたいな私だけど、なんとかやっているのに。
夢にも出てこないって、どういう事かしら。
心配じゃないの?
私は心配しているのに。
そっちで元気にしているかなって。
私の事、忘れてないでって。
私の事、ちゃんと迎えに来てねって。
ギュッと柄を握りしめる。そこには染め革のタッセルホルダー。貴方のリュックサックにぶら下がっていたやつを、ちょっと拝借している。
口の中でコロコロ転がすイチゴ色。シロップの味が広がっている。
傘の下から空を見上げるのが好き。
雨はね。丸く見えるの。筋を引いて降りてくるのよ。
雪はね。雲の色に溶けて直ぐそこに来たら見えるのよ。
顔が濡れるけど、私は面白いのよ。
泣きたい時には、丁度良いわね。
卯の花月の雨は濡れても冷たさは薄い。南の風が運んだ雲だからかもしれない。そこから落ちてくる水玉は、きっと南の国の産まれ。
だからかしら。冬の雨と違って、頬に当たっても痛くないの。
催花雨という蕾を開かせる暖かい雨は、春先に降るわね。
花散らしという全てを地に落とす雨も、春に降るけれど。
卯の花月の雨水は柔らかく、氷雨の様に肌に刺さりはしない。
四月もあと少しで終わってしまう。雪に閉ざされるこの街に貴方と住んで、桜を何回、並んで見ただろう。両手両足では足りない位、きっと見ている。
忙しかったけど。お互い仕事でちぐはぐしてたけど。それでも時間が合った通勤帰りに。夜にコンビニへ買い出しに行く時に、たまの休日に……。
年々、早く咲くよねと眺めた、ふくふくと膨らむ様に咲き乱れる五弁の花。
今年はとんでもない速さで咲いて散っていった。あまりの速度に、うかうかしてたら見損ねた私。高級感あふれるお弁当を仕入れ、限定花見酒の小さな瓶を友とし、独りで宴をと、洒落込んでみようと決意してたのに。
それが出来たら、少しだけ大人になれてた気がするの。
もうすぐ五月。ホトトギスの初鳴きは、何時になるのかしら。卯の花が咲くのも今年は早いかしら。走り梅雨の時に咲くそれ。山に遊びに行ったとき、斜面に咲いていたソレ。
渓流沿いの宿で、深夜に聴こえたホトトギスの声。
「特許許可局、て聞こえる……」
噛み噛みじゃない。と笑って耳を澄ませて聞いた、サワサワ流れるせせらぎに交じる囀り。
特許許可局、特許許可局。特許許可局。
ホトトギスは血を吐きながら鳴く。番を求めて、真っ赤な血を吐きながら囀ると言われているけれど。ソレはこの鳥の口の中が、真っ赤な色をしているからだとか。
私の口の中も今、イチゴシロップの味で、甘く真っ赤になっている。丁度良いわね。
貴方の名前を血を吐く迄、声出し呼んでみようかしら。
貴方の名前を口の中を真っ赤に染めて、叫ぼうかしら。
部屋にアリアを流したら。御近所さんも気が付かないと思うのよ。
そしたら、逢える気がするの。
「子供みたいだな」
そう、私は子供なの。聞き分けが悪い子供なのよ。
そう、赤いチューリップの中にはおやゆび姫が居るって信じてる。
そう、雨が降れば傘をくるくる回すのが好きな。
子供なの。だから、
逢いたいな。夢でもいいから。空を見上げて、落ちてくる水に、顔も髪も濡れるけど、構わず声に出す。
「来たら葡萄色した飴玉を貴方にあげる。ちょっとワインみたいな味がすると思うのよ」
あまり呑めないな私のソレに、そんなものは要らんと、辛党の貴方の声がタタタと、雨粒のリズムに合わせて聴こえた気がした。
終。