恐怖のゲバゲバモンスター
腹が減った。なんでもいいから食べたい。
俺は今まで空の上にいた。いや空気すらない凍てつく空間の中、俺は彷徨っていた。
いつからなんて覚えていない。いくつもの星が生まれては死んで、生まれては死ぬを繰り返していた。
そんな俺はついにある星へたどり着いた。空の上では煌びやかな光を放つ、異様な岩山が目立っていたな。その一方で俺のいる場所は狭くて暗く、腐った水が流れていた。
俺はそこに住む生き物の頭に憑りついてやった。チューチュー鳴く毛むくじゃらで前歯が長い生物だ。
俺はなぜかは知らないが生き物の身体を乗っ取ることができる。別に教わったわけじゃない。本能だな。
俺はそいつの身体に潜り込み、どこを根城にすればよいか探っている。ぶちぶちと身体が裂けるため、チューチューからギャーギャーと騒ぎ始めた。俺には関係ない。
やがて俺はそいつの頭にたどり着く。どうやらこいつの身体は頭にあるぶよぶよした臓器が重要らしい。仮に脳と呼ぶか。俺はなんでも知っているのだ。
身体を乗っ取ると、口から涎を垂れ流すがなかなか心地よい。初めて自分の足で歩くなど感動ものだ。俺はさっそく空腹を抑えるために獲物を探した。
おお、いたいた。俺と同じ姿をした連中がうじゃうじゃいる。チューチュー鳴いているが、なぜか身を寄せている。今の俺は寒さを感じ始めた。恐らくは互いに暖めあっているのだろう。
ふふん。こいつはいいな。一匹ずつ食べるのは面倒だ。一気にまとめて食べてやろう。
俺は身体から触手を数十本出した。なぜ出せるのかはどうでもいい。大事なのは今できることなのだ。
俺は触手で仲間らしい生物を縛り上げた。そしてぱっくりと身体を開くとバリバリと食べていく。
うまい。初めて食べたがこれほどうまいとは思わなかった。最初に食べたから感動が大きいのかもしれない。
俺はそこにいた生物をすべて喰らいつくした。うむ、満福だ。食べるときに生物が悲鳴を上げていたがなかなか甘美な響きである。食事も大切だが過程も重要だな。
大きくなった身体は重くてかなわん。ごろんごろんと身体を転がして移動している。途中でカサカサ這いまわる黒光りした生物が壁にびっしり張り付いていた。うむ、こいつらも食べてみるか、触手を使って、こいつらをすべて喰らいつくす。
ぱりぱりしていい歯ごたえだ。悲鳴を上げないのが若干つまらないが、それはいい。
どうもここにはいろいろな生物がいるようだ。そいつらを食べて回るのも悪くないな。
俺は数時間かけて外に出た。臭いはどうでもいいが、外には色々な獲物が食べられそうだったからだ。
空から見るとやたらと眩しかったが、ここでは暗くじめじめした世界が広がっている。奇妙な生き物が徘徊していた。ブロロロロと変な音を立て、不快な臭いを出している。
どうもあれは食べられそうにない。まずそうだ。俺の身体は最初に食べた生物より、かなり変形している。当初はぶよぶよに太っていたが、今はこじんまりとした身体に整っていた。俺がそう調整したからだ。
そして俺は悟った。俺には生き物の頭を操る力を持っていると。ニャーニャー鳴く4本足の生物を食べた時、色々な情報が流れてきた。こいつは猫という生物で、最初に食べたのはネズミというらしい。
俺は自分の食欲を満たすため、獲物を探している。すると岩山の隙間に巨大な生物を見つけた。人間という奴で、女という生物だ。猫というのは割と頭の良い生物らしい。
女はぐったりとしていた。何やらわけのわからないことをしゃべっている。
ちょうどいい。こいつの頭を乗っ取ってやるか。そこから情報を引き出すのも悪くない。
俺はぴょんぴょんとそいつの元へ跳ねていく。そして首を垂れているところに飛び移った。
「ぎゃっ、なっ、何よ!!」
女が喚く。じっとしていろ。これからお前の脳をいただくんだから。
女は必死になって頭をかきむしる。もう俺の身体はこいつの脳に到達している。がりがりと頭蓋骨を削り、そこにある脳を食べていく。こいつの仕組みはもうわかった。俺の身体が脳の代わりになるのだ。
「ぎゃっ、がががっ、ぐへぇ!!」
女は悶えると、口からゲロを履いた。そして顔からゲロの海に突っ込むと、びきんびくんと痙攣する。
数分も経つと女は立ち上がった。先ほどの胡乱な目つきとは逆に目が鋭くなっている。
「……へぇ、なかなかいい感じだな」
俺はその人間の持つ情報を手に入れた。この世界の常識やそいつの人生をまるごといただいたわけだ。
「くっくっく、この身体を利用して、誰を食おうかな……」
俺は顔にこびりついたゲロを拭くと夜の街を彷徨った。良い獲物がいないか探すためだ。
どうせなら赤ん坊か幼女がいいな。泣き叫ぶそいつらの肉はさぞかし美味だろう。そして子供を無残に食い殺されたことに半狂乱になる親の姿を見物したいな。
それとどこか女を拉致監禁して、毎日、一口ずつ齧り、何日で死ぬかも試すのも悪くないね。
先ほどまでは考えもしなかったが、人間の頭脳は素晴らしい。心がうきうきしてくるよ。
公園に行くと一人の女がベンチに座っている。野暮ったい服装の若い女だ。周りは誰もいない。いい機会だと思った。
「お嬢さん、隣いいかしら?」
「え? 構いませんが」
俺は図々しくも隣に座る。女は困惑していた。所謂田舎から出てきたオボコ娘という奴だろう。乗っ取った人間の記憶から調べたのだ。
対する俺は都会の女らしい。ちょいと見た目の良い女に誘われる。この女は驚いているだろう。
決めた。この女を食べよう。一思いに食べるのはもったいない。脳だけ残して死なないようにし、身体をむさぼり食べるのだ。その後頭だけになった自分を見せつけ、さらなる絶望を味合わせる。最高だね。
「ねえ、君可愛いね。お姉さんといいことしない?」
「いいことって、なんですか?」
「こういうことさ!!」
俺は首筋から触手を出す。この女の脳を乗っ取り、操り人形にするのだ。
しかし若い女は動じる気配がなかった。
「あら、同類だったのね」
若い女がにやりと笑う。すると身体が真っ二つに割れた。そこから別の触手が出てきて俺の身体を……。
☆
「起きたかしら?」
俺は目を覚ました。俺は食われたはずでは? 目の前に俺を食った女がにたにた笑っている。
俺の身体は動かない。女が両手で掴んで持ち上げているのだ。
周りを見ると、どうやら廃屋の様だ。壁にはびっしりと赤黒い肉塊がひしめいている。俺はどうなったんだ?
「あなたはねぇ、私に喰われた後、胎児になったのよ。私は食べた相手の子供を授精する性質なのよね。そして産んだ赤子を食べる。まさか、広い宇宙で同類と出会うとは思わなかったわ」
ぱっくりと身体が縦に裂けた。けたけたと笑っている。こいつは俺と同じ生物に憑依するが、俺とは別の性質を持っているようだ。壁に張り付いている肉塊はこいつが産んだ胎児なのだろう。
「本当はこのままあなたを食べてもいいのだけど、もったいないわ。あなたは仲間を増やしたことがあるかしら?」
試したことはない。だがやろうと思えばできるはずだ。俺は試しに壁に張り付いた肉塊に触手を伸ばす。脳に宿主が寄生し、肉塊はべりっと剥がれ落ちた。
すると四つん這いになり、身体から触手が無数生えてくる。女はひょうと首を持ち上げると、身体を割って、ばりばりと赤子を食べた。
「ああ、おいしいわ。こんなおいしい赤子は食べたことがない。ねえ、私と手を組みましょうよ。この地球では人間が多すぎて少々消えたくらいでは騒がないの。あなたの触手を利用すればもっと効率よく人間を食べることができるわ。いいでしょう?」
なんとも図々しい願いだろうか。俺を食べたくせに。しかしうまい食事を得るには協力者が必要だ。
まあ、喰われたことはどうでもいい。この世界は弱肉強食だ。こうして俺の意識が復活したのも縁というものだな。
俺は壁に張り付いた赤子を食べる。うん、うまい。こんなうまいものを食べられるなら手を組むのもやぶさかではないな。
とびらの様の人外短編企画の三本目です。
ちょっと吐き気のする気持ち悪い作風にしました。
ゲバゲバの意味は特にないです。
なんとなく意味不明な感じが怖いと思ったので。