表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナオのゴスペル  作者: 花時名 裕
第一章 旅の始まり
8/77

8 旅立ち



「それじゃ行こっか。忘れ物ない?」

「はい。……平気だと思います」


 クレムさんが落ち着いて、それからまあ、色々と赤面もののやり取りを交わして、私たちは小屋を出た。


 私たち二人は万全の旅装束。クレムさんに至っては、暗褐色のフードつきコートをばっちり着込んでいる。暑くないのかな?


「これからどうするの?」


 そうして山道を下りながら、私は今後の予定を尋ねる。恥ずかしながら、都へ行く計画は全部二人に立ててもらった。お金まで出してもらって、まるきりおんぶに抱っこだ。


「まずは徒歩で、ユクレストの町まで向かいます。たぶん、今から出れば日没までには到着できると思います」


 うん。クレムさんも変な遠慮とかしなくなったね。


「じゃあ、今日はそこで一泊?」

「はい。ただ、駅馬車が出ている町ではありませんので、もうしばらく歩きですね。どなたかと同道できればいいのですけれど」

「ふーん。誰かと一緒に、っていうのは?」

「盗賊避けの用心だ。街道にはならず者も多い」


 そう答えたのはミリーさんだ。彼女も私たちの旅についてきてくれることになった。まあ、私といればいろんな体験ができるし、ひょっとしたら教会で、彼女自身の出生についても何か分かるかもしれない。


「――盗賊とか出るの!?」

「え? ああ、ミリー様ですね」


 私のリアクションに、ワンテンポ遅れてクレムさんが答える。あ、しまった忘れてた。


「あ、そうだ。クレムさん。ちょっと手を出してくれる?」

「? はい」


 可愛らしく小首を傾げ、私の前に手を差し出すクレムさん。まあ手袋までして。この子外に出る時はやたらと肌を隠すなあ。昔の人だから露出とか厳禁なのか。


「ごめん。ちょっと手袋ずらすね」


 そういって、私は彼女の右手首に組み紐を結わえ付ける。


「これで、どうだろう?」

「え、これは……」


 驚く彼女に、私は小さくガッツポーズをする。


「成功した? ミリーさん見えてる?」

「は、はい。見えています。でもどうして?」


 いちいち私を介さないと、クレムさんとミリーさんは話ができない。これは健全な交流を著しく妨げると判断した私は、何とかできないかと一計を案じた。


 それがこれ、私の髪の毛を編み込んだミサンガだ。いや、抜けた毛で大丈夫なのかと思ったんだけど、物は試しで作ってみたら、ばっちり成功したみたい。


「これで二人もいっぱいお話しできるね」


 私が得意げに胸を張ると、


「ますますもって意味のわからない娘だ。だが、感謝する」


 と、ミリーさん。


「……こんな素敵な物を、ありがとうございます」


 クレムさんも嬉しそう。いや、その辺のひもで作った奴だから、あんまり綺麗でもないんだけど。


「あの、ミリー様。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」

「私こそだクレメント。いや、クレムと呼んでも構わないか?」

「はい。もちろんです」


 早速、仲良さげな二人に、私もうんうん大満足です。


「で、えっと何の話してたっけ。あ、盗賊だ!」

「はい。首都への街道は人通りも多いですし、そう言った輩も出ます。出来るだけ大勢で動いた方が安全なんです」

「まあ、他の旅行者もそれは分かっているから、道連れが得られないことはまずない。朝一で町の入口に行けば、隊商にでも合流できるだろう」


 と、二人が説明してくれる。いや頼もしい。けど、異世界怖いなあ。私一人じゃ絶対どこかで野垂れ死にしちゃうぞ。


「それに、安心してください。……何かあっても、私がきっと、ナオ様を守りますから」


 と、クレムさんが決然とそう言う。


「あ、そう言えばクレムさん腕に自信があるとか言ってたっけ。何か格闘技とかしてたの?」


 最初にミリーさんを捜しに行くとき、彼女は木製の剣を持って行った。旅には不要なので置いて出たが、毎晩素振りを日課にしていたみたいだし。


「え、は、はい。その……剣術を、少し」

「そうなんだ。カッコいい」


 雑談しながら、山道を降りる事しばらく。


「ここがマトヤの村かぁ」


 林を抜けて麓にでると、そこには牧歌的な村が広がっていた。


「へえ~」


 私はしげしげとその光景を眺める。


 藁葺き屋根に、木と漆喰で出来た家。道路は土が剥き出しで、石積みの低い塀が家々を隔てている。まるきり昔のヨーロッパの村って感じ。でも、


「……なるほど」


 私が知っている映像の中の情景とは、まるで違う。土と草と、あと動物の落し物の匂い。どこかから聞こえる家畜や子供の声。


 文明によって整えられた村とは違う、剥き出しになった生活の息吹。人々が日々を懸命に生きる、現実の世界なのだ。


「……うん。覚悟できた」


 ずっとクレムさんの山小屋で過ごしたから、いまいち実感が薄かったけど、私は異世界の地を踏んでいることを改めて確かめる。


 これから先、たぶん私では想像もつかないことが起きるんだろうけど、けど大丈夫。頑張って立ち向かえる。――友達もできたし。


「さ、行きましょう」


 と、クレムさんは足早に村を歩く。

 村長さんに挨拶しなくていいのかと聞いたら、もう出立する旨は伝えてあるとの事。


「ふ~ん……」


 でも、何かがおかしい気がする。違和感の正体に気付いたのは、村を中ほどまで過ぎてからだ。


「人、居なくない?」


 村に人影が全然見当たらないのだ。そりゃあ、まだ朝も早い時間だけど、農家の人は早起きだって言うし、誰かしら歩いてそうなものだけど。


 普通、村から巡礼者が出発するなら、誰かしら見送りに来ない?


 それに、よく見ればどの家も窓や扉を固く閉めきっている。これも変だ。

 山小屋暮らしをしたから良く分かるが、この時代、朝起きて一番にするのは窓を開けることだ。石と木で作った家は、とにかく中が暗い。ロウソクも只じゃないんだし、閉めきるなんてありえない。


「……皆様、農作業に出ているのでしょう」


 そう答えるクレムさんの声は、どこか冷たく、断定的だ。いつもの淑やかで優しい声音とは、明らかに違う。


「…………」


 村の様子に、ミリーさんも怪訝な表情を浮かべている。ただ、彼女はわざわざ疑問を口に出したりはしなかったけど。そして、


「お? なーんだ」


 とある家の前に差し掛かって、ようやく例外を見つけた。

 戸板を上げて、窓から子供が外を見ているのだ。

 小さな子供は私と目が合うと、興味津々といった風に眺めてくる。


「おっはよ!」


 私は笑顔で手を振り、子供に挨拶する。と、次の瞬間、


「な――」


 有無を言わさぬ勢いで、子供が家の中に引き戻された。


 そして母親らしき女性の腕が、乱暴に戸板を降ろす。

 バタンと戸板が打ち付けられる音が、空疎(くうそ)な村に嫌によく響いた。


「なんでよ……」


 ここに至って、ようやく気が付いた。

 私たちは、この村の人から避けられている。いや、避けられているのはきっと――


「…………」


 私たちを先導するクレムさんが、微かに俯いている。

 フードを目深に被り、背後から表情は窺えないが、その後ろ姿からは、いわく言い難い感情が発せられている。

 だんだんと小さくなるクレムさん。彼女の歩調が速くなったのだ。


「ま、待って……」


 思わず、私はその背中を追いかける。

 クレムさんはもう早歩きを通り越したスピードで、一気に村を突っ切ってしまう。


 そして村の門を抜けると、目の前には延々と延びる街道が現れた。

 そこでようやくクレムさんの歩みは緩み、遂には立ち止まった。


「…………」


 何か言いたくて、それでも言葉にできないといった葛藤が、その背中越しに伝わる。

 ローブを纏ったその体は、私とそう変わらないはずなのに、ひどく小さく、儚く見えて、


「あ、あの――わひゃ!?」


 私はクレムさんが何かを言う前に、その背中に思いっきり飛びついた。


「ななな、ナオ様!?」

「そう言えば、まだアレやってなかったね」

「あ、アレ!?」

「折角旅に出るんだし、最初で躓くとケチが付いちゃう」


 私はそう言って、クレムさんの背中に乗っかったまま、右腕を空高くつきだす。


「王都にいくぞー!!」

「へ、え、ええ!?」


 混乱するクレムさんに顔を寄せ、作法を伝授する。ミリーさんも横でそれを聞いて、何か愉快そう。


「もう一遍! 大きな声で! 王都にいくぞー!!」

「お、おー!!」「おー」


 と、恥ずかしそうなのと、棒読みの掛け声が青空に響く。

 きっと、クレムさんには何か人に言えない事情があるんだろう。私に良くしてくれるのも、それが理由かもしれない。


 けど、それが何? 誰だって一つや二つ隠したいことはある。でも、この子が私に寄せてくれる信頼は本物だ。だから私だって、その思いに応えたい。


 道は曲がりくねって、それでもずっと遠くまで続いている。

 この三人で歩いて行こう。何処に着くにせよ、きっとこの旅は最高に楽しい。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ