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ナオのゴスペル  作者: 花時名 裕
第一章 旅の始まり
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7 荷造りの途中で



 それから数日後。


「現金よし。着替えよし。食料よし。保険証なし」


 私は朝から山小屋の中で、旅の荷物の最終チェックを行っていた。


聖示物(ミュステリオン)は厳重に管理するように。腹にでも巻きつけておくのが一番安全だろうな」


 作業を眺めながら、そう指示するのは白いドレスの幽霊少女、ミリーさん。

 私の視線の先には、布の上に大仰(おおぎょう)に鎮座する木製のスプーンが。


「う~ん、どうしたもんかなぁ、コレ……」


 人間の切なる願いに応え、神様が下し賜る奇跡のアイテム、聖示物(ミュステリオン)


 私が使っていた木匙に宿ったのは、なんと(すく)った食品をまったく減らさずに複製するというとんでもない能力だった。


 そりゃあもう理解不能な代物で、スープやお粥(ポリッジ)はもちろん、小麦粉や塩も無限に掬えるし、それどころかパンをこのスプーンで裂けば、千切ったところが何事も無かったかのように元に戻るのだ。


 物理法則に真正面から喧嘩を売る、まさに魔法のアイテムだ。


「でも、神様もなんで私にこんなのくれたのかなぁ」


 魔法のスプーンが現れた時は、皆まとめて大混乱。

 あーだこーだと話し合い、結局、これはどうやら私が望んだためにできた物らしいとの結論になった。


「よっぽどお願いしないとできないんでしょ? 私なんて神様の名前も知らないし」

「とはいえ、何事かは願ったんだろう?」

「そりゃあね。ミリーさんとクレムさんに、もっと美味しい料理を食べさせるぞーって」

「……そうか」


 決定的だったのは、魔法のスプーンが私にしか使えなかったことだ。


 聖示物(ミュステリオン)は誰にでも扱える物ではなく、その奇跡の力を担う者を厳しく選ぶ。

 選ばれた者は託宣者(アクシオス)と呼ばれ、神様の慈愛を体現する者として、また神様に認められた敬虔な信徒として、人々から尊敬されるそうだ。


 まあ、聖示物(ミュステリオン)を作り出した人間は必ず使えるらしいので、私がこのスプーンを作ったんだろうというのは分かる。腑に落ちないけど。


「んー神様でも人選ミスするのかな?」

「まあ、どちらにせよ置いていく訳にはいくまい」


 そう、まったくもってその通り。

 私の前のテーブルには、二人分の大きな鞄に、服やら食べ物やら、旅行に必要な品があれこれと並んでいる。

 王都オストバーグを目指すための準備だ。


 私が都に行くのは、教会の人に身の上を相談する為。でも、ただ普通に訪ねても、訳わからない世迷言を垂れ流しに来たと追い返されない。


 でも、この魔法のスプーンがあれば話は違う。私は間違いなく教会の人に親身になって話を聞いてもらえる。らしい。ただ、


「でも、逆に捕まえられちゃったり、とかも考えられるんでしょ?」


 と、私はミリーさんに尋ねる。


「ああ。可能な限り慎重に立ち回った方がいい。聖示物(ミュステリオン)は強大な力だ。君はまったく後ろ盾のない人間なのだから、下手に露見すると必ず面倒を呼び寄せる」


 聖示物(ミュステリオン)とそれを扱える託宣者(アクシオス)は、とんでもなく希少な存在だそうな。

 なので、原則的には教会や国の管理下に置かれることになるらしい。


 で、仮に私が教会の保護を受けても、それで地球に帰る方法を探してくれるかは怪しい。少なくとも、他に魔法のスプーンが使える人が見つかるまでは軟禁されるだろう。


 考えてみれば、少しずつとはいえ、無限に食べ物を生み出せる魔法のアイテムなら、誰だって喉から手が出るほど欲しいだろう。


 ちゃんと管理して扱えば、この世から飢餓を無くすことも可能かもしれない。まあ、使用者は間違いなく腱鞘炎になるだろうけど。


「うーん、でもなぁ……」

「不満そうだな。……珍しい反応だ。託宣者(アクシオス)となった者は、大概は狂喜乱舞するものだが」

「いや、困惑の方が強いよ。それに……」


 私がこのスプーンを持て余しているのは、その特異な能力からだけではない。


「ただいま戻りました」


 すると、山小屋の木戸が控え目にノックされた。


「あ、おかえり~」


 自分の家なのに、律儀に入室を請うのはクレムさん。――彼女のことで、私ちょっと困ってる。


「……お待たせをいたしましたナオ様。旅券が無事に整いましたので、直ぐにでも出発できます」

「あ、うん。ありがと……」


 彼女は麓のマトヤ村で、村長さんから通行許可証を貰ってきてくれたのだ。別に、そう堅苦しいものじゃなく、マトヤ村の人間が、王都の大聖堂まで巡礼に行きますよ。って保証してくれただけの紙。けど、あるのと無いのとじゃ、いざという時全然違うらしい。


「……あ、荷物だいたい纏め終わったよ。ついでに時間もあったし、ちょっとだけ部屋も掃除しといた。長い間空けるし、戸締りもきちんとしないとね」


 私がそう言うと、クレムさんははっと息を呑み、


「そ、そんな、乱雑な家で申し訳ありません!」


 と、慌てて頭を下げてくる。


「ちょ、ちょっとちょっと。別にそんなことない、整理整頓された綺麗な家だよ! 私が勝手にやったんだから、謝るようなことないよ!」

「ですが……ナオ様にそのような真似をさせてしまうなんて……」


 ――これだ。もともと真面目で控え目な子だったけど、私が魔法のアイテムを作ってから、もう目に見えて恐縮しっぱなしになった。


 どうやら、私が託宣者(アクシオス)というのになってしまった所為で、敬虔な彼女は前にも増して気を使うようになったらしい。


 ただ、この下にも置かない態度を取られるのは、随分心苦しい。せっかくクレムさんと仲良くなれたのに、大きく突き離されてしまったように感じる。


「えっと、私の分も許可証貰ってくれたんだ。でもよかったの? 村の人間じゃないのに。っていうか、まだ村長さんに挨拶もしてないや」


 務めて明るく話しかけるも、クレムさんはお堅い態度を崩さないままだ。魔法のスプーンの所為で、ここ何日かずっとぎくしゃくしてる。


「……その、ナオ様は本当によろしかったのですか? 聖示物(ミュステリオン)の事を話せば、村の者も惜しみなく協力してくれたと思いますが」


 と、クレムさんが遠慮がちに問うてくる。


「うん、ミリーさんとも話し合ったんだけど、やっぱり聖示物(ミュステリオン)は隠した方がいいかなって。教会を頼るのは一緒だけど、それ以外に身動きできなくなるし……」


 と、かねてから考えていた意見を述べる。


 聖示物(ミュステリオン)ができた時、クレムさんはこれを教会に持って行けば万事うまく取り計らってくれると主張した。


 王都まで自分たちで行かなくても、近くの教会で奇跡を実演して見せれば、皆が惜しみなく援助してくれると。


 大聖堂へ紹介状も書いてくれるだろうし、何となれば聖地アーネムリントに直接連れて行ってくれるかもしれない。わざわざ苦労することはないのだと。


「それは、そうかもしれませんが……」


 でも、私とミリーさんはその申し出を拒んだ。

 さっき話していた事情もあるけど、一番は別の理由からだ。


「ねえクレムさん」


 意を決し、私は彼女に向き直る。スカイブルーの美しい瞳が、儚げに揺れ動く。


「私、あなたの迷惑になってるかな」


 卑怯にも、そう尋ねる。


「そ、そんなことありませんっ!」


 慌てて否定するクレムさん。――うん、知ってる。


 聖示物(ミュステリオン)が私の手の中になくても、彼女はずっと私の身を案じてくれていた。

 それこそ、一緒に王都まで行こうと話をしていたのだ。


 旅費だって出してくれるって言う。蓄えはそれなりにあるから、気にしないでって。

 私はこの世界のことは何も知らないけど、それでも気安い話じゃないのは分かる。


 お金だけじゃない。彼女は私の為に、道案内まで買って出てくれたのだ。

 村長さんに話して暇を貰うって。別に大した仕事でもないから、留守にしても誰も困らないって。


 私には何も返せないのに、クレムさんは直向きに、私の事を思ってくれる。

 教会を頼るように勧めたのも、それがきっと私の為になると思ったからだ。


 どうして彼女がそこまで良くしてくれるのか、わからない。きっと何か事情があるんだろうとも思う。


 けど、私は彼女の好意を疑わない。

 クレムさんと過ごした日々は本当に短いけど、それでも、彼女とは友情で結ばれていると信じている。だから、


「私、嫌なんだ」

「え?」

「クレムさんがよそよそしくなっちゃうの。もっといっぱい、色々お話したいのに」

「ナオ、様……」

「折角あなたと仲良くなれたのに、それがこんな形で終わっちゃうなら……」


 私は一旦言葉を区切り、


「この聖示物(ミュステリオン)があれば、誰からも尊敬されて、きっと大金持ちにもなれるのかもしれない。……でもその代わりに大切な友達を失うなら、

 ――私、こんなスプーン要らない」


 そう、心の底から思いを伝える。


「――――」


 山小屋に、静寂が満ちる。

 私は本心を伝えた。後悔はない。……ああ、でも、この待つ時間はすごく怖い。なんでもいいからそろそろ返事を、と思っていると、


「ちょ、わ、わわ!」

「え、……あ、あれ……」


 クレムさんの瞳から、大粒の涙が零れだした。


「え、ちょ、どうしたの? な、泣くことないじゃん!」


 青い瞳から零れる涙は、彼女の双頬を止めどなく濡らす。

 最初は困惑していたクレムさんも、徐々に自分の様相に気付いたのか、両手で目元をぬぐいだした。


「あ、す、すみませ……う、ふ、ふぐ……」


 でも、次第に涙の量は増し、クレムさんの感情も昂ぶってくる。


「ふ、ふえ……」

「あーもう、泣かないでって! しょーがない子だなぁ」


 私は彼女を優しく抱きしめ、慰める。これ二回目だ。何回やっても気恥ずかしい。けど、


「…………」

「ありがと。ミリーさん」


 今回は、私一人じゃない。幽霊少女は普段と変わらない無表情で、それでも優しく、クレムさんの背中を撫でてくれた。




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