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ナオのゴスペル  作者: 花時名 裕
第二章 麗しき三賢者
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24 異様な市街



 その日の夕方。私は黄金色に染まる石造りの街を歩いていた。


「すみません。学校の馬車なのに無理頼んじゃって……」

「いいえぇ。馭者(ぎょしゃ)さんもよく知ってる方ですからぁ」


 隣を進むのはユニスさんだ。他にはクレムにミリー、テオドラさんも一緒になって、私たちはハーミル区のピアソン不動産へと向かっていた。


 あれから、善は急げとばかりにロレッタちゃんの家族を迎えに行った私たち。フレーザーさんに挨拶したり、荷物を運んだりして、皆さんを迎え入れた時には夕方になっていた。


 丁度その時、仕事を終えたユニスさんがお店に来てくれたのだ。


 知らない人たちと出くわして驚いた様子の彼女に、私は今朝からの出来事を説明。そうしてこれからシーラさんに会いに行くと告げると、彼女も同行を申し出てくれた。


「それにしても、よくあんなに作りましたねぇ」


 と、ユニスさんがのほほんと褒めてくれる。


 彼女が言うのは、私たちが用意した差し入れの軽食だ。


 籠一杯のパンに山ほどの焼き菓子、お鍋一杯のスープに樽ごとのドリンク。作ったはいいものの運搬方法を全然考えておらず、どこかで荷車でも借りてこようかと考えていた矢先、ユニスさんが大学の馬車に乗って現れたのだ。


 で、食事を運んでもらえないか交渉。貨物の運搬なんて業務外だけど、幸い気心の知れた馭者さんで、快く請け負ってくれた。


 ただ客室が満杯になったので、私たちは徒歩で移動することに。


「ユニス。あなた本当に付いてきていいの?」


 すると、背後から鋭く問う声。テオドラさんだ。


「ええ? 何がです?」


 のんびりと振り返り、小首を傾げるユニスさん。


「私たちはこれからピアソン一家の拠点に行くのよ。学校にばれたら、あなた面倒なことになるんじゃないの?」


 テオドラさんがさも心配そうに説明する。


 曰く、表向きは街の名士として通っているピアソン一家だけど、彼らがオストバーグの裏社会に影響を及ぼす組織だということは、公然の秘密だそうな。


 シーラさん個人とこっそり会うならともかく、彼らの拠点に乗り込んでいけば、流石に関係を疑われる。

 自分たちはともかく、ユニスさんは地位も名誉もある教授先生なのだから、キャリアに傷がつくのではないか。と心配しているのだ。


「それに、オストバーグ大学は伝統的に政治的には中立の立場でしょう? あなた、下手すると解雇もあるわよ」


 そうテオドラさんが言う。


 え、そこまでなるの? って思ったけど、この世界って風評とかめっちゃ重要らしいし、後ろ暗い関係は疑われるだけでアウトなのかもしれない。


「……平気ですってばぁ。友達のお見舞いに行ったくらいで、怒られませんよぅ」


 ユニスさんは一瞬真面目な顔になって、でも直ぐに柔らかな笑みを浮かべる。


 テオドラさんはなおも何か言いたそうだったけど、口をつぐんだ。真剣に考えた上での選択なら、尊重しないと。


 そうして私たちはタルマラ区の商店街を抜け、ピアソン不動産のあるハーミル区へと向かう。その途上、


「ちょっと君たち。どこに行くんだい?」


 胸当てを付けて兜をかぶった男性たちに声をかけられる。

 オストバーグ市の巡回警備隊に、職務質問を受けたのだ。


「えっと……」


 酒場に押しかけてられた時の事を思い出し、ついたじろいでしまう。すると、クレムがすっと前に出て私を庇ってくれる。


 剣をぶら下げた男性たちは五人。口調こそ親しげだけど、何やら妙な威圧感がある。笑顔が妙に嫌らしい感じだし、それとなく間隔を広げ、囲むように近付いてくるなんて、ごろつき連中みたい。


「この辺りはあまり柄が良くないよ。若い娘さんがうろつくのは良くないな」


 と、警備隊の連中が言う。


 確かに、ここは歓楽街のすぐ近くだ。もう日が沈みそうな時間だし、私たちが夜遊びに出向いたものだと思ったのかも。


「それとも、これからお仕事かい?」


 そう尋ねつつ、男たちが下卑た笑い声を漏らす。


 あ、こらっ、クレムのフードを覗こうとするな。テオドラさんに色目使うな。ユニスさんの胸を盗み見るの止めろ。バレバレだぞ。


 くそ、私たちが美女揃いだからっていい気になりやがって。でもどうしよう、上手く職質を切り抜けないと……


「ああ、私たちはこういうものです~」


 すると、ユニスさんが落ち着いた様子で鞄から何か取り出した。

 あれは封書? 表に印章が刷ってあるけど。


「ッ――いや、失礼しました。大学の関係者でしたか」


 それを見た途端、警備隊の態度が変わった。なれなれしい笑みが消え、そろって硬い面持ちとなる。ユニスさんが見せたの、大学の校章だったのか。


「これから友人宅を(おとな)う予定でして」


 彼女がそう告げると、


「ああ、そうでしたか。いえ、最近は街も物騒でして、どうぞ、お気を付けください」


 警備隊の人たちは取ってつけたかのような理由を並べ、私たちを解放してくれた。

 肩書の力って凄い。これ、私たちだけなら絶対に面倒な目に遭ってただろうな。


「……確かに、随分と精力的に動いているわね」


 警備隊の人たちが見えなくなると、テオドラさんが深刻そうにそう溢す。


 巡回する警備隊の姿がやたらと多い。しかも、いつもはめんどくさそうに道を歩いているだけなのに、誰彼かまわず職質を繰り返してる。

 さっきなんて、屋台の人が無届だとかで警備隊に囲まれて怒鳴りつけられていた。


 街の雰囲気が、すごく重苦しい。

 辺りも暗くなってきて、歓楽街はこれからお店を開ける時間なのに、行き交う人の姿はまばらで、どこもかしこもひっそりと息を潜めているよう。


 こんなに取り締まりが厳しいなら、呼び売りの子も商売になるはずがない。

 私たちは誰とも無しに頷き合うと、歩くペースを速めた。




   ×   ×   ×




 ピアソン不動産に着いた時には、日は完全に暮れていた。


 学校の馬車は先に到着していて、前の通りで私たちを待っていた。馭者さんにはお礼を述べて、チップも大目に渡しておく。


 ただ、不動産屋にはひっきりなしに人が出入りしていて、なんだかとても慌ただしそう。


「おや、ナオさんたちじゃありませんか」


 入るタイミングを見計らっていると、丁度建物から出てきた男の人が声をかけてくる。


 四十絡みのマッチョで豪快なおじさんは、ピアソン一家のトッドさん。クレイグさんの部下で、シーラさんともよく一緒にお仕事をしている。


「や、よく来て下さいました。お嬢に用事ですかい?」


 トッドさんが気さくに話してくれる。


「はい。シーラさんに会いたくなって来たんですけど……お忙しいですか?」


 私は来意を述べ、そう尋ねる。


 建物には相変わらず人の出入りが続いていて、しかも中からは怒声まで聞こえてくる。どう見ても、修羅場真っ最中って感じ。


「いやぁお恥ずかしい。最近少し立て込んでましてね。ただまあ、どうぞお嬢に顔を見せてやってください。喜びますよ」


 と、トッドさん。


「やっぱり大変なんですか。……あの、私たち、皆さんに差し入れ持ってきたんです。よかったら召し上がってくれませんか?」


 私はそう言って、馬車から下ろしたパンの籠を見せる。


「こいつぁ……あの馬車の中全部ですかい? こりゃどうもすみません。ありがたく、頂きますよ」


 すると、トッドさんは喜色を浮かべて頷く。そうして建物内に声をかけて若衆を集め、瞬く間に馬車の食料を運んでくれた。


「お嬢から、ナオさんの料理はどれも絶品だって聞いてましてな。こいつぁ楽しみだ」


 と、トッドさんはからりと笑って、私たちを案内してくれる。


 事務所では大勢の人たちが、戦場のような慌ただしさで走り回っていた。


 書類の山と格闘する人、窓口で複数の人から相談を受ける人、荷物を持って走り出ていく人。もう見てるだけで緊迫感が伝わってくる。


 そうして私たちは奥の個室へと案内される。トッドさんが扉をノックすると、「はぁーい」と不機嫌そうな声が。


「お嬢。お友達の皆さんがお見えですよ」

「えっ!! ちょ、ちょっと待ってもらえる!?」

「何言ってんです。皆さんを待たせられるような場所、他に無いでしょうに」


 そう笑いながら、トッドさんが扉を開ける。


 奥の執務室は、そりゃあもう散々な散らかり様だった。私たちが前に来た時は如何にも小奇麗に整えてあったのに、書類は山積みだわ、お盆ごと食事が放置してあるわ、着替えまで放りっぱなしになっている。


「うわ~、これはまた酷いことになってるわね」


 そう言いつつ、テオドラさんがすたすたと中に入っていく。


「な、嘘でしょみんな揃って来たの!?」


 部屋の奥から悲鳴が聞こえる。


 執務椅子に腰かけていたシーラさんも、一目で分かるほど大変な状況だった。


 しばらく湯あみをしていないのか、いつも綺麗な黒髪はばさばさで、随分と寝ていないのか、目元には濃い隈が出来ている。

 肌艶も明らかに悪いし、着ている服もただ雑然と選んだ感じ。


 出来るビジネスパーソンのお手本みたいなシーラさんからしたら、見られるのも嫌な醜態だろう。


「うぐ……ご、ごめんなさいねこんな格好で……」


 私たちを認めるや、顔を(しか)めて謝罪するシーラさん。そんな彼女を見て、


「……予定変更。先にシーラさんにはリフレッシュしてもらおう」


 私は確定事項としてそう呟いた。




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