19 神意は何処に
「そもそも、有史以来一人の人間が複数の聖示物を扱った例はない。……ただ確率の問題なのか、厳密にそうした法則があるのかは不明だがな」
「そーなの? 私めっちゃレアキャラじゃん」
ランプの薄明かりに照らされた部屋に、小さな声が響く。
クレムとの問答でようやく落ち着きを取り戻した私は、とにかく今後の事をみんなと話し合っていた。
「能力を失った聖示物を再生させたのも前代未聞だ。おまけに別の星からやってきて、私のような幽霊まで見える。……ふむ。どこからどうみても異常だな」
客室に据え付けのテーブルの上に腰掛け、大仰な態度で頷く幽霊少女。えらく威厳たっぷりな仕草だけど、小っちゃいから子供が背伸びしてるみたいで可愛い。いや、真面目な話をしてる最中なんだけどね。
「……やはり、ナオは特別な存在なのでしょうか?」
ベッドに腰掛けたクレムが、深刻そうな面持ちで尋ねる。さっきは励ましてくれた彼女だけど、やっぱり異常な能力があると厄介ごとを引き寄せやすいから、私を心配してくれてるみたい。
「まず間違いないだろう。問題は、誰が、何故、どのようにして、ナオにそのような力を与え、この地に導いたかだ」
クレムの質問に、ミリーは首肯して答える。おお。なんだかそれっぽい雰囲気になってきた。私は自分の事だというのに、割と気楽に話を聞く。クレムとミリーへの信頼に気付いたら、なんだか気が楽になっちゃったし。
「我々はどのようにして、の部分に注目し、聖示物を調べていた訳だが、ここにきて少々事情が変わった。ナオに目覚めた新たな能力の事だ」
幽霊少女は一旦言葉を切って、私とクレムの反応を窺う。そして、
「これらの能力は明らかに聖示物によって起こせる奇跡の範疇を越えている。つまり、方法を探す意味はなくなった。これほどの異常現象を引き起こせる存在など、いくつも無いだろうからな」
「……やはり、神様がナオをこの地に招来なされたのでしょうか」
「神に比肩する奇跡を行える者がいれば、話は別だがな」
ミリーとクレムが話を進める。
どうやら、私はホントに神様に呼ばれてこの世界へやってきたらしい。
「う~ん。でも、全然実感はないんだけどなぁ」
だって、路地裏で意識が飛んで、目が覚めたら全裸で水の中だったんだ。どう見ても人さらいの手口でしょ。もっとこう、神秘的な体験とかあったなら納得できたんだけど。
「子供の声は、今でも時々夢に見るけど……」
ああ、そう言えば、私はこの世界に来る前に子供の声を聞いたのだ。あの悲痛な鳴き声は今でもはっきり覚えている。
「泣き声か……」
「どのような意味があるのでしょうか」
「普通に考えれば、窮状を訴えているのだろうが……」
「いやいやいや、そんな期待されても私何もできないよ? 地球にはもっと凄い人いっぱいいるんだし、そっちにお声がかかるでしょ!?」
ミリーとクレムの考察に、私は慌てて待ったをかける。
その話だと、私は神様でも匙を投げる問題の解決に呼ばれたことになる。理屈としてはすごく納得できるけど、どう考えても人選ミスだ。
「もっともな意見だ。そもそも、聖示物で解決できることなら、外の世界の人間を呼ぶ必要はないからな」
と、ミリーも私の主張に同意してくれた。そして、
「つまり、我々はこれから「何故」を探っていく必要があるということだ。ナオに下された召命を知る。チキュウに帰る方法が見つかるとすれば、その途上でだろう」
幽霊少女は重々しくそう告げる。
――この世界に呼ばれた本当の意味を、見つける。
「でも、そんなのいったいどうすれば……」
方針は漠然と定まったけど、どこから始めればいいのか全然分からない。手がかりが何もないのだ。
「まずはナオに宿った能力を明らかにすることだ。授けられた力が分かれば、対処すべき事柄も分かるかもしれない。あの毛糸の聖示物は、後日ユニスが持ってくるのだな?」
「あ、うん。資料を全部調べなおすから、それまで秘密にしておいてって」
私が復活させてしまった毛糸玉は、ユニスさんが鞄に入れて持って帰った。効果や取り扱い方法などを今一度調べて、それから実際に起動してみようとの話になったのだ。
あと、関係ない話だけど、ユニスさん聖示物を見てから緊張しっぱなしで、毛糸玉を入れた鞄をお腹の前に抱え込んで、びくびく辺りを窺いながら帰って行った。途中で馬車を拾うって言ってたけど、お酒も抜けてなかったし、ちょっと心配。
「順当な対応だ。聖示物の中には起動するだけで大破壊を引き起こすモノもある。慎重に慎重を重ねる必要がある」
「えっ!? そんな物騒な物あるの?」
「多数ある。「エンザールの炎石」は発現時に千人以上が焼死したし、「ウィンセスラの剣」は事故で百人の人間の首を刎ねた」
「な――」
聖示物が関与した惨劇は、なまじミリーが淡々とした口調で語るものだから、より一層の深刻さを感じさせる。
「待ってください! 剣の話は、エイルマー王が反逆者を退治したという逸話ではなかったのですか!?」
すると、クレムが血相を変えてそう尋ねる。何でも、彼女の知る歴史上の事件と内容が異なっていると言うのだ。
「宴席で反旗を翻した賊徒を、王が宝剣で手打ちにした。という話か? それは後世教会と王室によってねつ造された話だ。……神の奇跡によって、無辜の血が流れたという事件を残すのは憚られたのだろう。事実は酒が絡んだつまらぬ諍いだ。前後不覚になるほど酩酊したエイルマー王が、部下の些細な失態に腹を立て、聖示物を行使したのだよ」
「ッ――」
クレムが絶句する。心なしか顔も青ざめてるみたい。
酔っぱらって大量殺人ってのもめちゃくちゃヤバいけど、都合が悪いから歴史をねつ造するって、それ、かなり悪質な所業なんじゃ……
「元よりその手の話は枚挙に暇がない。それほどに聖示物が引き起こす問題は多いという事だ。神が下し賜うた奇跡とはいえ、扱うのは人間なのだぞ? 美談と醜聞、どちらの数が勝るかは推して知るべきだろう」
「「…………」」
物憂げに語るミリーに、私とクレムは言葉も無い。
魔法のアイテムだなんて単純化して納得していたけど、そんな代物があれば、いったいどれだけの事件が引き起こせるかなんて、考えもしなかった。
今更ながらに、私は自分が授かった力の凄まじさに戦慄する。
「以前に話した時はクレムの気を悪くしたが、聖示物に正邪善悪の区別は無く、人間の願望を叶えているに過ぎないという可能性もある。先に話した剣などは、そもそも人を害することにしか用途の無い代物だ。もちろん「サイラスの手袋」や「ノーラの杖」など、人の益になる物も多いが……」
ミリーは説明しながら、灰色の目で私たちの反応を窺う。
私はまだ平気だけど、クレムは結構ショックを受けているみたい。でも、
「ならば、ナオが呼び寄せられたのは、必ずしも善良な理由からではないと?」
クレムは気丈に話に参加する。きっと私の身に関係することだから、頑張ってくれているんだ。
「分からない。そもそも君が話した通り、神の意思は人間には予想もつかないものだろう。我々の尺度で推し量ろうとするのは、単なる愚行かもしれない」
そう言って、ミリーは小さな頭を横に振る。
う~ん、それってつまり、為す術無しってこと?
「ただ、そうだな。私もナオが招かれたことに、何らかの意図があるとは思う。……今まで様々な奇跡を見てきたが、このような事例は初めてだからな」
消沈する私たちを励ますように、幽霊少女がそう告げる。そして、
「……そう気負うことはない。先を見れば不安にもなるだろうが、まずは目の前の事から始めていけばどうだ。今や君たちには頼れる人々もいるだろう」
幼い顔立ちに慈母のような微笑みを浮かべて、ミリーがそう提案する。
「うん。そうだよね。私たちにはやる事いっぱいあるもん。聖示物のことなんかで、いちいち悩んでられないし」
「はい。それに私たちだけでは限界がありますし。折を見て、皆様にも相談を持ちかけてみましょう」
思わず抱きついて甘えたくなるような幽霊少女の包容力に、私とクレムはすっかり不安を忘れてしまう。
わいわいと明日からの話を相談し始めた私たちに、白い少女は満足そうに頷くと、
「さて、それではこの有難くも迷惑な贈り物を、調べてみようか」
歌うような軽やかさでそう告げた。




