16 私の国の工芸品
その翌日。朝の業務を終えた私は、酒場のテーブルに突っ伏していた。
「こんにちは。――って、どうしたのみんな」
酒場の扉が開く音。そしてシーラさんの困惑した声。
私はおでこをテーブルに引っ付けたまま、片手を上げて歓迎の意を伝える。失礼なのは分かってるけど、めっちゃ眠い。
「だ、大丈夫ですかぁ?」
と、心配したユニスさんの声も聞こえる。ああ、二人して来てくれたんだから、頑張って起きないと。
「何でもないわ。ちょっとおねむなだけよ」
と、バーカウンターからテオドラさんの声が聞こえる。彼女も私たちに付き合って徹夜してくれたのに、ぴんぴんしているのはどういう訳だ。
「うぁー、いらっしゃいませー」
ようやく再起動した私は、ゾンビみたいにむくりと起き上がり、シーラさんたちを出迎える。たぶん目の下の隈とか酷いことになってそう。
「ええと、昨日言われていた通り来たんだけど……日を改めたほうがいい?」
「いやいや、へいちゃらです」
二人を席に案内し、私はふらふらと厨房へ。事前に用意しておいた軽食を仕上げ、半分寝たまま配膳する。
ちらりと横目で窺えば、クレムは酒場の椅子に腰かけたまま静かに寝息を立てている。朝方呼び売りの子たちに商品を卸すまでは頑張って起きていたんだけど、それが済むとことりと寝ちゃった。
あの子も夜通し頑張ってくれたもの。しばらく寝かしておいてあげたい。
「それで、今日はどんな要件なのかしら」
食事を済ませると、シーラさんが興味深そうにそう問いかける。
昨日は何の説明も無いまま出て行ったから、気にするのも当然だ。
でも、こればっかりは実物を見てもらった方が、きっと理解が早いと思う。
「はい。ちょっと見てもらいたい商品があってですね……」
私はそう言って、厨房からソレの乗ったお盆を持ってくる。すると、
「へぇ――」
「わぁ! 綺麗ですねぇ!」
二人が揃って感嘆の声を漏らす。やった。その一言が聞けただけで、苦労が報われる思いです。
「すごいわね……これ、全部布で出来てるの?」
「綿布、でしょうかねぇ。いやぁ、それにしても、こんなの初めて見ましたよぅ」
興奮した様子で口々に褒めてくれるシーラさんとユニスさん。ちらりと見れば、テオドラさんも満足そう。
「あなたが見せたかったのは、この布製の花なの?」
「はい。つまみ細工。って言うんです」
お盆の上に乗っかっているのは、花弁が布で出来た色とりどりの花々。
私たちが夜なべして作ったのは、日本の伝統工芸品つまみ細工だ。
「どうですか。これって売り物になりませんか?」
私がそう尋ねると、
「そりゃあ、なるとは思うけど……これって、何に使うの?」
シーラさんが不思議そうに尋ねてくる。
「装身具よ。服に縫いつけたり、小物や髪留めに付けたりするらしいわ」
端的に説明してくれるのはテオドラさんだ。
実際、一つはヘアピンに付けてあるので、テオドラさんに断って髪に付けさせてもらう。波打つ黄金に薄青の花が咲いて、とっても綺麗だ。持ち主の魅力を抜群に引き立てている。
「こっちの人って、あんまりアクセサリーとかつけないじゃないですか。だから、こんなのもどうかなって」
と、私はそう考えを述べる。
この世界では衣類はそもそも貴重品らしく、凝ったデザインの物は少ない。
飾り立てるにしても、レースや色布を付けるぐらいで、装身具となればもう貴金属に限られるみたいで、貴族の人はピカピカ輝く指輪やネックレスを沢山付けている。
けど、貴金属には手が出ない庶民でもおしゃれはしたいだろうし、なら、割合安価で、軽い仕立ての細工物はどうだろうと思ったのだ。
「でも、これだけの品を作るのは難しいんじゃないの?」
と、シーラさんが当然の疑問を投げかけてくる。
確かに、パッと見はすごく複雑で、細緻な造りに見えるんだけど、実はある程度の器用ささえあれば、あとは根気で何とかなる作業なのだ。
「いや、そういう訳でもないんですよ」
私は小さな正方形の布を取り出し、目の前で花弁の一つを作って見せる。そうしてそれらを組み合わせて花を作るのだ。と説明。
「……なるほど。あなた、これを部品単位で作らせるつもりね」
黄金の瞳がきらりと光る。聡明なシーラさんは、すぐに私の計画の全容を読み切ってしまったらしい。
「確かに、これなら内職には打ってつけね。端切れなら格安で手に入るし、価値も付けやすい。……意匠と組み立ては本職に任せるとして、花弁だけ作らせるならそう難しい作業でも無い。それでも多少の指導は必要だし、手や目が利かない人には厳しいでしょうけど……」
こめかみに指を当て、小声で何事かを呟きながらシーラさんが唸る。
この商売の眼目は、パーツ単位での作業を貧民街の人に割り振れないかという所にある。決められた大きさ、色、形の花弁を作ってもらって、最後の組み立て工程は本職の工房でしてもらう。そうすれば、商品は一定の水準を保てるし、多くの人が作業に携われる。
シーラさんも直ぐにそのことに思い当ったようで、真剣な表情で検討する。そして、
「使えるかもしれない。……ナオさん。後で一緒に仕立屋の組合まで来てくれない? 詳しい作り方を教えてほしいの」
「――もちろんです。私は全然不器用ですけど、デザイナーさんに考えてもらえるなら、きっと素敵な物ができますよ!」
そう告げられて、私は喜んで応じる。
やった。まだ成功するかは分からないけど、上手くすれば貧民街の問題に力添えができるかも。
「けど、凄いわねあなた。こんなに見事な品を考え出すなんて……」
すると、シーラさんが心底感心した風に語りかける。
「いやいや、これって故郷の工芸品なんですよ。私が考えた訳じゃありませんって。……それに、やっぱり素人作業だから、そんなに大した物も出来ませんし。ホントはもっと綺麗なんですよ」
褒められるのが恥ずかしくて、私は慌てて謙遜。すると、
「故郷の工芸品って……ナオさん、いったいどこの国の出身なの?」
「うっ――」
シーラさんが当然の疑問をぶつけてきた。
しまった。徹夜明けで頭がちゃんと回ってなかった。私が地球から来たのは、シーラさんとテオドラさんには知らせていないのに。
「あああ、えっとぉ、この紐はなんですかぁ?」
すると、いきなりユニスさんがそう話しかけてきた。随分無理矢理だけど、フォローしてくれたんだと思う。
「えっと、それは組紐っていって、作りかけなんですけど……」
と、私は彼女の指差した紐について説明する。
こちらも日本の伝統工芸品の一つで、色糸を綺麗に編み上げた紐だ。私は当初、こっちを商品にしようとしたんだけど、ちゃんと作ろうとすると専用の台がいるし、つまみ細工の方を優先したのだ。
でも、組紐だって綺麗だし、飾り結びにしたりと扱い方も豊富だ。商品として検討してみるのも悪くない。そうシーラさんに伝えると、
「そうね。じゃあ詳しい話は、工房の職人さんに教えてあげてちょうだい」
彼女は笑ってそう答える。私はもちろん了承するも、
「ごめんなさい。ちょっとだけ寝てからでもいいですか?」
眠気が限界に達したので、ギブアップ。
慣れない上に細かい作業を、ランプの薄明かりの元で一晩中つづけたものだから、もう瞼も頭も鉛みたいに重い。
「ふふ、構わないわよ。ゆっくり休んでね」
ふにゃふにゃと言葉まであやふやな私に、三人のお姉さん方は揃って微笑みを送った。




