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ナオのゴスペル  作者: 花時名 裕
第二章 麗しき三賢者
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11 先生に質問



 大事を取って、ユニスさんにはしばらく休憩してもらうことにした。


 広場に並べられたベンチの一つに座り、安静にしてもらう。


 頭を打った影響は、時間が経ってから出ることもあるらしい。後々気分が悪くなったり、めまいや吐き気がすれば直ぐに医者にかかること。人の頭がい骨は、肩の高さから地面に落ちるだけで割れるのだ。とはクレムの弁。


 ユニスさんも流石に学者さんだけあって、すぐに納得してくれた。

 私たちの質問にも興味を持ってくれたようで、休憩ついでに雑談に応じてくれことに。


「でも、珍しいですねぇ。女の子で聖示物(ミュステリオン)に興味があるなんて~」


 と、ユニスさんはニコニコと嬉しそうに話しかけてくる。


「え、魔法のアイテムなんて、誰だって気になりませんか?」


 意外な発言に私が首を傾げると、


「そんなことないですよぅ」


 ユニスさんは楽しそうに否定する。


「一般人の生活からはかけ離れた代物だからな。それに教会の教えにも深く関係する事物だ。興味よりは畏敬の念が勝るのが普通の反応だろう」


 と、ミリーが詳しく教えてくれる。


 何でも、聖示物(ミュステリオン)はやっぱり珍しい物で、おとぎ話や教会の説話などにはよく出て来るから認知はされているけど、実物を見る機会なんて一生ない人も多いそうな。


 それに、そもそも聖示物(ミュステリオン)は教会と国家が厳重に管理しているから、学者さんと言えども簡単には触らせてもらえないらしい。物理法則を超越した力に惹かれる人は多いけど、なかなか研究は進んでいないとのこと。


 かく言うユニスさんも専門は考古学で、聖示物(ミュステリオン)を専門に扱うような学部は大学にも無いらしい。


「それで、どんなことが知りたいんですかぁ?」


 と、ユニスさんがにんまりと微笑んで尋ねてくる。もう話すのが待ちきれないって感じ。


 その仕草が妙に可愛らしくて、なんだか私もほっこりしちゃう。

 年若い女性が大学の教授を務めているんだから、きっと桁外れに頭が良いんだろうし、社会的にも雲の上の成功者だ。


 でも、この人は近寄りがたい雰囲気なんて全然なくて、とっても気さくで親しみやすい。なんていうか、失礼な例えかもだけど、大型犬みたいな雰囲気? あ、そう思えば、ふわふわのロングヘアもなんかそれっぽいかも。


「……私たちは、遠方に物や人を移動させる聖示物(ミュステリオン)の事を調べているんです」


 ユニスさんを眺めるのに夢中になっていた私に代わって、クレムがそう質問してくれる。

 唐突だし、意味わかんない話なんだけど、彼女は特に私たちに不審を抱いた様子も無く、


「ふむふむ。移動系は夢があっていいですねぇ。有名なのは靴とかですかね」


 そうにこやかに応じてくれる。


「メードローナの七里靴、のことでしょうか?」

「お、詳しいですねぇ!」


 クレムが答えると、ユニスさんは上機嫌に笑う。


「他にも空を飛ぶトランクや、遠隔地を繋げる扉なんていうのも良く知られてます。やっぱり、どこか遠くに行きたいというのは人間の潜在的な欲求なんでしょうねぇ」


 そう説明を続けるユニスさん。すると、


「ところで、何故聖示物(ミュステリオン)を調べてるんですか? 詳しく教えていただければ、いろいろ協力できるかもしれませんよ?」


 眼鏡の女性は善意を満面に浮かべてそう尋ねてくる。


「ええと、それは……」


 クレムは返答に困ってしまう。


 大学の先生に相談してみようとは話していたけど、予期せぬ形で出会ってしまったので、どんな風にアプローチするか全然決めてなかったのだ。


 困った風に視線を彷徨わせるクレム。そんな彼女を見て、


「……あの、実は私、こことは違う場所からやって来たんです」


 私はつい、そう口走ってしまった。




   ×   ×   ×




 この地からは遠く離れた別の惑星、地球。


 そこに住んでいた私は、何者かに導かれるようにして、気が付いたらこの地に転移していたのだ。と、ユニスさんに説明する。


「なっ――」


 あけすけに事情を明かす私に、クレムが驚愕する。


 うん。気持ちは分かる。

 けど、やっぱり協力をお願いするのなら、はっきり情報を伝えないと。


 厚かましいお願いだし、隠し事だってあるんだから、せめて最低限の誠意は示すべきだと思うんだ。


「私は異世界からやって来ました。それで、帰る方法を探しているんです」


 私は自分の来し方をユニスさんに説明する。


 異世界から転移した現象には、たぶん聖示物(ミュステリオン)が関わっているのだろうと当たりを付けて、オストバーグにやってきた。でも、教会や王宮に話を持って行っても相手にされなさそうだから、詳しい人を探していた。


 流石に私たちが聖示物(ミュステリオン)を所持していることは伏せたけど、それ以外は全て明かす。


 荒唐無稽で、どう考えても初対面の人にするような話じゃない。

 でも、私は真剣に事情を伝えようとする。そうして、私が抱える問題を話し終えると、


「それ本当ですか! 凄いじゃないですか! 大発見です! 驚異的な体験です!」


 ユニスさんはなんと、私の話を疑うどころか、瞳を爛々(らんらん)と輝かせて食いついてきた。


「それって何時の話ですか? チキュウってどの辺ですか? イシダールまでの距離とか分かります? あ、その現象が起きる前後の話、もっと詳しく教えて貰っていいですか!?」


 まるで新しい玩具を見つけた子供のような反応。


「わっ! ちょ、ちょっと落ち着いてください!」


 大きなお姉さんが興奮して詰め寄って来るものだから、私も動揺してしまう。すると、


「え? あ! ご、ごめんなさい……」


 ユニスさんは一転、恥じ入ったように縮こまってしまう。なんだこの人、いちいち可愛らしいなぁ。


「……私の話、信じてくれたんですか? 自分で言うのもなんですけど、めちゃくちゃ胡散臭いと思うんですけど」


 あまりに素直に受け入れられたので、私は念を押す意味でそう尋ねる。


「えぇ……う、嘘なんですかぁ?」


 ユニスさんは一転してしょげ返り、泣きそうな顔になってしまう。なんか、すごい失礼な例えだけど、御馳走を持って行かれた犬みたいなリアクションだ。


「ああ、いやいや! ぜんぶホントのことですって!」


 私が慌ててそう告げると、ユニスさんは泣き顔から一転、嬉しそうに笑み崩れる。

 そうして、私たちはこの風変わりな先生に、色々と相談を持ちかけた。


「実の所、聖示物(ミュステリオン)が関係した疑いのある神隠し事件、失踪事件って結構多いんですよ」


 ベンチに腰掛け、身振り手振りを交えてユニスさんが教えてくれる。


「ピーシュターレンの悪夢とか、アンザ村の消失とか、直近だとウェザー市の集団失踪なんかが有名ですねぇ。……あ、最後のはほとんどの住人が帰ってきましたよ。なんでも夜中に笛の音が聞こえてきて、気が付いたらみんな山の中だったとか」

「…………それって」


 笛の話に身に覚えがありすぎて、私は思わず戦慄する。けれど、


「遠い土地へ飛ばされるという話もよくあるんですけど……ただ、まったく聞いたことも無い場所からって言うのは初耳ですねぇ」


 ユニスさんは私たちの緊迫した表情に気付いた様子も無く、話を先に進める。


「ナオさん? でしたっけ。あなたの居たチキュウという場所は、確かにこのアルナリア大陸にはない土地なんですね?」

「は、はい! 間違いないです!」


 問いかけに勢い込んで頷く私。他にもユニスさんは地球の詳しい情報や、私が転移した時の状況を根掘り葉掘り尋ねてくる。


「ふ~む……」


 先ほどまでのほわほわした雰囲気は鳴りを潜め、沈思黙考する姿はまさに学者さんといった風。私も思わず背筋が伸びる。


「ちょっと、似たような話は心当たりがないですねぇ。たぶん、初めての事例ではないでしょうか」


 しばしの沈黙の後、ユニスさんは申し訳なさそうにそう呟く。


「そう、ですか……」


 私は消沈したような、でもそんなでもないような、何とも曖昧な返事を溢す。と、


「ああ、いやいやでも! 調べていけば色々分かると思うんですよ! 聖示物(ミュステリオン)が関与しているのは鋭い読みだと思いますし。ただ、現状手がかりが少ないので、推測が立てられないんですよぅ」


 ユニスさんがわたわたと早口でそう告げる。


 あって間もない、それも変な質問をいきなり投げかけてきた私を心配してくれるなんて、この人はホントに良い人なんだ。


「う~ん。気になりますし、これ、宿題にさせてもらってもいいですかぁ?」


 すると、ユニスさんがなんとそんなことを言い出した。


「え、え、でも悪いですよ。私の事情に付き合ってもらうなんて……」


 私が遠慮すると、ユニスさんはきょとんとした顔で、


「ええ? 別に気にしなくていいですよ。私が興味を惹かれたから調べるんですから~」


 笑いながらそう言ってくれる。


「ありがとうございます。その、こんなにお世話になって、どんなお礼をすればいいのやら。……私に出来ることなら、なんでもしますから」


 私が恐縮してそう告げると、


「別にお礼なんていいですよぅ。私だって学究の徒の端くれですから。珍しい事例を聞ければそれだけで嬉しいんですから~」


 ユニスさんは両手を振ってそう遠慮する。

 まったくの善意から協力を申し出てくれた彼女に、私は只々お礼を述べるしかできない。


「でも、あの……できれば教会とかには言わないでくれると、助かるんですけど」


 私が厚かましくもそうお願いすれば、


「もちろんですよぅ。だいたい、教会の人は情報を隠し過ぎなんです。私たちが資料の閲覧を求めても、なかなかもったいぶって見せてくれないんですから~」


 ユニスさんは二つ返事で了承してくれる。


 その後、私たちはお互いの住所や連絡先を教え合い、これからも定期的に連絡を取り合うことを約束した。

 いやいや、最初はどうなることかと思ったけど、ユニスさんが優しい人で一安心。


「あ、私、学校に戻らなきゃいけませんでした~」


 そうして話が纏まると、ユニスさんが思い出したようにそう呟いた。

 何でも、図書館には研究資料の閲覧に来ていたそうで、大学にまだ用事があるとのこと。


「そうですね。お顔の腫れも、大分引いてきたようですし」


 そう告げるのはクレムだ。先ほどからユニスさんの怪我の具合を注視していた彼女は、一先ず大事には至らないだろうとの結論を出したようだ。


「あぅ……恥ずかしいです……」


 すると、盛大に転んだ時の事を思い出したのか、ユニスさんが真っ赤になる。


 私とクレムは微笑みを交わし、可愛い学者先生をそこまで見送ることにする。どうやら教会前広場で、辻馬車を拾うつもりみたい。

 そうして他愛ない雑談をしながら道を歩いていると、


「――お?」


 ユニスさんがぽつりと呟き、何かに引き寄せられるようにふらふら脇道に逸れていく。

 彼女の視線の先、広場の片隅では、ベンチに向かい合わせで座ったおじさん二人が、何やら難しい顔をして首を捻っているではないか。


「ほう。エイコンか」


 と、ミリーが教えてくれる。


 おじさんの間には、チェスのような駒が並んだ板が置いてある。二人は「エイコン」と呼ばれるボードゲームの真っ最中だったのだ。


「ふむふむ……」


 ユニスさんは音も無くおじさんたちの背後に移動すると、盤面を見詰めてうんうんと唸り始める。

 あれ、なんだか急に観戦モード? 私はクレムと顔を見合わせ、とにかくユニスさんの後ろへと回る。


 そうして何の気なしにおじさん二人の対局を眺めていると、ちょっとしたトラブルが起きてしまった。




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