11 小さな抵抗
心の準備をする暇もなく、私たちの番はやってきた。
「旅券を見せなさい」
兵隊さんがぞんざいにそう言う。
鉄兜を被り胸当てを付け、腰には剣を提げた男の人は、ただ体が大きいというだけではなく、何か妙な威圧感がある。私はそんなに人生経験豊富な訳じゃないけど、このタイプの人は、直感的にヤバい気がする。
こう、上手く言えないけど、自分を立たせるために、他人を踏みつけにするのを気にしないタイプの人だ。こういう人は日本にも居る。剣は持ってないけど。
「はい。お願いします」
そう言って、私は二人分の旅券を差し出す。
審査での応対はすべてクレムさんにお願いするつもりだったけど、急きょ予定変更。私が兵隊さんと話をする。
「ふむ。問題はなさそうだが……君、あまりこっちの方じゃ見ない顔だが、本当にイシダールの人間か?」
書類を一瞥して、兵隊さんがそう問うてくる。やっぱり、顔立ちのことは気になるか。
「あー、両親が余所から流れてきたらしくて……でも、私はちゃんとマトヤに住んでましたよ。ほら、言葉も訛ってないでしょ?」
嘘は嫌いだけど、この際しょうがない。
兵隊さんはそんなに興味もないみたいで、直ぐにその質問を打ち切った。
それから、私は荷物をテーブルの上に広げ、危険物や御禁制品が無いかチェックを受ける。魔法のスプーンも他の食器と纏めてあるけど、兵隊さんは全然気付いてないみたい。
「危険物、禁止物も無しと……」
さっとチェックして、これもクリア。
「入市税もここで支払ってもらう。巡礼目的なら大人二人で六ルナートだ」
後は、兵隊さんが差し出した籠の中にお金を入れるだけ。……それにしても、一・五倍か。ぼったくるなぁ。
「はい。お確かめください」
私は嫌がる素振りも見せず、銀貨をテーブルに積み上げる。
「結構だ……」
兵隊さんはお金を籠の中に入れて頷く。よし。これで無事に検査はクリア。さて、ここからだ。――私がそう思っていると、
「ちょっと待て。そこの君、フードを外して顔をよく見せろ」
と、兵隊さんが私の後ろに立っていたクレムさんにそう命じる。
「…………」
人相確認のためだろう。拒否することもできないので、クレムさんはフードを外して兵隊へと向き直る。
「へぇ――」
艶やかな黒髪。宝石のように輝くスカイブルーの瞳。気品に満ちた端正な顔。
クレムさんを見た途端、兵隊さんたちの気配が変わった。
いやちょっと待て、私の時と反応が違うぞ。そりゃあこの子と比べられると分が悪いけど、私もそんなに悪くないだろ。
「……君ら、その歳で巡礼なんて偉いな。この街は初めてなのかい?」
兵隊さんが軽い調子で話しかけてくる。さっきまで面倒臭そうに仕事してたのに、美少女と見るやすぐナンパですか。
「ええ。そうなんですよー。だから全然街のことも分かんなくて~」
私がすぐさまブロックに入る。
いや、実際クレムさんに粉をかけようとするのも腹立たしいけど、彼女が兵隊さんに注目されると計画に支障をきたす。
「ふ~ん。じゃあ宿とかも決まってないのかい?」
「はい。こっちには知り合いとかも全然居なくて心細いんです」
食いつきがいい私の方に兵隊さんは乗ってくる。どうせ私を出しにしてクレムさんに近付く気だろうけど。まあ、とにかく誘導はできた。
「あ~、じゃあちょっと気を付けないとなぁ。この街は広いから、女の子だけで歩くには危ない場所もあるし」
「え、そうなんですか? 怖いなぁ」
「まあ、市内は俺たちが巡回してるから、何かあったらすぐに頼りなよ」
「頼もしいんですね。カッコいい」
「いやいや」
適当におだてて距離を詰める。他の兵隊さんも私に近付いてきたので、その隙にクレムさんが位置取りを変える。
――準備いい? 私が虚空に視線で尋ねる。
――オーケー。決行だ。
「宿に当てがないなら紹介するよ。なんなら、勤務が終わったら街を案内してあげようか」
にやにやと笑み崩れる兵隊さんに囲まれ、私ははたと思い出したように手を打つ
「あ、そうだ。これを……」
すっと手を伸ばし、兵隊さんの手を取る。そして、銀貨を相手の掌に握らせる。
「……おいおい、どこで聞いてきたんだい? 俺たちは真面目な兵士さ。こんなの受け取らないよ」
硬貨の感触に気を良くしながら、兵隊さんがそう格好を付ける。こら、汗ばんだ手で私の手をまさぐるな。気色悪い。
「それより、さっきの話、けっこう本気なんだけど……」
と、兵隊さんがいよいよ馴れ馴れしく私に話しかけてくる。でも、サービスタイムはもう終わり。私は兵隊さんの左肩に目配せする。
「――この痴れ者が!!」
次の瞬間、凄まじい音量の罵声が周囲に響き渡った。
私が兵隊さんに触れた瞬間、ミリーさんが彼の肩口で大声を張り上げたのだ。
「うおわっ!?」
「きゃっ!」
兵隊さんは驚き叫んで、反射的に私の手を振り払う。その力が強くて、私は尻餅をついてしまった。のみならず、
「なんだクソッタレ! クソ、なんなんだ!?」
「ちょ……」
兵隊さんはスラリと剣を抜き放ち、怒りと混乱混じりに周囲を睥睨する。そして、
「おい! お前どうしたんだ!?」
いきなり剣を抜いた同僚に、周りの兵隊たちがそろって困惑する。それでも即座に武器を構えて反応する辺り、腐っても本職なんだろう。
「何処のガキだ! 舐めやがって、ああ? お前か!?」
「ひっ!」
剣を抜いた兵隊さんは、なんと私にその切っ先を向けてきた。いや、状況的に疑われるのも無理ないんだけど、沸点低すぎない!?
「馬鹿な真似はよせ! おいどうしたんだ!?」
幸い、周りの兵隊たちが直ぐに彼を押し留めてくれる。
当然だ、ミリーさんの叱声を聞いたのは、私たちと彼だけなのだから。
「いきなり子供が耳元で叫びやがったんだ! クソ、ふざけやがって……」
「は? お前、なに言ってるんだ」
「だから、子供が――」
「どこに子供がいるんだ? 叫び声なんて聞こえなかったぞ!?」
「――あぁ?」
同僚に窘められ、剣を抜いていた兵隊さんも幾らか落ち着きを取り戻す。そして周りを見渡してみるが、私から手を離した以上、もうミリーさんを見ることはできない。
「いや、……だって、声が……」
「そんな声しなかったぞ。お前、いきなり切れて剣を抜きやがって、正気か?」
同僚に詰め寄られ、兵隊さんがしどろもどろになる。
他の人間からすれば、女の子をナンパしていた彼が、いきなり叫び声を上げて剣を振り回したようにしか見えない筈だ。どう考えてもまともじゃない。っていうか、予想していたより大騒ぎになってしまった。並んでた人たちも逃げちゃったぞ。
「お前、本当にどうにかしたんじゃないだろうな?」
「そんな、馬鹿な……」
同僚に詰問され、兵隊さんが顔を青くする。怪奇現象に巻き込まれたこともあるが、これだけやらかしてしまえば、警備隊の中でもしばらく立場を無くすだろう。
「あ、あのぅ……」
騒ぎが沈静化の兆しを見せたところで、私は周りの兵隊に話しかける。すると、彼らは醜態を見られたことを隠すように、
「なんだ、まだ居たのか。お前らは入城しても構わん。早く行け!」
追い立てるように吐き捨てる。
お言葉に甘えて、私たち三人は急いで市門を潜り抜けた。
これにて、ミッションコンプリートだ。




