001 さよなら人類~地球最後の男~
その日、世界は滅びようとしていた。
空から墜ちてくる巨大隕石は、かつて恐竜という種を滅ぼした物の数倍はあり、ぶつかる前に異常気象で全ての都市は崩壊していった。
ロシュの限界を迎えて砕けた隕石の欠片は、人の住む世界を滅ぼしたが、地球に生きる全ての生命が滅びる事はないだろう。
地球から人類が消えても陸にも海にも多くの生命は残っていた。
粉塵に黒く染まった空に輝く無数の巨大な流れ星。
天地に響く、轟音となった破砕音。
超音速で飛び交う粉塵。
降りしきる死の欠片はそれでも美しく──地球最後の一人となった男は、その死の光景を眺めていた。
多くの人が生きる社会でなら、平凡な容姿の男だった。
どこにでもいそうな若者と中年の狭間にいる青年。
適当に短くしただけだと丸分かりの黒髪に、整えられた事のなさそうなへの字眉。余り大きくない奥二重の目や小指くらいの高くも低くもない鼻と上は薄めで下は少し厚めという唇──イモっぽいとか、昭和かよといわれそうな風貌は、どこかキリっとした‘ へのへのもへじ ’を思わせる。
体つきは、東洋系の均整の取れた体型だが、西洋系の体型が賛美される日本では周囲に埋没していただろう。
そんな、どこにでもいそうだった青年に見える。
その男の名は、一乃 了。
まるで、世界の終焉を予知したかのような名だった。
地球人類の消滅。それは‘ 一つの終わり ’だ。
だが、その終末の中で、了は絶望する事もなく、空を見上げ舞っていた。
それは、人類を見送るための舞──などではなく、飛び散る致死の飛来物からの回避行動だった。
だが、もしそれを見れる‘ 知性を持つ存在 ’があったなら、死の満ちた空間で輝く生命の舞だと感じただろう。
洗練された武術の動きは舞いに似るという。
そして、もし了と同じ光景を見れる存在 ’があったなら、了が避けているのが致死をもたらす飛来物だけでなく、小さな欠片も含む事に気づいただろう。
その証拠に、息をするのも困難な粉塵の中で、了の黒い瞳は涙に潤む事もなく、服に汚れすらついていない。
しかし、究極の武術が体現したありえない舞を見ることのできる生命は、地球上から全て消え去っていた。
‘ 万年不敗 ’と謳われる神話の武術。
了は、その最後の継承者だった。
‘ 了 ’という名が示す終極は、古代に宇宙より来訪した竜が伝えたという‘ その武術 ’を人の身で体現して、数万年の妄執を果たすという願いを表していた。
覚り、解り、終わらせるという意味を持ち、業や技と共に継承されて来た名だ。
その名に込められた願いは結実し、‘ 一つの終わり ’に、辿り至った。
世界を滅ぼした隕石の雨の中で、意識すらすることなく、死を、怪我を、汚濁を避けながら、了は何を思うのか?
その引き締まった表情からは何も読み取れない。
滅びた世界への感傷か?
否──了の生は、ただ‘ 一つの終わり ’のみを目指し、世界への関心は皆無に近かった。
日本の多くの青少年が政治に関心を示す程度にしか、了は俗世の常識に興味を持っていない。
ならば、人類への鎮魂か?
否──世界は滅びたが、誰一人死を迎える事はなかったのに鎮魂は必要ない。
他ならぬ了自身が、‘ その武術 ’で、全ての人類を平行世界へと逃がしたのだから。
そう、‘ その武術 ’──‘ 九頭竜避術逃法 ’で!
秘術ではなく闘法ではない。
避術であり逃法。
戈を止めると書いて、武と読む。
ならば、究極の武とは逃避術という理念。
それは、神を怖れ敬わずにはいられなかった狂信的従属者から邪神と呼ばれた竜の理念だった。
「戦わねば絶対に敗れぬ故に究極の技とは、逃避である」
前史の時代、今日では神と呼ばれている‘ 旧支配者 ’に滅ぼされかけた源人類を救った変な性格の竜は、そう語り対神逃避術を教えたと云う。
ちなみに、何故我等に援けるのかとの源人類の問いに。
「腹が減っているからだ」
そう答え、他の問いにもトンチンカンな答えしか返ってこなかったたらしいから、たとえ恩があっても、妄信者から逃げる者達によって‘ 変な性格 ’と後世に伝えられたのは無理もないことだろう。
その対神逃避術は完全には再現されなかったが、神の兵器や洪水や地震といった災害から人々を護り、現生人類へと命脈を繋いだ。
‘ 旧支配者 ’から逃れた後も、対神逃避術は様々な武術や魔術の源流になり、別れ融合しながらも、いつか、‘ 一つの終わり ’へと辿りつく事を願い続ける人々へと伝えられ、魔人や妖人や仙人と呼ばれる超人達を生み出し、終に世界を滅ぼした破滅から人々を逃がす者に至った。
「此処で出来る試遊饗も、これまでか」
その域に至った達人──、一乃 了の口から、そんな呟きがこぼれる。
どうやら、この男の頭の中は、‘ 一つの終わり ’を越えてすら、‘ 九頭竜避術逃法 ’の事しかないらしい。
おまけに、それは了にとっては娯楽でもあるようだ。
‘ 変な性格 ’の竜の伝えた技術を習得すると‘ 変な性格 ’の人となるのだろうか。
「ならば、‘ 九頭竜避術逃法 ’奥義──界躍竜閃」
その言葉と共に、変な性格の了は、間髪いれずに、もう用のない地球を離れた。
え? そんな、あっさり!?
もし、凡百の性格の人間が見ていれば、そう洩らしただろう。
けれど、それを見る者はなく、白けた空気すら流れず、こうして人類は地球という舞台から降り、歴史の幕は下ろされた。
ええっ、あらすじ詐欺!? いや、嘘は書いてませんよ?
………………………………。
………………すいません、驚かそうと狙ってました(ノд-`)
ポイントはいりませんので許してヾ(^-^;) ゴメンゴメン
でも、ブラウザにブックマークして読んでくれたら……異世界でも逃げてます! ヾ(^‿^)