変身です
昼過ぎになり馬車は今日の停泊地でもある村についた。
今晩はここで泊まって、明日の朝再び馬車は出発するらしい。
馬車の御者のおじさんから乗客の証明らしい木札を渡され、今日泊まる宿も紹介された。
渡された木札を見せると宿泊代が少しだけ安くなるらしい。
(転生して始めての人間の村。ふふっこの美少女ドワーフリアンちゃんの魔法少女人生がここからスタートするのだ)
馬車から降りきょろきょろと辺りを見回してみる。
木造のログハウスのような家が多いが、中には石作の家もちらほらある。
着ている服や格好は中世ヨーロッパなそれで右を見ても左を見ても人間がいる。
(やっぱりドワーフとは違ってみんな背が高い、その点私は小さくて可愛い、ドワーフ最高!
ドワーフの村……ちょっとやりすぎて変な子扱いされてたからなぁ、人間の世界では上手く魔法少女をやらないとだね)
近くにいた村人に訪ねながら村で1件しかないらしい宿屋に到着した。
扉を開けるとドアベルが鳴った。
中にはカウンターがあり、右手には階段、左手には食堂になっているのか既に食事しているお客さんが何人かいた。
「いらっしゃいませ。お泊りですか? お食事で……あら? お嬢ちゃん一人? お父さんかお母さんは一緒じゃないの? 大人の人いないの、困ったわねぇ」
ドアベルの音に気づいたカウンターにいた20代くらいの女性が声をかけてきたが、カウンターに辛うじて頭が出るくらいの私に目線の高さを合わせてくれている。
(なんだろうこれ? 子供扱いか。あ、今は子供だった。しかもドワーフと気づいてないようで完全に幼児扱いだ。子供扱いが短かった前世と違ってずっとこんなこんなに優しい対応して貰えるってドワーフってお得かも)
「私一人だよ。泊まりたいんだけどダメなの?」
コトリと首をかしげて上目使いに受付のお姉さんを見上げ、カウンターの上に馬車の木札と銀貨を乗せる。
途端に受付のお姉さんはにんまりと目尻を下げた。
「い、いいえいいえ大丈夫よ。素泊まりは一泊銀貨1枚と大銅貨6枚だけど、木札をお持ちなので銀貨1枚になるわね。食事は隣の食堂で食べてね」
(ふっ、ちょろいな。やはり可愛いは正義。
前世だったら7~8歳くらいの幼女が一人でホテルなんて来たら通報されて警察に保護されてたんだろうな)
銀貨2枚をカウンターに乗せる。
「1泊でお願いします」
「じゃあ階段上がって左手奥のお部屋にどうぞ、シャワーは使用中の札を掛けて使ってね」
「シャワーがあるの!?」
受付のその言葉に反射的にカウンターに身を乗り出してしまった。
シャワー、つまりお風呂だ。
ドワーフの村は鉱山の村なので水はあったけど使い放題とはいかず、あったのはサウナと砂風呂だった。
汗は流せるけどお風呂としてはイマイチだった。
人間の町ならもしかしたらお風呂があるかもしれないと期待していたけれど、この際シャワーがあるだけでも村を出てよかったと思った。
「えぇ、共同ですので空いた時間にお使いください」
受付のお姉さんは私の反応にクスクスと笑うと鍵を渡してくれた。
それを受け取ると肝心なことを聞き忘れていたので聞くことにする。
「それとこの村の近くでモンスターが出るところってないかな?」
「え? うーん……村の近くは定期的に冒険者に依頼して駆除して貰ってるから西の森の中にダンジョンがあるからその辺にならいると思うわよ」
「ダンジョン! ありがとう」
ダンジョンはファンタジーの定番で行商隊のおじさんから聞いていたのであるのは知っていた。
ある日突然現れ、中にはモンスターが溢れ各所に宝箱が隠されていたり最奥にはボスモンスターがいる迷宮らしい。
ここなら確実にモンスターを見ることが出来るはず。
私が宿から出ようとすると後ろから受付のお姉さんに慌てて呼び止められた。
「あっちょっと、もしかして行くつもり? もうすぐ日が暮れるし危ないわよ」
「大丈夫。ちょっとだけ見たらすぐ帰ってくるから」
心配そうな受付のお姉さんに手を振って私は宿を出た。
また他の大人の人に見つかっても面倒なのでこっそりと教えて貰った森に向かう。
「なんだ、リアンはモンスターが見たいのか」
人前だったせいか気を使って黙っていてくれていたらしいグラさんが声をかけてきた。
「うん、ドワーフの村にはいなかったし馬車で走ってる途中も出なかったしね」
「さっきの馬車はモンスター避けの香が焚いてあったからな、ある程度のモンスターは近づいてこねぇんだろ」
「へぇ、そうだったんだ」
「臭かっただろ」
「全然」
匂いなんてわからなかったけど、そうか外の世界にはモンスター避けなんてあるんだね。
というかグラさんは元々剣だし妖精のパペット人形には鼻なんて無いのに、どうやって匂いがわかったんだろう。うーん謎だ。
「そんなのあったからモンスターに襲われてる馬車を魔法少女の私が颯爽と助けることが出来なかったのね、おのれモンスター避け」
「お前は何を言っているんだ」
村の西側には畑があり、その先に森が広がっているようだった。
私は外装を脱ぎ鞄に仕舞うと、「ジャーン」という効果音を自分で言いながら一つの魔道具を取り出した。
「む? なんだそれは」
「変身スティック」
「は?」
「変身スティック」
それはピンク色をした20センチくらいの長さの杖だった。
ただし先端に大きなハート型の水晶の先には王冠と羽のような飾りがついている。
デザインのモデルはセーラー服で戦う美少女達の娘の方の変身スティックだ。
「ふふーん、これね凄いんだよ!」
私は変身スティックを持ってクルリと回った。
すると先端の水晶部分からシャラランという音楽と共に光りの線が空中に現れ、その上を無数の星型やハートマークが飛び交うと私の周囲に高さ3メートル程の光の壁が現れた。
「……な、なんだこれは……」
「変身用の更衣室みたいな? キラキラして可愛いでしょ、じゃあちょっと待っててね」
もう一度変身スティックを振るとスティックの底からピンクと白を基調とした服と帽子が出てきた。
「はぁ!?」
「着替えるからちょっと黙ってて」
何か言いたげなグラさんを放置して私は出てきた服に着替えた。
大きな帽子とフリルのついた大きなスカート、胸には赤いリボンと背中に白い羽がついたそれはカードを集める小学生の女の子の為に聖女のような友達が作った服のデザインだ。
魔法少女の戦闘用として作った服は空間圧縮出来る金属のおかげで収納には問題なかったけど、流石に着ている服と瞬時に交換する技術は無く、こうして更衣室代わりの光のカーテンを作ってその中で着替えるという方法しか思いつかなかった。
着替えが終わり私が片足を上げて可愛くポーズを取ると光の壁は霧散して消えた。
「…………」
ドワーフの村の鉱山にはモンスターがいない代わりに様々な鉱石や金属が取れた。
鉄鉱石、銀鉱石、金鉱石やミスリルはもちろん、火水風土の四属性の魔法の力が宿る結晶や音を封じ込める金属、魔力を蓄積させることが出来る石等、他にも色々な鉱石が採掘出来たのだが、何故かドワーフ達は鍛冶に使える鉄鉱石や銀・金鉱石、ミスリルやオリハルコン等の鉱石ばかりを重宝していてそれ以外の鉱石は採掘場の端にただのクズ石として捨られていた。
魔法に興味のないドワーフの性質なのか、本当にただのクズ石にしか見えてなかったのかは分からない。
でも私にはそれらを一目見ただけで、その石がどういった性質を持った石でどのように加工すればよいか、私が作りたい魔道具の作り方等が頭の中に瞬時に流れ込んできた。
多分私をこの世界に転生させてくれた神様の恩恵なんだと思う。
ありがとう神様。
だから私はその恩恵を最大限に活かして思いつく魔道具を手当たり次第に作っていった。
そう、それは全て1つの目的の為に。
私は左手のグラさんに右手を腰に手を当てると自信満々に言った。
「私、魔法少女っぽくて超可愛い!!」
「…………そうか分かったぞ、お前あほぅだろ!」
なるほど、確かに一理ある。否定はしない。
だが可愛いは正義だ。
「大丈夫、ちゃんと戦闘についても考えてある」
「本当だろうな……旅に出て1日目で既に俺様かなり不安なんだが」
スティックを右手に持って奥に進む。
少しすると森の奥から草木を分けて二足歩行の狼型のモンスターが現れた。
二足歩行の狼は『グルルルル』と威嚇をしている。
転生して始めて見るモンスター、あまり強くないといいのだけど。
スティックを狼に向け、念の為に出力を最大まで上げて手元のスイッチを押した。
その瞬間目の前に炎柱が上がり狼は一瞬にして火だるまになってしてしまった。
しまった。
そこで私は重大なミスに気がついた。
「必殺技名叫ぶの忘れてた」
「段々とお前の奇行に慣れてきたわ」
魔法少女にあるまじき失態。
とりあえず火事になったら困るので鞄の中から水が出るジョウロ型の魔道具を取り出し、火だるまの狼に水をかけた。
うん、狼はちゃんと死んでる。
うーんでもなんか足りない。ちょっと違うんだよね。
やっぱり魔法少女は困ってる人を可愛く可憐にキラキラシャラランと助けてなんぼだよね。
辺りに香ばしい匂いが漂って他のモンスターが集まってくるのもやっかいだし、今回はこれからモンスターに襲われてる人を助ける為の予行演習が出来たってことで村に帰ることにしよう。
しばらく歩き徐々に日も傾き出したが、まだ森を歩いていた。
あれ? 私そんなに奥まで来てたっけ?
「ねぇグラさん、まだ村につかないのかな?」
「何言ってんだ。お前ずっと村とは逆方向に進んでるぞ」
なぬ!?
それは困ったでござる。
そろそろ村に戻らないと受付のお姉さんとの約束を破ってしまうことになってしまう。
少女が深夜徘徊とか不良の始まりだと思われてしまう。魔法少女を目指す者としてはあってはならないことだ。
「助けてー!!」
その時、進んでいた方向の先から女の人の声がした。