異世界化対策委員会【短編版】
「まったく、どうなってんだよッ!」
隣に転送されてきた男が叫ぶが、それは分からなくもない。
「俺だってそれで何とかなるなら叫んでいるさ、だって【現界】って出てくんのアレが?」
鈴木怜侍はそう呟いた。
手元のスマートフォンで起動中のアプリの画面を再度確認する。
“異世界化対策委員会からの通達”
概要:
昨夜の次元回廊【梅田地下迷宮】での作戦失敗により、大阪市内の世界変動率が1536ptを越えました。これにより、同市北区で怪異が次元回廊を越えて“現界”します。出現予想地域(別途マップ参照)は機動隊が封鎖していますが、一般人の侵入も予測されますので、速やかに対象を排除してください。なお、現世界での作戦に付き、各委員の同市内での異能と現象量子武装の使用を許可します。
的脅威度:
昨夜の【梅田地下迷宮】の核となった怪異グロウヘルハウンドと予測されます。AIアマテラスによる脅威度はC-ですが、昨夜は2名の委員の犠牲がでています。各自十分に注意してください。
注意事項:
国内の序列20位までの委員は強制参加になります。該当する委員は転送開始時間までに人目のない場所まで移動してください。なお、故意に人が多い場所に留まり、転送を拒否した場合は【罰則】が課されます。なお、同市内周辺の全委員も同様の扱いになります。
参加報酬:
300Gem
実績値30pt
回復用アンプル
討伐報酬:
2000Gem
実績値260pt
希望するC Lank武装を提供
小隊指揮権
※上二つは討伐成功小隊全員を対象とするが、下二つは討伐者のみを対象とする。
ざっと読み直して、考えを巡らせる。
この文章には今まで知り得なかった情報が幾つかあった。
先ず、おれは昨日の次元回廊【梅田地下迷宮】の作戦に参加していない。
異世界化対策委員会からの通知はなかったからだ、そして別に今日は大阪市内にいたわけでもない。なら何故、参加させられているかと言えば序列20位でギリギリにひっかかってしまったのだ……
コンビニで買った飯を一人暮らしのマンションに帰ってむさぼっていた時に、スマートフォンから音が鳴り、アプリ“異世界化対策委員会”が起動した。で、急ぎ身なりを整えて部屋で転送をまったわけだ、この転送はどういう仕組みか分からないが人目に付く場所では行われない。その場合は参加拒否の【罰則】として実績値ptが低下する。
実績値ptが0以下になると一人になった瞬間、どこかに転送されて実績値が0ptを越えるまで、真っ白な空間に閉じ込められ、作戦に強制参加させられる。
何故知っているかって?
俺も最初は無視して【罰則】を食らったからだ。
実績値ptやGemが無く、異能が貧弱な状態で【異界】に放り込まれたら、その分、死亡率が上がる……で、死んだら翌日のニュースで自殺か交通事故死した扱いになる、あぁ、【異界】での死に方によっては遺族に説明不可能なため、暫く行方不明にされたあと骨だけで死亡が確認された事になるとも聞いたな……
まぁ、俺の感覚で言えば、この“異界化対策委員会”は命懸けのVMMOっぽい何かだ。因みに、実績値ptはほどほどが良い。序列が上がれば面倒事に巻き込まれる。
異界化対策委員会に登録された時点で面倒極まりないけどな……
さて、敵性体グロウヘルハウンドの【現界】まで、まだ少し余裕がある。組む相手を探してもいいが、今回は一般的な【迷宮型異界】とは違い、フィールドが広い。
【罰則】を恐れなければ、最悪、市内から脱出する事も可能だ。
なんせ、現実世界だからな。
そう考えれば、集団行動をして生存率を上げる事に拘らなくてもいい。
変な奴が小隊指揮権を付与されていた日には目も当てられない。
「なら、善は急げという事だな」
俺はアプリ“異世界化対策委員会”を操作して、現象量子武装と異能の制限解除申請を行う。此方の現在地は委員会本部も把握しているため、直ぐにそれらは使用可能となった。
委員会から送られてきた特性のスマートフォンが“ウィン”と音波を放ち、GUIの操作画面が青を基調としたものに変わる。
現象量子武装のブラックレザーアーマーと太刀を選択すると、俺も周囲が淡く光り、装備が現界する。つまり、こんな感じで【異界】の化け物がこの街に出てくるのだろうか?
「シッ!」
短く呼気を吐き出し、俺の異能“アクセル(初級)”を使用し、高速で走り出す。手早く、ニュースを検索して見ると、大阪北区で爆破予告があり人の少ない早朝から機動隊が一般人を避難させて一部を封鎖しているとの記事がある、で、それは半日以上たつ今も継続中だ。
人気がないのはありがたい。今の俺は普段着に黒の革鎧を纏い、太刀を持ったコスプレ風の不審者だからな……
まぁ、ちらほらと街並みにロングソードを持った女性やら、槍を構えた壮年の男性とかもいるから俺だけが変態扱いされるわけじゃないだろう。
「しかし機動隊ね…… やっぱり国や政府が絡んでいるのか、異世界化対策委員会。俺ってもしかして公務員か?給料がGemでしかもらえないとか、嫌がらせかよ」
大体、死んだ人達が皆、自殺扱いとか事故死になるという噂が真実なら、国家的な規模の事なんだろうな。
大型商業施設の上階フロアの外周が通路になっている場所に辿り付く。
ここならある程度の範囲が見える。
其処に身を隠して自身が今保有する異能をアプリで確認する。
異能:
アクセル初級
アクセル特級
衝撃操作上級
刀剣の扱い初級
うん、バランス悪いな、物理特化だ。
この中でひときわ目立つ【アクセル特級】ははっきり言って偶然手に入れたもので、おまけにその加速に耐えられるように【衝撃操作上級】までついてくるというお得感!
本当にお得なのかに疑問はあるが……
もともと、俺がこの“異世界化対策委員会”に巻き込まれた時、異能は【アクセル初級】と【刀剣の扱い初級】のみだったが、2回目に参加した“特別作戦”【異界に眠るアリスと接触、可能ならば回収せよ】で、亜理朱を見つけた後に気が付けば獲得していた。
一体何だったのだろうかアレは……
回収は当然できなかったが、接触したと認定されて多大な実績値が付いてしまった。
序列163位から20位だぜ?実力も無いのに……そして、こうやって駆り出される……
……………
………
…
思い起こせば、限りなく怪しいのは月の初めに受けた診断だ。年明けに厚生労働省が統計調査的な健康診断を行うと宣言した。対象となる人数が人数なので、その診断は複数回に分けて行われるとのことで、対象者はランダムに選ばれたらしい。
俺もその対象の一人であり、勤続2年目になる勤め先の中小企業では健康診断がまともに行われていなかった事もあり、第4回目の診断を受けたのだ。
その翌々日には特例型の本人限定受取で郵便物が届いた。
免許証で本人確認を済ませ、受け取った後、送り主を見るも心当たりがない。もう一度、確認するも受取人は俺だ。不信に思いながらも中を確認するとスマートフォンが入っていた。
それを手に取った瞬間、電源が入り、アプリが立ち上がる。
“異世界化対策委員会からのお知らせ”
貴方に現象量子適性が認められたため、異世界化対策委員会の委員として登録されました。
今、世界は脅威に晒されています。
この世界に異界からの浸食が始まっており、世界変動率が高くなっている状態です。日々を生きる人々のために、当委員会の一員として、世界の安定に勤めてください。
詳しい活動内容は当アプリケーションのヘルプを確認願います。
「なんじゃ、こりゃ?新手のスマホゲームか?」
意味が分からないアプリを終了し、スマートフォンをしまう。気持ち悪いが、捨てた後に送り間違いでした返してくださいと言われても困るので、暫くはそれを部屋に置いておく事にしたのだ。
それから4日ほど経ち、部屋に置いている怪しいスマホの事など忘れた頃合いの夜の帰り道、俺は唐突に白い光に包まれる。
「はぁ!?」
気が付けば、真っ白な空間に俺はいた。
何処を見ても白、白、白、いや、斜め前方に複数の人影が見える。
其処に向けて歩きだそうとした時、ズボンの右ポケットに違和を感じる。何か入っていたのだ、さっきまでは空だったはずだが…… 手を突っ込んで確かめて見る。
「………」
俺の手には今まで忘れていた例のスマホが握られていたのだ。
その画面を見ると、例のアプリ“異世界化対策委員会”が立ち上がっており、こんなメッセージが届いていた。
“異世界化対策委員会からのお知らせ”
登録ナンバー:n143の実績値が‐20ptになったため、【罰則】が適応されます。次の作戦開始までは白の宮殿からの移動を禁止し、作戦開始時にはこの場から直接に次元回廊へ転送いたします。
なお、実績値が0pt以上になるまでは此処から出る事はできません。
「勘弁してくれよ……俺、まだ晩飯も食ってないんだぜ?」
ぼやきつつも、俺より先にこの白の宮殿という名のただ白いだけの空間にいたであろう人影の元に向かった。
人影に向かって歩いて行くと、そこには6名の男女がいた。
30代半ばの男性、女子高生2人、大学生ぐらいの男女、中学生くらいの少年だ。
どいつもイラついた表情をしているが、俺も似たようなものだろう。
だが、確認しなければならない事もある。
「すいません、少し宜しいでしょうか?」
俺は一番、無難そうな30代半ばの男性に声を掛けた。
「何でしょうか、私に答えられる事は少ないですよ」
「いつから此処にいらっしゃるんですか?」
「そうですね、昨日の夜からいますよ」
「……その間の食事はどうなされましたか」
「説明しがたいので、もうちょっと待ってください。もうすぐ夕食の時間になると思います……」
一斉に皆のスマートフォンが鳴る。
皆、手に持っているのは例の“異世界化対策委員会”のスマホだ……
そこにはシンプルなメッセージが書かれている。
“夕食の時間です、各自配給を受けてください”
その時、白い空間の一部が揺らぎ、建物が忽然と現れる。
「あそこが食堂になっているんですよ、行きましょうか」
俺も人の流れについて行く。
建物の中もやはり白く、そこに7人分のカレーライスが用意されていた。
それを皆、もくもくと食べる……まぁ、楽しく会話しながら、という雰囲気でもないな……しかし、上手いなこのカレー。
食事が終わって暫くするとその建物は現れた時と同じ様に光の粒子となって消えた。いきなり椅子も消失したため、唐突に空気椅子を強いられる羽目になった。
「痛いッ!」
「大丈夫?聡子」
「もー、最悪!何なのよ、此処はッ!これってあたし達拉致されてるんだよね!」
「落ち着いて、騒いでも何も変わらないよ?」
「沙綾、逆に落ち着き過ぎじゃない?こんなに分けわからないのに!」
騒がしい二人のやり取りを他の者達は冷ややかに見ている、若しくは無関心か?
俺もその一人だ。
例のスマホを取り出し、アプリ“異世界化対策委員会”のヘルプを参照する。
概略はこんな感じだ。
大原則として、当委員会は異世界化の進行を食い止め、世界変動率を一定以下にする事を目的とする。なお、異世界の限界には兆候があり、先ず次元回廊が開き、現実世界と異世界が重なった狭間の世界ができる。
その世界は一般的に迷宮であったり、この白の宮殿の様な場所だったりするらしい。その世界には核となる怪異(怪物)が在り、それの討伐で異界化は食い止められる。
異界化の進行を食い止める作戦に参加する者は個々のコンディションなどを考慮して決定、通知される。通知を受けた委員は速やかに人目に付かない場所に移動し、転送を待たなければならない。原則として参加は義務付けられ、拒否した場合は実績値ptが下がり、罰則を受ける。
「罰則ね……」
ざっと、説明を見流す。
っと、気になるところがあった。
Gemと現象量子武装に関する項目だ。
~Gemと現象量子武装について~
Gemとは分かりやすく言えば、保有する現象量子の総量になります。この現象量子は現実世界や狭間の世界に於いて、様々な有機物若しくは無機物を顕現させます。【異世界】の【怪異】も現象量子により顕現しており、それらを倒すには同じ現象量子で構成された武装が必要です。そして【怪異】の討伐により、皆さんが保有するGemは増加していきます。
このGemをニーア博士の現象量子力学の成果により、武装に加工する事ができる機能【Shop】がアプリ“異世界化対策委員会”には実装されておりますので、出撃前に現象量子武装を購入しておいてください。
なお、各自の現象量子武装は当委員会のメインシステムのAIアマテラスが管理していますので、現実世界に於いては当委員会の承認なしに現界させる事はできません。
異能について
現象量子適性を獲得した皆さんは体内で一定量の現象量子を発生させることができます。なお、この現象量子もGemに変換する事ができますが、その場合、体内の現象量子保有量が回復するまで異能の使用ができませんので注意してください。
異能は様々な種類がありますが、幾つかに分類できます。
主に初級から特級までの4段階でその強さが示されますので各自、自分の異能を確認して下さい。
「ふむ、よく分からん」
ざっとヘルプを読んでみたがピンとこない。
取りあえず保有するGemを確認すると1000Gemとなっていた。
次にアプリの機能から【Shop】を選択し、購入可能な一覧を選択する。
鍋の蓋 20Gem
ラウンドシールド 600Gem
可変式量子シールド 1000Gem
(中略)
レザーアーマー 400Gem
ブラックレザーアーマー 600Gem
ブリガンダイン 700Gem
ボディーアーマー 1200Gem
★薄金 32000Gem
なんか、やたらと高いものがあるな……【Shop】のヘルプを調べる。
※ ★マークはユニークな現象量子武装になります。神話や伝承の中で登場する唯一無二の武装をモチーフとするため、1点しか製作できません。
スマホのブラウザを立ち上げ、薄金を検索して見るとこう書いてあった。
【源氏の棟梁のみが着用を許された鎧、源為義が着用した】
「鎧ね……そんなの着用して歩けば、通報されそうだな……」
続いて武器の項目を見る。
ひのきの棒 30Gem
ダガー 100Gem
ショートソード 200Gem
ロングソード 300Gem
太刀 400Gem
シルバーソード 800Gem
グレートソード 1200Gem
★鬼切安綱 50000Gem
★アロンダイト 48000Gem
(中略)
「あの、すみません」
もう一度、此処に集められた人たちの中では年配の男性に声を掛ける。
「もう、【Shop】で武装の購入はされましたか?」
「ええ、一応、こんなところに閉じ込められるなんて異常事態ですからね。できる事だけでもやっておかないと」
「ですよね……」
俺は悩んだ末に、ブラックレザーアーマーと太刀を購入したのだった。
丁度その時に、“異界化対策委員会からの通達”が届いた。
“異世界化対策委員会からの通達”
概要:
大阪市福島区にて世界変動率の上昇を確認、次元回廊の形成が予測されます。なお、次元回廊の先、異界の【蒼月の長柄橋】は迷宮では無く直線状のフィールドであると予測されます。転送直後の接敵もあり得ますので、現段階から現象量子武装を展開して下さい。なお、白の宮殿と【異世界】では武装展開に当委員会の許可は必要ありません。
適性体脅威度:
主にビッグホーンラビットを中核としてキラービー数体の現象量子反応が確認されています。AIアマテラスによる脅威度はD-となりますが、各自十分に注意してください。
注意事項:
迷宮型の異界ではない事、適性体の脅威度がそこまで高くない事から投入される委員は白の宮殿に滞在中のビギナーを主体とした5名となります。内、1名は小隊指揮者になりますので、ビギナーの4名はその指示に従ってください。
参加報酬:
100Gem
実績値18pt
討伐報酬:
300Gem
実績値72pt
回復用アンプル
※討伐報酬はビッグホーンラビットを対象とする。
ふと、周りを見ると“委員会からの通達”が届いていたのは、先程から話しかけている年配の男性と落ち着いた方の女子校生、中学生の少年、そして俺の様だ。
「紗綾、あたしにメッセージが来てないんだけど!?」
「ここ見て、ビギナーは4人って書いてあるの」
先程から騒がしかった女子高生、確か聡子だったか?
が友人らしき相手の袖を不安そうに掴む。
「え!?あたしだけここに残るの?」
「ううん、そっちの大学生さん達も居残りだよ。それに私、18ptじゃここから出られないから戻って来るよ」
そう、俺も‐20ptだからこのミッションが終わっても白の宮殿から解放されない…… このホーンラビットを狙うべきか?
いや、リスクが高そうだ…… やめておこう。
目の前で中学生の少年がスマホを操作すると、彼に青い光の粒子が集まり、長槍とブラックレザーアーマーが装着される。
それを見た俺も購入した太刀と彼と同じブラックレザーアーマーを身に纏う。落ち着いた女子高生はロングボウと弓兵の胸当て、腕固定の小楯を装着しており、30代後半の男性は大剣とレザーアーマーを装備している。
「槍も、ロングボウも俺には購入ボタンを押せなかったんだが……」
【Shop】のその項目がグレーアウトしていて選択できなかったのだ。
不思議に思った俺は自身に関する情報、所謂ステータスを読み込む。
すると、異能という項目にこう書いてあった【刀剣の扱い初級】…… つまり、扱えない武器は購入できないということだろうか? 以外に親切だな、ニーア博士とやら……
異能の項目には他にも【アクセル初級】とあった。
説明を読むと、どうやら瞬間的に現象量子の力で反応速度を向上できるらしい。
正直、逃げるには良い能力の気もするがこうも書いてあった、“オーソドックスな異能のひとつです”と……
そして、俺達は淡い転送の光に包まれたのだった。
目の間に真っ青な世界が広がる。
そこは不思議な青い光に満ちた、俺達の他には誰もいない長い橋の上だった。
「真っ白の次は真っ青かよ」
後ろを振り向くと、少し先は真っ暗な闇になっている。
「おい、そっちの闇には近づくな!戻ってこれなくなるぞ」
思わず、近づこうとした足が止まる。
振り返ると白の宮殿にはいなかった男性がいる。
やたらとごついスポーツマンタイプだ……
「皆、今回君たちの指揮を取る辻堂だ、宜しく頼む」
「「「…………」」」
「返事はどうしたぁッ!」
いや、続きがあるとおもったんだが…… 皆それぞれに返事を返す。
「…… 宜しくお願いします」
「時間が無いので手短に説明する。その闇の先は次元の狭間だ、まだ落ちた者はいないが未知の領域で、恐らくは返ってこれない」
皆がその闇を見詰める。
「で、此処から出る方法は核となる怪異を討伐するか、致命傷を負って強制転送されるかだ。以上、 健闘を祈る、来るぞッ!!」
そう言い放ち、辻堂は長剣を構える。
先程、微かに聞こえていた耳障りな羽音が徐々に大きくなり、視界に全長1メートルくらいのデカい蜂が映る。
「今回、俺は教導役だからな、ビギナー共、お前らが何とかしろ」
それだけ言うと、辻堂は後方に下がってしまった。
此方に向かってくる大蜂は4匹、一人匹仕留めればいいが……
「狙い撃つ……」
ヒュンと言う音とともに女子高生の紗綾がロングボウで矢を放つが大鉢の脇を逸れて飛んでいく。それで興奮したのか、大蜂は急加速して突っ込んでくる。
何故か俺の方に……
「ぐぉおおッ!!」
瞬間的に意識が集中し、大蜂の動きが多少は緩やかに見える。
これが【アクセル初級】反応速度上昇の効果か?
大蜂を躱しつつ、すれ違いざまに刀を振るう。
「何ッ!?抜刀してないだとッ!」
そう、俺は刀を抜いていなかったのだ。
「ぐッ!!」
がごッという打撃音と共に重い衝撃が伝わり、ぼとりと大蜂の落ちる音がする。
「ギ、ギギッ……」
「ッ!」
地面でもがく巨大蜂に今度こそ抜刀して止めを刺す。
その大蜂は光の粒子となり、それは俺の身体に吸い込まれて行った…… 健康被害はないんだろうな、コレ……
「危ないですよ、お兄さんッ!」
大蜂に止めを刺している間に、他の3匹も此方に飛びかかってきており、もう少しで不意を突かれるようだった。
「すまん、少年」
彼の槍は俺に針を突き刺そうとしていた一匹を貫いている。
先程と同じように大蜂は光の粒子となり、少年の身体に吸い込まれて行く。
「うぉおおおッ!」
年配の男性も大剣を出鱈目に振り回しているうちに一匹を叩き落していた。
そして大蜂に執拗に剣を突き刺す。
「くそッ!くそがッ!!」
男性の腕にはぶっとい針が刺さっており、紫色に変色している。
「グッ!」
うめき声をあげた後にその彼は倒れてしまった。
「辻堂さんッ!!」
最後の大蜂から目を逸らさず辻堂に声を掛ける。
「ああ、委員会本部で作戦参加者のバイタルは把握している。もう直ぐ“病院”への転送が始まるはずだ!」
仲間がやられた事で警戒したのか最後の一匹は此方から距離を取り、俺達の周囲を飛び回る。
「ちッ!」
俺は再び意識を集中してアクセルを発動し、速度を向上させた上で切り込む。しかし、距離があったため、躱されてしまう。
「これならッ!」
先程まで役立たずであった女子高生が当たらない矢を諦めて、ロングボウで大蜂を叩き落として、手ずからぶすりと矢を刺した。
「ギ、ギッギ……」
やがて動きを止めた大蜂は光の粒子となって倒した者に吸い込まれていくのだった……
なんとか大蜂キラービーを倒した俺達に休む間もなく声が投げられる。
「本命が来るぞ、気を抜くなよ」
辻堂の言葉に周囲を確認すると異界の空に浮かぶ巨大な蒼月の光を受けて、遠く橋の向こう側に何かが蠢くのが見えた。
「お兄さん、ここは連携すべきです。異能を聞かせてもらって構いませんか?僕の異能は【機先を制す:初級】です。20%ぐらいで相手の攻撃が読めます。さっきお兄さんを助けられたのも、あの蜂の攻撃が分かったからですよ」
さっき、助けてもらわなければ、年配の男性の様にあのぶっとい針を刺されていたわけだし、感謝の意味も込めて素直に答えておこう。
「俺の異能は【アクセル:初級】だ。反応と動作の速度が上昇する。後は【刀剣の扱い:初級】だな」
「その武器の扱いは“装備できる”というだけで、意味はないわ。だって、私の弓矢、当たらないもの……」
女子高生が会話に入ってくる。
「君の異能は?」
「……【必中:ユニーク】です。視界に写る限り、必ずその場所を射抜きます」
「はぁ?さっき思いっきり外してたじゃないか……」
思わず突っ込んでしまった。
そのせいで、最初の大蜂が俺の方に来た訳だからな……
「制限があるの、1日2回。何があるか分からないのに最初から使えないでしょう」
「でもお姉さん、回数制限があっても結構チートな異能だと思うよ?それに、他にもあるよね。さっき大蜂を叩き落した時の動き、異能に見えたけど」
「そうね、【行動予測:初級】も持っているわ。20%で相手の行動が読める」
「それって僕の【機先を制す:初級】の上位互換じゃないか……何?この格差」
「いや、待て、それを言ったら俺の【アクセル:初級】が一番微妙じゃないか?」
「でも、汎用性は高い異能ですよね……私の異能は使いどころが難しいですから」
綾乃は先程まで、自分の異能は“当たり”だと思っていた。
必中は日に2回しか使えないとしても、行動予測とロングボウを組み合わせれば、結構いけると思っていたのだ。ところが【弓矢の扱い:初級】は弓矢が装備できるというだけで、何の補正も無く、動く目標に命中させられるとは思えない。
むしろ、混戦の場合は味方に当たる可能性も高い。
そして、現実問題、今の自分が当てられる矢は【必中】の2発のみである。
「さて、おしゃべりはここまでだな」
先程から会話をしつつも、誰一人、近付いて来る怪異から目を離してはいない。
それはもはや目視できる位置まで近づいていた。
洒落にならない大きさの角付きウサギ1匹と先ほどの大蜂が2匹いる。
ちらっと辻堂を見るが、彼は戦闘に参加する意思を見せない。
はぁ……やるしかないのか
「君は確か、紗綾と呼ばれていたな」
「えぇ、それで構わないわ」
「当たらなくていいからあの大蜂を煽れるか?」
「やってみるね」
紗綾は今のところ命中率0%のロングボウに矢を番えて狙いを付ける。
「シッ!」
短く呼気を吐き出すと同時に放たれた彼女の矢は見事に命中した。
「クッゥ、クゥッ!?」
巨大角付きウサギ、ビッグホーンラビットに……
「……ごめんなさい」
角付きウサギが2メートルはあろうという巨体を震わせた後に跳躍する。
あり得ないくらい高く飛び上がったあと、角を此方に向けて落下してくる。
「また俺かよッ!?」
俺の危機感に連動して【アクセル:初級】が発動し、世界がちょっとだけスローモーションに見える。そのまま、横っ飛びに躱すと。先ほどまで自分のいた場所のアスファルトに奴の角が突き刺さっていた。
「お兄さん、チャンスですッ!」
「ッ!」
角をアスファルトに突き刺したままもがく角付きウサギに一太刀浴びせようとするが、まるでカポエラの足技の様に縦横無尽に爪の付いた足を振り回してくる。
「くぉッ!紗綾、撃てッ!これなら当たるだろッ」
「はいッ!」
俺が角付きウサギから距離を取ると彼女が矢を射る。
さすがにこの距離だと当たるようだ。
「ゥウ、クァアッ!!」
悲鳴らしきものを上げて体に矢を刺したままウサギがアスファルトから角を引き抜き、飛び退いた。入れ替わりに2匹の大蜂が突進してくる。
「向かってくる分には良いんだよッ!」
俺は、その突進に合わせて大蜂の羽根を刀で切り落とし、地に落ちたそれに止めを刺す。
この反応と動作の速度を瞬間的に向上させる異能【アクセル:初級】はどちらかと言えば、カウンター向きだ。
中学生の少年の方も、向かってくる大蜂を躱し、振り向きざまに方向転換しようと速度を落とした大蜂をその槍で叩き落として、止めを刺す。
「さて、残るは本命だけだ、頑張れよッ!」
気楽に辻堂が激を飛ばしてくる。
あんた、仕事しろよッ!まぁ、見守るのが彼の今回の仕事かもしれないが……
「お姉さん、もうあれだけだし、必中使ってよ」
「そうね、そうするわ」
「狙うなら両目を潰してくれ」
紗綾は意識を集中し、異能【必中】を発動させ、続きざまに矢を放つ。
それは明後日の方向に飛んで行ったが、途中で魔法の様に曲がり、此方に飛びかかろうと隙を伺っていた角付きウサギの両目を潰す。
「グゥウッ!?」
出鱈目に暴れる角付きウサギに少年とタイミングを合わせて突っ込んで行く。
「キュゥウア!!」
その時、角付きウサギが宙に飛び上がり器用に回し蹴りを繰り出す!
「ぐわッ!」
少年はその蹴りを胴に受けて吹き飛んでいく。
彼から飛び散る血が俺の頬にかかる。
俺は異能【アクセル:初級】の恩恵により、しゃがみ込みが間に合って、間一髪で躱す事ができた。
「うらぁああッ!」
立ち上がる動作に合わせて、刀で下から切り上げる。
一連の動作に異能による速度を乗せた。
その一撃は角付きウサギの脚を切り飛ばす。
バランスを崩して倒れるそいつの額に力の限り刃を突き立てると、角付きウサギは光の粒子となり、俺の身体に吸い込まれていった。
「君、大丈夫!?」
紗綾が先ほど蹴り飛ばされた少年の元に走る。
俺も急いで彼の元に行く。
「痛いなぁ……失敗しちゃったよ」
脇腹が少し抉れているも、ブラックレザーアーマーのおかげか致命傷ではない。
その彼の周囲が淡く光り、現象量子が宙に舞う。
その直後に少年の姿は消えていた。
「“病院”に転送されたんだ、そこで治療を受けられる。ともあれ、ご苦労様だ。君たちのおかげでここの異世界化は阻止された。今後は白の宮殿送りにならない様に頑張ってくれ。度々、行方不明になったり、会社を無断欠勤したくはないだろう?」
その言葉の後に俺と紗綾も淡い現象量子の光に包まれて現実世界へと戻るのだった。
そして、今俺は自宅のマンションの部屋でたたずんでいる。
手元の怪しげなスマートフォンのアプリ“異世界化対策委員会”の画面には実績値70ptと表示されていた……
取りあえず、実績値が0pt以下にならないように頑張ろうと決意したのだった。