1章 第4話 『空中散歩』
「うわぁあアアアアアア!!!!!!」
窓から飛び降り、あの空間から脱出したまでは良かった……しかし、その先のことなんて全く考えていなかった。
「おい、兎! お前に出会ってから良いことなんてひとつもねぇ!! その証拠に何回も死にかけてる!! 現時点、この高さ、この速さで地面に落ちたら“死” は確実だ!!!」
俺は頭と上体を低くして、尻だけ高くつしだした格好で急降下する中、兎のことを睨みつけていたら、それに対抗するように何かを言い出した。
「君さぁ、さっきから僕のことを『兎』って呼んでいるけれど僕には『パル』っていう立派な名前があるんだぞ!」
パルが訴え、俺が納得して頷いた瞬間、ぼそりと告げられた。
「つばさ……背中の中心にチカラを集中させて翼を広げて、そしたら飛べるから」
俺は級地の中、言われるがままに従った。
(背中にチカラ……背中にチカラ……)
「うぉおオオオオ!!!!!!!」
次の瞬間、俺の背中から勢いよく半透明の大きな虫の翅のようなものが勢いよく生えてきた。
そして、羽音をたてながら全力で翅を羽ばたかせ、地面と顔面が衝突する直前ギリギリに身体がフワリと軽くなり、バランスを取り戻した。
「助かった……」
俺が間一髪助かったことに安心感を抱いていたらパルがなにやら面白そうなことを提案してきた。
「なぁ少年よ。 飛べるようになったことだし空中散歩でもしようよ!!」
「へぇ、空中散歩ねぇ……。 でも、家に帰るのがあんまり遅すぎると俺の家族が心配して警察に電話しちゃうよ」
さっき、部屋から脱出する時にちらりと時計を確認したが、時間は午前三時になっていたところだった。 家族がより俺の無事を心配すると思うし、流石に睡魔も襲ってきていた。
「はぁ、そうか。 少年に色々と伝えたいことがあったのだが……」
“伝えたいこと” その言葉につられて幹雄は、パルにこんな風に返事を返した。
「なぁ、空中散歩するか?」
その言葉を聞いたパルは、感情表現が出来なさそうなヌイグルミの姿ながら顔中でにっこりと笑うと、俺の左肩に勢いよくのし掛かった。
「じゃあ、人気のない雲の上まで飛んでね。 其処でゆっくりと語り合いながら散歩をしよう!」
その声と同時に俺は輝く翅を限界まで広げ、小刻みに震わせた。
途端、ミサイルのような速度で真上へと飛び出した。
「うわぁああああああああ!!?」
パルは全身を叩く風圧に耐えきれず、俺の肩から転げ落ちてしまった。
そして、
取り残されたパルの視界に映る幹雄の身体はだんだんと小さくなり、悲鳴も遠ざかる。
そして、あっという間に雲に大きな穴をあけて梢の彼方へと消えていった。
「……コントロールの仕方まだ教えていなかった!!」
パルは慌てて飛び出し、後を追う。 雲海を抜け、身体を捻らせ全方位を見渡すと、月にシルエットを刻みながら右左へと大きな円を描くように飛行する姿が目に映った。
「うわあああああぁぁぁぁぁ…………誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇ」
情けない悲鳴が広い空に響き渡る。
その様子を見たパルは直ちに無計画に飛び回る俺の襟首を懸命に捕まえて停止させ、飛行のコツを伝授した。
三十分ほどすると、まだ目にあまり心配になるが、どうにか自由に飛べるようにはなった。
「おぉ…!! 空を飛ぶってこんなに気持ちいものなのか!」
俺はループを繰り返しながらパルに叫んだ。
「でしょ! 空中散歩すごいでしょ!」
パルも俺の行動を真似をするように旋回しながら叫び返す。
「このままずっと飛んだら月面まで着きそうだな」
「そんなの、途中で呼吸ができなくなるから不可能だよ」
急にパルが現実味を帯びた返答をしてきた。
そして、ようやく本題の話に突入した。
「それじゃ、少年……いいや幹雄、君が魔法少女に選ばれた訳を話そう」
「お、俺が選ばれた理由……?」
ゴクリと唾を飲み込み、緊張した雰囲気だけが辺りに漂う中、その訳とやらを聞かせてくれるのだろうかパルは話し始めた。
「まぁ、そんなにたいした理由ではないんだけどね……ひと言で言い表すと、『運命の定め』だね」
「う、運命の定め……?」
俺がその言葉の意味を途轍もなく悩んで理解しようと首をかしげていると、パルは考えるのをやめさせるように止めてきた。
「まぁ、あんまり難しく考えなくて良いよ」
「そ、そうか……」
言葉の意味を無理やり納得し、もう用が済んだと、地上へと降下しようとした時だった。
「本当に話したかったことは、この事じゃないんだよね……契約の内容のことや、仲間のことについての話しが、したかったんだよ」
俺はその言葉によって引き止められた。